大護軍 
典医寺から使いの者が


昼を過ぎた頃
テマンがチェヨンの部屋の
外から声をかけた


如何した?イムジャに何か
あったのか?


チェヨンの声に緊張が走る
テマンはにやりと笑いそうに
なるのを堪えて言った


いえ 侍医様のご伝言で・・・
お産が始まったので
医仙様のお帰りが遅くなると


そうか わかった
あとで迎えに参ると
使いの者に申し伝えよ
それから
テマンは先に屋敷に戻れ
俺がウンスを連れて帰るゆえ


いえ    俺も
お供いたします


屋敷で
ウォンも待っているであろう
よい 先に戻れ


はあ ではそうさせて
いただきます


テマンの足音が遠ざかる
すっかり
大人の物言いのテマン・・・
うまく話せなかった頃の
テマンを知っているチェヨンは
テマンの成長がうれしいやら
少しばかり寂しいやら


産気づいたか
無事に生まれるとよいが


ウンスが難しいお産だと
朝方言っていたことを思い出す
そして 夢中になると
周りが見えなくなる
ウンスのことを
よくわかっているチェ侍医が 
帰りが遅くなると
自分に使いを寄越したことを 
有り難く思う反面
複雑な気持ちにもなった


タンはどうしておるか?
あとで育児室を覗いてみるか


チェヨンは独り言を言って
上奏文にまた目を落とした
どれもこれも
公主様の祝賀の宴に関し
反対の声を上げるものばかり
「王宮に民をいれるなど
王宮の秩序を乱す」と・・・

頭の固い輩ばかりで
まったく疲れる

チェヨンは
ふうとため息をついた


お役目が一段落ついた頃には
辺りは陽が沈み暗くなっていた


典医寺に着くと 
お産は
まだ続いているようで
ウンスの姿はなかった

チェ侍医がチェヨンに気づき
患者のいない診療室に
招き入れた
もともとウンスの部屋だった
育児室は赤ん坊や乳母がおり
そこで待つのは気がひけたので
チェ侍医の言葉に甘えて
ウンスの机で
待たせてもらうことにした
初めて座るウンスの机
ウンスの香りがそこはかとなく
漂っている気がした


まだ かかりそうか?


そうですねぇ
まだまだかも知れません
お産は天が決めること
我々は少しだけ手助けするに
過ぎませぬゆえ


そうだな


はい
医仙様は天のお方
そのお方でも救えぬことも
ありましょう
でもそれは天の定め
しかし
あのお方は生真面目ですゆえ
抱えるものが大き過ぎて
そのうち壊れやしないかと
時々心配になります


チェ侍医がぼそっと言った


侍医が典医寺におってくれて
うちのも助かっておる
礼を言う


いえ 私のほうこそ
お仕えできて光栄です


二人はなんとなく黙った
そこへトギがやって来て
二人の前にお茶を置いた


ああ トギ
ちょうどいいところに
若様のご様子を
見て来てくれぬか


チェ侍医が頼むと
トギは首を縦に振り
部屋からいなくなった
ほどなくして
タンを抱いたジュヒが
やって来た
タンはしゃくるように
泣いていた


タン 泣いておったのか
しょうがない奴だ


チェヨンはジュヒから
タンを受取ると
大きな胸にタンを抱いた
小さくてふわふわしていて
儚気な我が息子
ウンスに対する愛しさとは
また違った愛しさが
こみ上げて来る


タンはチェヨンに
しがみつくと
肩に頬を乗せてまた泣いた


あ~~~ん あ~~~ん


母上は大切なお役目なのだ


あ~~~ん ううう~ん


ジュヒの方を向いて
チェヨンは尋ねた


こいつ 飯は食ったのか?


少しばかりの粥と
それから 
菊花茶(クックァチャ)を


腹が減るなら 
粥を食えばいいものを
タンも頑固だな


チェヨンは
タンに笑いかけた


ばぶぶぶぶ


嫌だと抗議するように
タンが声を発する


しょうがない奴だ


チェヨンは
タンを抱き上げたり
ゆらゆら揺らしたり
その辺りを歩いたり
すっかり父親の顔になった
中庭を散歩すると
手を合わせて祈るような姿の
生まれる赤ん坊の
父親とおぼしき男がいた
タンが生まれたときの
あの高揚感を思い出しながら
チェヨンも赤子の無事の
誕生を祈った
その時


うんぎゃ~うんぎゃ~


か細いが産声が確かに聞こえ
サラが中庭に駆けて来て


生まれました
男の赤子です


父親に告げた


あ ありがとうございます
ありがとうございます


力が抜けたように父親は
へなへなと倒れ込んだ


しっかりせぬか
奥方と赤子に会わねば
二人とも待っておろう


チェヨンが声をかけた
チェヨンに気がついた男は
直立不動になって
挨拶を始めた


これは大護軍様
某 鷹揚軍所属の
いつぞやの合戦では


もうよい よい
挨拶などいらぬから
早く行け


は?はい!


その男は駆け出した


タン わかったか?
母上は崇高な役目を
果たしておるのだ
命の誕生に
向き合っておるのだぞ


チェヨンは
タンに語りかける


あうあうあう


いつか 
タンにも分かる日が来る
そなたの母上は
すごい女人なのだ


チェヨンは産所の方を見て
目を細めた
すると産所からふらふらと
妻のウンスが出て来た

チェヨンとタンの姿を見ると
晴れやかな笑顔で
駆けて来て
チェヨンの胸に飛び込んだ


待っていてくれたの?
無事生まれたわ
逆子だったからどうなるか
心配したけど
赤ちゃんもオンマも頑張ったわ


額に汗が滲んでいた
チェヨンは手のひらで
それを拭うと


イムジャも頑張ったな


その額に口づけた
タンが真似して
ウンスの頭を手で撫でる


うふふ
二人ともありがとう
あ~    お腹が空いた
ヘジャに
夜食を頼むんだったわ


ヘジャならば
きっと何か用意しているで
あろう


そうね
じゃあ   もう少しだけ
待っていて
チェ先生と話をしてくるわ
明日と明後日
おやすみを貰うことにしたから
今日の引継ぎよ


ウンスは足取り軽く
診療室に向かって行った


━─━─━─━─━─


屋敷に戻ると
クッパが用意してあった


さすがヘジャ!
これが食べたかったのよ
ヘジャのクッパは
マンボの店くらい
美味しいもの


ウンスは喜び
刺激の少ない優しい味を
タンも好んで匙から食べた
ヘジャはその様子に
笑みを浮かべながら
さりげなくウンスに言った


奥様
昼間にヨンファ様に
偶然市場でお会いしました


そう


近々   お顔を見せに
いらっしゃると


良かったわ
ずっと気になっていたのよ


ヘジャは頷いた
ウンスは細かいことを
尋ねなかった

それから
チェヨンは思い出したように
ヘジャに告げだ


明日明後日と妻は
典医寺に出仕いたさぬ
ゆえに
俺も明後日は休みを取る


えーー
聞いてないわよ
今   忙しいんでしょう?


構わぬ
イムジャのせっかくの休み
明日は無理だが
せめて明後日は一緒に
過ごせるようにするのだ


駄々っ子みたいな
言い方にウンスは


うふふ
うれしい
でも無理しないで
当てにしないで待ってるから


笑顔でチェヨンに答えた


ヘジャ
明後日は通いの者は
暇を取らせろ
それから住み込みの者も
何処かへ出かけよ


ヘジャはチェヨンの
言わんとしたことを汲み取り


はい    ヘジャにお任せを


と微笑んだ


えー  なんで?


たまにはよかろう?
親子三人で
屋敷でゆるりと過ごすのも
周りに人がいると
落ち着かぬ


ふーん
なーんか   怪しい


あうあうあー


訝るウンスと
同じタイミングで声を出した
タンにウンスは吹き出し


まあいっか
タン
明日は久しぶりに
ゴロゴロしてよう
明後日は
父上も休めたらいいわね


ウンスはタンに笑いかけてから
チェヨンをじっと見つめ
そんな三人をヘジャは
優しく見守っていた


穏やかなチェ家の夜が
ゆっくり更けて行く


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『今日よりも明日もっと』
時には甘え
時には慈しみ
あなたとともに過ごす
毎日が愛しい




☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


前話のヘジャのお話に
たくさんのご感想
ありがとうございました
皆様のお気持ちに感謝です