トクマンは
チェヨンの若い頃の知り合いで
妓生だったジヒョンが
女将を務める妓楼の一部屋で
ぼんやり天井を眺めていた
 
チェヨンとジヒョンは
男女の関係ではなく
以前から同志のような関係らしいが
妓楼で聞き及んだ噂や情報は
今でもつぶさに
チェヨンのもとに
届く仕組みになっていて
この妓楼を通して
思わぬ収穫があることも
しばしばだ
 
またジヒョンは
妓楼の女将という立場で
珍しい化粧品も手に入れることができ
今ではすっかり意気投合している
チェヨンの妻ウンスに
舶来の紅や白粉を渡すこともあった
 
そんな縁もあって
戦の祝勝会でもよく使われるここには
かつてのトルベほどではないにしても
トクマンもたまに世話になっていた
 
 
ねぇ 旦那様
ほんとにいいの?
 
 
あどけない顔に豊満な肉体の
顔見知りの妓生が
少しふくれっ面でトクマンの腕を
つねりながら聞いている
 
 
すまんが やっぱり
その気にならん
 
 
どうしちまったのかしらね?
戦が近いから武者震いってやつ?
 
 
トクマンは答える代わりに
呟いた
 
 
すまんが 一人にしてくれ
 
 
妓生はやれやれと溜息をつくと
部屋を出て行った
部屋にこもってすぐに出てきた女に
女将のジヒョンが声をかけた
 
 
随分と早いじゃあないかい?
何かあったのかい?
 
 
何にもありゃあしませんよ
そう
まるきり何にも・・・ないんです
どこかお悪いんでしょうかねぇ
 
 
妓生の言い分に合点して
ジヒョンは苦笑した
 
 
そうだねぇ
いらした時からなんだか
浮かない顔をしてなすった
ウダルチのプジャン(副隊長)とも
あろうお方が
まさか戦が嫌だって駄々をこねてる
わけもなかろうしね・・・
これは何かね
 
 
なんです?女将さん
 
 
いや・・・こっちの話さ
一応 旦那に知らせようか
それとも天女がいいかね?
 
 
ほどなくして部屋から
のそのそ出てきたトクマンの
後ろ姿を見送りながら
ジヒョンは独り言ちた
 
 
元との戦が近いという噂は
王宮から瞬く間に市井に
広がっていた
普通 戦と聞けば
民は恐れたり
逃げ出したりするものだが
おかしなことに
都は高揚感に包まれていた
 
戦の相手は元の奇皇后と
もと王族の徳興君
迎え撃つのは負け知らずの
チェヨン上護軍率いる
最強の高麗義勇軍
かつて奇一族に散々ひどい目に
合わされた民たちは
反撃の機会を待っていたかのように
こぞって義勇軍を応援し
王宮には民からの差し入れが
多く届いていた
それは食料であったり
酒であったり
衣類であったり・・・
 
そんな折
兵舎に兵糧のためのトック(餅)が
運ばれてきた
運んできたのは餅屋の看板娘のナナで
トクマンの幼馴染の娘
兵舎に女人が出入りすることは
医仙様ぐらいなもので
隊員たちは活気付き
ナナにやいのやいのと歓声をあげた
ナナはにこにこしていたが
トクマンを見つけると
頭を下げて立ち去ろうとした

なんだか面白くなかった
 
他の男には笑顔を見せて
俺にはなんだよ 知らんぷりかよ
子供みたいな意地悪さが
ふつふつ湧いて
トクマンはナナに声をかけた
 
 
なんだよ 色気づきやがって
男の前で
へらへらしてるんじゃないぞ 
看板娘って歳でもないだろ
 
 
何よ 酷い言い草ね
トクマン様に関係ないでしょう
それに
女の人にへらへらしてるのは
トクマンさんじゃないの?
ジヒョン姐さんに聞いたのよ
戦の士気を高めるのに若い
隊員を連れて
妓楼に繰り出してるって
 
 
女将のやつ
余計なことを・・・
俺もへらへらなんかしてないぞ
今回の戦に上護軍とともに
出陣が決まってから
自分を鼓舞しているだけだ
 
 
ふ〜ん
せいぜい鼓舞して頑張って
でも怪我しないで無事に
帰って来てよ
 
 
お おう
 
 
子供の頃から知っている餅屋の娘
気立てが良くて器量が良くて
小さな頃は屋敷の庭先で
名前を呼びあって
よく遊んだものだった
つい意地悪してからかって・・・
互いに大きくなるにしたがって
一緒にいることを禁じられた
トクマンと呼んでいたのに
それがいつしかトクマン様になり
ナナの態度はよそよそしいものに
変わって行った
両班のご子息と餅屋の娘では
あまりに身分が違いすぎ
トクマンの屋敷では
体面を気にした
 
それからなんとなく疎遠になり
トクマンは男所帯のウダルチに
入隊した
ナナは年頃になり
嫁に行ったのかと思っていたが
去年の若様のトルチャンチで
偶然見かけた時にはまだ独り身で
餅屋を切り盛りしているようだった
 
それにしても綺麗になったと
トクマンは横目でちらりと
ナナを盗み見た
ナナはきょとんとトクマンを
見つめ返している
 
 
ああ わかったよ
怪我しないで戻るから
待ってろよ
 
 
待ってろって?
そういうのは許嫁や
好いた女にいうもんよ
あたしが待つわけないでしょう
 
 
捲し立てるように言ってから
ナナは思い出したように
付け加えた
 
 
そうそう
医仙様からも差し入れを頼まれたのよ
トクマン様の好きな
団子(ダンジャ)もあるから 
たくさん食べて力をつけてね
 
 
ガキじゃないんだぞ
ダンジャなんか今は食わないさ
 
 
トクマンはうそぶきナナを
追い返してしまった
それっきり
ナナとは顔を合わせることもなく
それからは 妓楼に繰り出しても
さっぱり気が乗らない・・・
 
 
どうしたんだ 俺?
 
 
妓楼の帰り道
トクマンはため息をついた
こんな時に医仙様がいてくだされば
なんとなく相談ができるのに・・・
そんなことを考えながら
トクマンは小石を蹴り
王宮へと戻った
 
 
━─━─━─━─━─
 
 
チェヨンは戦の準備に追われていた
元の奇皇后は総力戦で挑んで
来ることだろう
決して負けられない戦い
兵糧や武器の確保もそうだが
とにかく
普請に心血注いだ国境の城壁が
気がかりで 
朔州郡守であるヨンファの夫
キム・ドクチェを急ぎ帰郷させ
国境の郡守にも警戒を強めるよう
触れを出し攻撃に備えた
 
着々と戦の準備を進め
チェヨンは出立までのわずかな間
ウンスやタンと過ごすために
できるだけ早く屋敷に戻るようにしていた
 
 
イムジャ・・・
 
 
その夜 出迎えたウンスに
チェヨンは目を奪われた
 
 
如何したのだ?
紅を差したのか?
 
 
おんまぁ きれ〜
よ〜〜
 
 
うふふ そお?
さっきジヒョンさんが来てね
新しい発色の紅を置いて行ったの
それを試してみたってわけ
 
 
ウンスは機嫌よく答えた
 
 
そうか・・・
よく似おうておるが・・・
 
 
チェヨンは口ごもる
綺麗なウンスを自慢に思う
だがそれは自分だけが見ていたい姿
他の男の目に触れるなど
到底我慢できそうになかった
ましてやしばらく屋敷を空ける
 
 
あなたの前でだけ
ちょこっと塗って見せたかったの
 
 
肩をすくめた妻が愛しくて
息子のタンがいなければ
このまま閨に引きずり込みたい
気持ちをぐっと押しとどめ
チェヨンは小さく頷いた
 
 
あ そうそう
ジヒョンさんがね・・・
トクマンさんのこと
心配してたわよ
 
 
あ?トクマン?
 
 
綺麗な妻の口から出た
他の男の名前に
ムッと唇を尖らせて
チェヨンは聞き返した
 
 
うん・・・病気じゃないかって
 
 
はぁ?元気にしておるぞ
 
 
チェヨンは訝る
 
 
そうならいいけど
ジヒョンさんって案外鋭いから
 
 
ウンスは何か言いたげに
チェヨンを見たが
その時タンのお腹がグゥと鳴った
 
 
おんまぁ たん
ぺごぱ よ〜〜
きゅるるん よ〜〜
 
 
あら ほんとね
 
 
トクマンの話はひとまず棚上げし
チェ家は夕餉のひと時となった
 
 
*******
 
 
『今日よりも明日もっと』
大きな事が控えていても
日々の暮らしは変わらない
つつがなく ただ
つつがなく・・・
 
 
 
 
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
 
お読みいただいている皆様
いつもありがとうございます
 
なんだかお話が長くなりました
読みにくかったらごめんなさい
 
 
 
そして
アメンバーの皆様
前話のアメ限にいただいた
皆様のお気持ち
ありがとうございました
 
力まずに   しなやかに
自然体でいられたら
いいなと思いまする〜
本当にありがとうございました
感謝を込めて・・・haru
 
 

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