王宮に着いた輿を降りる前に
チェヨンは一度首を回した


あら?珍しいわね
肩こり?


ウンスは片手でタンを抱き
片手を伸ばすと
チェヨンの肩に触れた
ほどよく引き締まった
肩の筋肉
さして凝ったようにも思えない


大丈夫だ
朝からまた不毛な打ち合わせが
あるゆえ


公主様の?


ああ
よほどスリバンにでも
任せた方が無駄なく動くと
言うものを
文官とは面倒なものだな


うふふ
さすがのチェヨンも弱気なの?
いいじゃないの
言わせたい奴には
言わせておけば・・・
私は誰も味方がいなくなっても
ヨンの味方よ
ヨンの周りにはそう言う人が
たくさんいるのを忘れないでね


さっきまで 物憂な顔を
しておったのに
今度は励まされたか
昔からころころ変わる
その表情は見ていて飽きぬ
イムジャとおると
時を忘れそうだ


タンごと抱きしめて
チェヨンはウンスに口づけた


さっきは私のお薬に
なってくれたから
今度は私の番
それに今日帰ってきたら
まっさーじしてあげるわ
いつもしてもらうばかりだもの


タンの乳臭い赤ん坊の匂いと
ウンスの優しい香りが
チェヨンの鼻孔をくすぐる


そうか
今宵の楽しみが一つ増えた


ウンスに軽口を叩いた


なんだか 変なこと
想像してない?


しておらぬ
しておらぬ


ヨンと違って純粋に
まっさーじだけだからね


それを聞いたチェヨンは
ぐふっと笑って頷いた
ウンスはこほんと咳払いをして


とにかくいってらっしゃい


ああ


チェヨンはタンの頬にも
ちゅっと口づけて
「いい子にしておれよ」と
頭をなでて輿を後にした

ウンスは出迎えの武閣氏
ヘミとヒョリ
それからジュヒとともに
典医寺へと向かい
チェヨンは愛馬チュホンを引いて
追随してきたウォンに
屋敷に戻りソクテの仕事を
手伝うように伝えてから
テマンを従えて
兵舎ではなく
執務室へと向かった


━─━─━─━─━─


ユウは今日は洗濯担当で
タンのおしめをせっせと
洗っていた

ぱんぱんと広げて
洗濯物をお日様の光を
浴びるように干すと
辺り一面 
白い布がはためいて
帆を広げた船で
清々しい気さえした

一段落ついたところで
ユウはハヌルと合流し
屋敷の廊下を拭き掃除

閨とご主人様のお部屋は
入室が禁じられているが
奥の間や客間は通いの女中たちも
掃除に入ることがある

今まで奉公した屋敷では
見たことがないような
洒落た部屋の飾り付けに
ユウやハヌルは
感心することが多かった

そして ただ一輪
白磁に挿してあるだけの
野花がとても可憐に見える辺り
奥様の人柄を感じずには
いられなかった


あたしはこのお屋敷が
まだ二軒目だけど
ここはいい職場だわ
ねえ
ハヌルもそう思わない?


そうね
あたしはここで四件目だけど
今までで一番待遇もいいわ
やっぱりここに来てよかった


二人が楽しそうに
話しているところに
ヘジャが顔を出した


ほらほら
何 おしゃべりしてるんだい
口より手を動かすんだよ
奥の間は旦那様や奥様や若様が
お過ごしになる
大切な場所だから
心を込めてお掃除しておくれ


は~い


ヘジャの小言にも慣れたもので
二人は元気よく答えた

ふうとため息をついてから
ヘジャは中庭を覗いた
東屋の近くに群れている
スグク(水菊)を
ミヒャンが丁寧に手入れしていた

スグクは 鞠のようにまん丸な
花のかたまりが何とも愛らしいが
庭の花はまだ咲いてはいない
ように見えた

ミヒャンの様子を見て
庭いじりだけは安心して
任せられるようになったと
ほっとしたのも束の間
ヘジャの心臓がとくんと跳ねた

庭木の手入れに忙しいソクテが
女中のミヒャンの近くで
何やら話しながら楽しそうに
笑っている


なんだか楽しそうね
あの二人


悪気はないのだが
聞きたくない一言を
ユウが言った


あら ほんと
ミヒャンさんてちょっと
品があるっていうか
女中さんって感じじゃ
ないわよね
年は三十前って言ってわ
ソクテさんは
五十を過ぎてるらしいけど
怖そうに見えて 優しいし
意外に二人はお似合いかも


ハヌルが笑って言った


うん そうね
似合いかも
あたしもこの前水汲みを
手伝ってもらったけど
優しい人だったわ
ソクテさん


女中二人の他愛のない噂話は
それからすぐに
別の話題へと変わったが
話を耳に挟んだヘジャだけが
そこに取り残されたような
複雑な気持ちになった

それを振り払うように
手にした雑巾で
ヘジャは
廊下をごしごしと磨き始めた

若さは戻ってこないけど
若いもんには負けないと
女中稼業には自信がある

ソクテのことで
いちいち動揺してたんじゃ
奥女中はつとまらないと
ヘジャはいつも以上に
熱心に
身体を動かすことにした


初夏の陽射しの中
気がつくと
庭のスグク(水菊)の花も
わずかに開き始めていた


*******


『今日よりも明日もっと』
後悔しない生き方よりも
たとえ後悔しても
真っ白な帆を広げ
たゆとう海に
漕ぎ出してみたい




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