典医寺はいつになく
静けさに包まれていた

祝賀の宴を陰から覗いて
典医寺に戻ってみれば
王妃様からミレ公主の誕生に
尽力してくれたと
祝いの膳が典医寺の者達にまで
届けられ    皆    喜々として
我が家へと急いだ

サラもお目にかかれない
王宮の料理を
自分の親に届けるのだと
早々に帰宅した

休診で患者もいない
育児室から赤ん坊の
泣き声もしない

チェ侍医は少し物足りない
ような気になりながら
帰り支度をしていた
薬剤室にはまだトギがいる

チェ侍医は先ほど
目に焼き付けたウンスの
晴れ姿を思い出していた

ミレ公主を抱いたウンスは
いつも以上に美しく
輝いて見えた

少し上気した頬や
つやつやとした髪の毛
綺麗な金糸の衣も
よく似合っていた

ウンスの視線はずっと
一点に注がれていた
官服姿の大護軍チェヨンを
熱い眼差しで見つめるウンス
その姿に男として
胸が苦しまないと言えば
嘘になる
だがウンスの幸せを
誰より願っているのも本当だ

そして
チェ侍医には最近密かな
夢ができた
決して誰にも明かさぬが
ウンスが産んだ
息子タンが愛しくて
もしもタンが
医官を目指すようなことになれば
自分にしか出来ないことが
多々あると思っていた

この時代の
持ちうる限りの医術を授け   
医官として育ててやりたい
天界の医術と両方極めれば
とてつもない名医になるに
違いないと
タンの未来を夢見た

だがやはり
父親と同じ武官の道を
歩むのだろうか?
それはそれで楽しみだと
チェ侍医は
思うことにしていた

ぼんやりと考えごとを
していたら
診療室の外に人の気配

見覚えのある女人と
初めて見る男が
チェ侍医におじぎをしている


どうされました?
たしか医仙様のお屋敷の
奥女中さんですね?


はい
ヘジャでございます
実は屋敷の使用人が
市で怪我をしまして
旦那様が侍医様に診て頂く
ようにと
奥様はこれから
王妃様のご接待なもので


あ~そうでしたね
ええ    いいですよ
診療室にお入りなさい


大したことないと
言ってるだろ


駄目だよ
ちゃんと診て頂かなきゃ


二人の会話の端々に
互いを思いやる気持ちが
溢れているようで
チェ侍医はくすりと笑った
それから
ソクテの怪我を診た


おや
刀傷ですね
市で喧嘩ってわけじゃ
ないだろうし


ソクテは見知らぬ男に
余計な事を言わない方がいいと
口をつぐんだが
ヘジャはウンスが
チェ侍医に寄せる信頼を
知っていたので話し始めた


奥様が狙われて


医仙様が?


ヘジャは急に声を荒げた
チェ侍医に驚いたが
それだけウンスを
案じているのだと思って
話を続けた


この人が先回りして
事なきを得たんですが
刃物を素手で握るような
無茶をするから


心配そうに傷を見た


そうでしたか
医仙様をお助け頂いたとは
典医寺にも大切なお方
私からもお礼を言います


屋敷の主人の役に立つのは
当たり前のこと
侍医様に礼を言われると
なんだか困るな


ソクテは照れて
ヘジャを見た
ヘジャはふふふと笑って頷く


少し傷が深いですね
縫合しますよ
その方が治りが早いから


へえ
よろしくたのんます


チェ侍医は手際よく
準備をして
薬剤室にいたトギに
助手を頼むと
さくさくと縫合をした
顔を歪めることもなく
ソクテは縫合に耐えた


我慢強いですね
さすがチェ家の使用人だ


チェ侍医は涼し気に
微笑んだ


麻酔が効いているで
此処で少し休んでから
帰りなさい


チェ侍医は診察台に
横になるようソクテに勧め
自分はトギとともに
薬剤室へと消えた


━─━─━─━─━─


マンボの出店に
王様と王妃様がいらしたのは
テマンをチュンソクのもとへ
使いにやってから
間もなくのことであった
チェ尚宮と内官アン・ドチも
そばに控えている

王妃様の弾けるような
笑顔を見て
ウンスはどんなに
高官に反対されても
怯まなかった夫チェヨンを
頼もしく思い
市を開けて
本当に良かったと
心から思った


姉様
妾は嬉しゅうございます


大きな瞳をキラキラ
輝かせている王妃様


うふふ
この店のクッパは
この国一美味しいんです
ぜひ王妃様にも
召し上がっていただきたくて


マンボ兄妹が
恐縮したようにうなだれて
ちらちら王妃様を
盗み見ている


スリバンか
世話になっておるな


王様が情報屋スリバンの
マンボ兄妹に声をかけた


と   と    
とんでもねぇ
もったいない御言葉で


チェヨンは笑って言った


忠犬は御免なんじゃ
なかったか?


忠犬とな?
いやいや
忠犬以上の働きじゃ
他国の動きをいち早く
知ることが出来るのは
スリバンあってのことよのぅ


め   滅相もない御言葉で
さあさあ
クッパを召し上がって
くだせぇ


同じ卓を王様王妃様
チェヨンとウンスが囲み
チェヨンの膝の上には
タンがいた
タンはあっさり味の
クッパをウンスに匙で
食べさせて貰い
もぐもぐ口を動かしている
その様子を
目を細めて大叔母
チェ尚宮が見つめている
タンが身につけている
可愛い黄緑色のチョゴリは
もちろんチェ尚宮の贈り物だ


そう言えば
マンボのお店で
私のクッパを横取りした
ことがあったわよね


ウンスが卓に肘をついて
チェヨンを見た


またその話か?
もう五年も前のことを
いつまで覚えている気だ


食べ物の恨みは一生よ


そうつんと膨れてから
王妃様に向かって言った


だって王妃様
この人ったら
食べかけの私のクッパを
すっと取ったと思ったら
あっと言う間に平らげたんですよ


同じ椀のものを
分け合ったのか?


王様が尋ねた


え?ええ
分け合うってより
横取りだけど


余程好いておらねば
食べかけの同じ椀のものを
食べたりは
しないであろう
のぅ?大護軍?


王妃様がチェヨンに微笑み
チェヨンがむせかえった


某はただ
腹が減っていただけで


まったく今も昔も
変わらず阿呆じゃ
ウンスに骨抜きにされおって
そんなに仲が良いなら
早うタンの兄弟をだな


チェ尚宮の言葉を遮り
チェヨンは言った


クッパのように
簡単には出来ぬ


おや!うちのクッパが
簡単に出来るってのかい?
聞き捨てならないねぇ
時間をかけてじっくり
美味しくなるよう作ってるんだ
医仙を雑に食うような男に
うちのクッパを
引き合いにして欲しくないね


マンボ妹がチェヨンに
喧嘩越しに言った


雑になど食うか!


チェヨンの反論に
ウンスが慌てる


ば   馬鹿!
ヨンたら  
マンボ姐さんに乗せられて
何言ってるのよ
恥ずかしい


ウンスは頬を真っ赤に
チェヨンの袂を引っ張った


ばぶばぶ  ぶぅ


タンがやれやれと言った
口調で声を出したので
王様や王妃様
楽しそうに笑い出し
ウンスはますます
顔を赤らめた


店の端にいたオクリョンが
そばにいたウォンに言った


あたし
王宮ってなんだか
ものすごく恐れ多い所だと
思っていたけど
みんな楽しい方ばかりね


うんだ


二人も顔を見合わせて
楽しそうに笑いあった


ウンスは話題を変えようと
王妃様に向かって
話しかける


食べ終わったら
他のお店も見てみましょう
おもちゃのお店や
西域の化粧品なんかも
ありますよ


そうか
それは楽しみじゃの


マンボの店に
楽し気な笑い声が響いて
ウンスの心は
ふんわり暖かだった


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『今日よりも明日もっと』
大切な人と過ごす
大切な時間が
気持ちを弾ませる



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


もう少しと言いながら
まだ続いている祝賀の儀
(^▽^;)

また
おつきあいくださいませ