今朝、SNSをチェックしてたら偶然にも大学で内田樹さんの公開講演がある事実を知り
全休DAYでしたが大慌てで学校に向かった。
もとは好きな先生の授業で引用されていた著書『下流志向』から読み始め、そこからすっかり内田論の虜となった。
どの著書のどの部分を読んでもストンと落ちる心地よさがたまらない。
確かに、歴代にして人々に影響を与えた論者は世界にも日本にも沢山いるが、
これほどに“現代”を上手くさばける方は貴重である。
大体の研究者は狭く深くが基本なので、広い視点でロングスパンで物事を語れる、つまり全体を良く見渡せる論者はなかなかいない。残念なことに。
タイトルはそんな内田先生の講演のタイトルをそのまま抜き取ってみた。
特に面白く感じたお話をいくつか紹介しよう。
・全国紙の危機について
先生は某新聞界者からの仕事を受け行なっていたそうで、その新聞社についてのお話。実は購読者が年間5万部減っているそうで、これは大変な危機じゃないかと。しかし、新聞社側の言い分であると「800万人の購読者だから160年かかるから問題ないと」…(笑)そして、翌年には8倍もの部数が減少していたそうだ(笑)それでも新聞社側は「うちは不動産があるから大丈夫だ」と言っていたそう。とんでもない事態が起こっている。
ネットは普及しているがネットは自分が知りたい情報を深く知るには役立つが、知りたくない情報が入ることはまずない。酷く狭いものの見方になる。何より一人ひとりが、自分の知り得たい情報のみ得るので、全国民が共通して認識する事実が薄れたしまう。これは大変だ。国民間で共通認識がなくなり、何がどこで起こったのかを正確に知り得なくなってしまう。新聞だけは、その情報の多様性を保っていたはずだと
そして何より怖いのはメディアはその情報の有効性は語らない。メディアが崩壊することはメディア自身が語らないということだ。
・経済成長について
シンガポールであれば経済成長しか国家を維持するモノがないと言われればそれまで。彼らには、資源がない。しかし、資源が豊富な日本で、同様に経済成長を求め続けることが果たして有効なのか。グローバル資本主義は国民国家を解体する…(このあたりの話は内田さんの著書を読んだ方がわかりやすいだろう)
ちょっと余談だが、『脱・成長神話』武田晴人(朝日新書、2014)もなかなか近い論を提唱している。経済成長=富 という前提の下、経済学なり商学なりで学生は学ぶだろうが、そもそも成長し続けるということは不可能である。今後意義を見出すのは持続性であろうと。経済成長と言う一元化された言葉に国民が総じて振り回されてきている実感がわく。
現代はあるフレーズからフレーズへと移り変わる時期であると、だからこそ従来のパラダイムでは解明できないことが起こって当然。自身の経験からあり得ないではなく、どうしてあり得るのかを問うこそが知性である、と。
…ああこれ書いてたら霧ないなあ…
とりあえずこうしてあなたは私の文章読むくらいにはヒマな時間を携えているのだから、是非一度内田さんの文章に触れてみてほしいと思う。まさに、現代人が共有しておかなければならない認識や危機が散りばめられているし、きっと何か人生の役に立つヒントがあるでしょうと。読んで無駄な時間を過ごしたなんて絶対思わないので、是非。
熱心な学生の長い質問で、先生とお話しする時間は無かったが、なんとかサインは頂けた。
普段文章を介して接する人物を、お目にかかり声を聞いてお話を伺うのは感激ね。良い日だった。