掌心発現(感応)を観ることで、

      ↓     体の故障箇所が特定できる

      ↓          

(愉)(ゆき)をすることで

体の中にある本能的な動きが、

指に出ることをいいます

どうやって使うかというと…

             ↓↓↓

言葉が話せない赤ちゃんや
言葉をうまく表現できないお子さんの
体の状態を観ることが可能です


例えば打ち身をした時
               ↓↓↓
どこをぶつけたのか分からないけれど、

腹部に輸(愉)氣をすると
その異常箇所が指に出ます(動く)



それを 
丁寧に観察することで
“体のどこをぶつけたのか?”
のが分かるのです



・頭をぶつけた時=中指が動く


・背骨をぶつけた時=親指が動く


・お腹をぶつけた時=人差し指が動く


・胸をぶつけた時=薬指が動く


・腰をぶつけた時=小指が動く…のです


ですから、

確認をせずともお腹に輸(愉)氣をして

感応すれば分かるのです



動いた指の系統を調べていけば

分かるのですが、

感応しない手でいくら輸(愉)氣をしても
その感応があったかどうかすら
分からなければ
それは宝の持ち腐れなのです


或いは、

その系統に愉氣していると、

自然に手が故障のある所へ移っていきます



触った手が動いて場所が変わる時は、

異常箇所はそこではなく、

別の箇所にあるとみていいでしょう!



ですので、

手の動きに合わせると、

故障のある所に

自然と手が引っ張られていくのです



掌心発現(感応)が現れれば

もうその時から
体が良い方へ変化してきていると、
整体では観るのです



そういう意味合いで体を観ていくと、
(愉)氣というのはとても便利なのです♪

夏に海水浴にいくと 日焼けをする
普段 長時間 
太陽の光りを浴びることが少ない人は 
その強い紫外線に適応できないため
皮膚が火傷状態になります

整体では
日焼けは、[打撲の後遺症]です

太陽の強い光りの刺激に皮膚が叩かれることから
だと解釈しています


でも
黒い布は紫外線を防ぐので
日焼け(火傷)をしないように
防御することは可能ですよね!

ニールス・フィンゼンというオーストリアの学者が
黒い布で紫外線を防ぐことができると発見した話しは
有名です

また
しょっちゅう怒られている人は、
怒られ慣れているから
余程のことがない限り
かなりの叱言を言われない限り
平気でやり過ごす(勝手に適応)


灸でも 鍼でも 薬でも
最初はその刺激が効いているのに
やればやるほど効かなくなるのは、
耐性という適応力が働くからです


人間という生き物と違った
性質を持っている治療行為は
適応力がたかまるほど効かなくなる


ですが、
(愉)(ゆき)のように
人間の性質と同じものであれば
中身の体が充実してくるので
やる度によく効くようになるのです

これは “独特な効果”で
他の追従は許さないのです

他の方法は やればやるほど
効かなくなるのにです


※環境に応じて体を変えていく働きを
【適応】といいます※

暑さに強い地域

寒さに強い地域…などもそうですね!



話しは少し違いますが…

色んな健康法があります

色んな健康法を試されていると思います

みんな同じ健康法では 
それぞれ違った効果が出るのは
“みんな違う体”だからです

体の適応の仕方が 違うから…


塩辛いのが嫌いな人、
減塩を心掛けている人もいますが、
体に塩分が足りなくなくなると
塩気の強いものが「美味しい」と感じる

旨味やミネラルがほしいと 体に要求する
塩分は、体を温める効果もあります

お砂糖などが
たくさん入った食べ物が大好きな人でも
体の中に糖分が余ると「苦い」と感じる


[健康]に良いものは、心地よく
逆に健康に悪いものは、不快と感じる


大便をするとき、
充分水分が足りてて スルリと出ると 快感

便秘だと どんなに頑張っても出ない、
痛い、苦しい、気持ち悪いので 不快

自然にスルリと出るから 心地いいと感じる

快くなければ、異質となる
それは 治療行為でも同じ

それが異質のものである限り
適応という経験を経て
そのうち無力なものとなる


“無理を通せば  道理が引っ込む”
という言葉がありますが…、
これは
“道理に外れた事が幅をきかすようになると、
正しい事が行われなくなる”という意味です

下線部分を体に当てはめると、
[体が自然に働く作用が失われる]と解釈できます


(愉)(ゆき)法は
人間の裡(うち)にある自然治癒力という
力を喚び起こすものですから
一度 体験した人より二度目の人の方が
よく効く

三度目は さらによく効く


生まれる前から愉気法で育った人は、
もうほとんど触るか触られないうちに
良くなっていく


小さい頃から
「よく噛んで食べましょう!」
と言われ育ちましたが、
よく噛んでも、消化剤(胃腸薬)を飲んでも、
胃袋の働きは増えない

なんらかの働きはあるかもしれないけれど
外から力を借りて過保護にして
庇っても形だけの状態を保つだけです

治った状態というのは、
蛇が脱皮をするように、
病気をした後は さっぱりと
顔も体もすべて綺麗になって
元気ハツラツになり
氣が満ちている状態になっていなくては
ならない

それが 自然な力の賜物です

【不自然なことをすれば
                不自然なことが起こる】

病気を治すためだけに
あれこれ手を尽くしすぎると
却って体を悪くし、壊れる

弱くした体は
体の自然の経過、
病気の自然の経過をさせないために
体がくたびれる(疲れる)

そのためよく勘違いされる
病後の弱りというのは、
病気がもたらしたものではなくて、
病気を怖がったために
色々なこと(余分なこと)をしてしまったこと
が原因で起こっている現象なのです

                        (野口先生の「愉気法2」より一部抜粋)

世間の常識が必ずしも 正解かというと
そうでもないことが多く よく分かりますね!

一般的に病気という症状が出ると
「病院だ」「薬だ」と躍起になりますが、

輸(愉)氣(ゆき)を体験すると
そういった概念が不思議になる

それは
[病気は治すもの]と位置付けられて
しまっているからです


[病気は治す]ものではなくて、
【自分の力で自然に治ってゆく】
ものなんです


その力が眠っていたり
弱くなってしまっているから
外からの力(薬)に頼ろうとする


「病気がたかまると体に力が出てくる。
体に力が出てくると、そういう病気の兆候
(症状)がはっきりしてくる。
それを経過(よくなる方へ導かれる)と一緒に、
(体が)丈夫になってくるという事を考えると
長い間 人間が病気を治そうとしていた努力
というものが、かなり地面から浮いたもの
であったということを感じとることができる」
と、野口先生は仰っています


それを
自然な状態にする

元に戻す力があるのが
[愉氣]の力です


“治そう”と働きかけるのではなく
ただ ポカーンと愉氣をする

このポカーンという[天心]が大事!


ただひたすら 輸(愉)(ゆき)をする


(愉)(ゆき)をする相手に注意を集め
心を一つにして、心を乱さぬよう
一心不乱に手に氣を集める


氣の感応が、感じられなくなるまでする

手に感じる何かがなくなれば
手をゆっくり離す


まだ手を宛がっている感覚を残す
これを、残氣(ざんき)といいます

体は、気を向けた瞬間から
変わり始めている

そこにさらに 手を当てる


直接 当てる

遠隔で 当てる

状況は様々ですが、
相手に気を向けることで
すでに体が良い方へ変化している


お互いの気持ちが伝わりあって
気持ちを通わせる

病気を治すのは、
病院でも 医師でも 薬でも
(愉)(ゆき)でもない

病気を治すのは、
当人(本人)の体の力が基なので、
その力がなければ 治るものも治らない

その力をいかに喚び起こす(目覚めさせる)には
(愉)(ゆき)が一番 最適なのです


病気になると
現在 発症している病気の他に
それと関連した系統も一緒に経過していく

その経過の邪魔をするのが
[薬]や[手術]などといった
外からくる力なのです


体が弱っているところがあるから
病気になって弱っている所を正そうとする

その
[丈夫になろうよ!体が頑張っているよ!]
という お知らせタイマーを
ただ単に“病気”と位置付けるから
ややこしくなる


病気になることが、
悪いことではなくて
病気になったことが分からない鈍い体が
問題なのです

病気になる前には必ず 
その兆候が出ているはずなのに
それを有耶無耶にしたことで
病気になってから慌てるから
「さぁ、どうしよう?」となる


一大事を十大事にしている


(愉)(ゆき)を体験すると
異常感が分かるようになる(敏感な体)

症状が発症しても短時間で経過できる
ようになる

対応の仕方を知っているから
それが一番 適していると信じているから
治る力がたかまる

無駄に過保護にして詰め込むと
働かなくなる

親切心を押し付けると、くたびれる


体力を発揮するための一つのきっかけとして
(愉)(ゆき)をすると
それに応じた変化(体の弱っている箇所)
体の裡(うち)に起こって良くなっていく
という現象が現れるのです

これは人間が元々
持っている本能の働きの一つです

鍼でも、灸でも、薬でも、マッサージでも
初めのうちは効くのですが
段々 効かなくなる

それは、耐性ができるからです
強い刺激の耐性

薬も最初に処方された
薬の効力が弱まれば
強い薬に変える を繰り返す

量を多くしても種類を変えても
まるで効かない薬を処方することもある

体が壊れていく原因を作っていく


今 流行中の新型コロナウイルスの
ワクチンの開発にしても
インフルエンザのワクチンにしても
本来 体の中で生成されないものを
外からの力に頼ることで
思ってもみないところが
壊れていく

[思ってもみないところ]が壊れるのは
副作用によるものであり
体から分泌される薬(ホルモンなどの分泌物)
抑制され、弱くなり、働かなくなる
ということです


【治す力は、私たちの中にある】
本末転倒を繰り返すから
体がどんどん壊れていく


体のあちこちが壊れているのに
それに
気がつかないほど鈍感な体をしている
ことに気づけないから
原因不明に悩まされてしまう


これは人間が生きている限り
固定観念をはずさない限り
迷宮入りの完全犯罪の域ですよね


(愉)(ゆき)を体験すると
その固定概念が
「今までのは、なんだったの?」ってなる


【病気は治すものではなくて、治るもの】


体がくたびれているところを整えて
体が変わると
心と身体は一体化しているのだなぁと
染々と思えるようになります(’-’*)♪

         ♪昨日の夕焼け空です♪
合掌行氣法をして、
氣の感応をみると面白いです♪


人によって感じかたは異なりますが
温かい、冷たい、ピリピリする、
ビリビリする、
空気砲のような光線が当たっているなどを
掌で感じとることができます



※背中に手を当てて氣を向ける※

★温かく感じる→敏感な時

☆冷たく感じる→鈍っている時

★あまり感じないでモヤモヤしている所は
    鈍い所


※背中に指先を向ける※


★ビクッと感じる人
                 ↓
   働き過ぎている、過敏な所、
   或いは急性的に変動がある所
             

☆体が後ろに引き寄せられる人
                        ↓
       過敏になっている体
        (どこを触っても痛いなど)

★体が前に倒れる
             ↓
     鈍感な体、感じにくい所
     (体の反応が鈍い、風邪すら引けないなど)

☆体が左右に揺れる
              ↓
弛んでいる(弛みすぎている)
怠けている体

(いい意味で弛んでいるなら問題ない
  けれど、
  骨盤が弛んで閉まらないなど
  可動性に問題がある場合は、
  自律神経に異常が出ているなどです)


反応が出た箇所を
前と後ろで体をサンドして
(愉)氣をすると体が変化してきます


異常感がなくなります

鈍い所を輸(愉)氣すると
色んな所が反応します

その感じた所から体が良くなっていくのです

それが、お手当て真骨頂なのです

昔 一眼レフで撮った写真…ポジフイルム使用
お盆が過ぎて9月半ばとなり
随分と秋の気配が感じられるように
なりました

弛んで汗(老廃物・塩分を出す)をかく体から
引き締まり体内の熱を逃がさない体へと
移行が始まっています


そろそろ半袖では
「寒いかな?」と感じる時間帯が
あると思えば、
「いやいや、まだ日中は暑いでしょう?」
と寒暖差が激しい季節です


体が鈍っていると
体の[冷え]に気づかない人
体の[冷え]に気づけない人が増えてくる


足が火照っていているとか
足がつる人がいたり
浮腫(むく)みが激しい人
肩こり、シミ、皺が気になる人は
水分を制限していたり
腎臓の働きが悪く
体液、血液、リンパ液の循環が
よくない方々です


身体は
特に[冷え]に対して敏感です

食欲の秋だから、たくさん食べる
美味しいものをおいしく感じる間は、
食べても体は素直に吸収してくれますが、
ある一定の量を越えると吸収せず
いらないゴミとして体の外へ出されます

                          が

栄養過剰と気がつかずに食べ過ぎることに
問題があるのです

(胃腸が働き過ぎてストレスを感じている)


また体が[冷える]ことで、
おしっこが胃酸に化けることで
食欲増進に繋がります


そろそろ冷たい飲み物は控え
常温か白湯(さゆ)などに切り替えていくと
よいでしょう!(ちびちび飲んでね♪)


体を常によい状態にしておくと いい!

この時期は、朝起き抜けに
足湯(そくとう)をされる
              とか
足裏行気法をされるよいです

足裏は主に
腎臓ですので体の循環が思わしくなく
滞りが激しい時はとても有効に働きます

また、
靴下二枚履きもお勧めですよ(^^)v