うつ状態の人とそうじゃない人の間には、分かり合えない大きな壁がある。
私は今はうつを脱して、自○願望はほとんどない状態だ。
自○を本気で考えて、ブログを立ち上げて遺言のような書き物をした私に
今の私がタイムスリップして
「留年もするし、大学病院でADHDだと診断されるけど、
その後進級も就職もできるよ、生きててよかったと思うよ」
と言って、自○を止められるだろうか…
無理だろう。きっと無理だ。
あの時自○予告に気づいた警察官が早朝から家に来て、
親の前で全てを明かされたから、計画を止めたんだ。
誰にどんなアドバイスをされても、
「私の苦しさを知らないくせに」と考えてしまうだろう。
約3年前の私は人生に絶望していたし、
発達障害も受け入れられなかった。
出来損ないの、ダメ人間で、生きていちゃいけないと本気で考えていた。
それくらい視野が狭くなっていたと思う。
今は、公務員試験に挑戦して全落ちしたし、結局一年は留年したし、
友達も恋人もいない、勉強も苦手なまま、多くの人より劣ったダメ人間だけど、
それでもいいじゃないかと思えるようになった。
その視点の広さは、自分で困難を乗り越えてきたから得られたのであって
人から何を言われても信じられなかったと思う。
例えそれが近い立場の経験者の言葉でも、カウンセラーの言葉でも。
だから、自○を止める側の苦しさも理解した。
本人が苦難を乗り越えないと、本当の意味でその人の自○志願は止められない。
○にたい、が口癖の人や、自○志願している人が近くにいると、
何を言っても説得できず、気が滅入るかもしれません。でもお願いです。
その日その日限りを生きようと思わせる説得をどうかお願いします。
「よし、わかったよ、〇〇さんの言う通り命は尊いし、自○しちゃダメだ!」
なんて説得はできないだろう、絶対に。
それでも、自分の強さや人生の楽しみ、生きてみようかなと数ミリずつ思える
そのきっかけを経験するまで……
「今日は休んでまた明日にしよう」
「答えは急がなくていいよ」
そう言ってあげて欲しいなと思うのです…
私の経験則ですが…
人間落ちれるところまで落ちます
↑
これは「どこまででもダメになる」という意味じゃないです
「〇〇大学に落ちたら恥ずかしくて生きていられない」
「××になれなかったらおしまいだ」
「次△△に失敗したら死のう」
この思考を私は何度もしてきて、その度に自○を考えていたし、
警察が来た日も、そういった理由で”実行”しようとしていました
結局思い描いていたものの内、ほとんど失敗して手に入れられませんでした
でも生きています、正確には生きてしまっています
過去の自分が許せなかった生き方をしていますが、それに満足できています
これは堕落でしょうか?
私は適応だと思います
自分が許せなかった生き方でも、どうにか歩むことができて、
その先にある小さな幸せを追い求められるようになりました
失敗を経験したばかりの人に「別に〜〜じゃなくても大丈夫だよ」
なんて言ったら殴られそうですが……
それでダメなら死ななきゃ、なんて考えないでほしいなと思います
大いに笑っておくれ あっはっはっは!
腹へったな なんか食おうぜ