輿が王宮の門に到着し
ゆっくり輿の扉が開く

タンのお守役のジュヒと
ウンスの警護の武閣氏の
ヘミとヒョリが其処にいて
ウンス達を出迎える

以前もこうして
王宮に上がり
ポムとヨンファが
警護してくれていたのを
急に懐かしく思い出した

あれからまだそんなに
時は経っていないはずなのに
ポムはウダルチ隊長夫人で
お腹には赤ん坊がいる
一方ヨンファは郡主の奥方様
そして自分は
ずり這い上手な可愛い息子の母親

100年前から高麗に戻った後も
時は流れているのだと
しみじみ感じ
いずれこの二人も
何処かに嫁いでいくのかしら?と
ウンスはそんなことを思った


如何されました?


ヘミが不思議そうに尋ねた


ううん   なんでもない
前に武閣氏だった
ポムとヨンファを
思い出していたの


そうでしたか
お二人ともお幸せに
なられて
武閣氏の間では
医仙様は縁結びの神様だと
評判にございます


ヒョリが笑った


まあ!
私はなんにもしてないわよ
たまたまみんなご縁に
巡り会えただけ


ウンスは笑って答えた
それから


しばらくヨンファに
会ってないけど
元気なのかしらね?


と呟いた
表情が曇った妻の肩に
チェヨンが
ポンと手を置き優しい眼差しで
見つめた


なんでもないわ
今日は早く帰れるかしら?
今日もヨンと一緒に帰れたら
いいな


ウンスはチェヨンに
そう告げ微笑み返した


典医寺の一日は
相変わらず忙しく
王妃様とミレ公主の回診を
終えて戻って来たら
気にかけていた妊婦が
産気づいていた


医仙様
丁度良いところへ
例の逆子の妊婦さん
先ほど産所に入りました


ウンスが戻り
サラがホッとした顔で
報告をする


ほら   サラ!
先は長いわよ
今から気を抜いてどうするの?
チェ先生   
他の患者さんの診察は任せたわ
私とサラは産所に籠るから
もしも切開が必要な時は
呼ぶから先生も来てね


はい    承知しました
こちらはお任せを


チェ侍医はしっかり頷き
ウンスはサラにもう一度
はっぱをかけると
妊婦のもとへと急いだ


━─━─━─━─━─


ヘジャは饅頭屋で
ヨンファを見かけ
思わず声をかけていた

声をかけてから
出過ぎた真似だと自覚した
相手は今や郡主の奥方様
屋敷に出入りしていた
ヨンファではもうない


使用人が
気軽に声をかけるなんて
あたしも奥様の
人の身分に上下はないって
天界式に
すっかり染まっているねぇ


ヘジャは苦笑した
ヨンファはヘジャに
声をかけられ
驚いた様子だったが
嫌そうには見えなかった


ヨンファ様
まさかお供も連れず
お一人で市場へ?


ヘジャは最近小言ばかり
言ってるせいか
うっかりそんな口調になった


ポムやみんなには内緒よ
危ないって言われるから
でも私は元々武閣氏
自分の身は自分で守れるもの
それにお供がいると
煩わしいじゃない?
たまには一人になりたいから


ヘジャはそうでしたかと
小さく頷いた


あら?そう言えば
医仙様はずっと
私たちをお供にしてたから
本当は煩わしかったのかも?


ヨンファの言い方は
皮肉にも聞こえた


奥様に限って
そのようなことは
決してありません
お一人で心細いときも
ヨンファ様とポム様が
お側にいてくださり
うれしかったと思いますよ


ヘジャの返しに
ヨンファはふっと笑った


そうね   医仙様はそういうお方
そして
周りの者もあの方に
惹きつけられてしまう
もし嫁がずに   あのまま
お側にお仕えしていたら
どうだったかしら?
今頃典医寺の警護の最中かしら


ヨンファの呟きが
ヘジャは気になった


ヨンファ様は
嫁がれたことを後悔されて
いるのですか?


饅頭屋の湯気を挟んで
ヘジャはヨンファに
まっすぐに尋ねた


そうじゃないけど


ヨンファは目を伏せた


ヨンファ様
少しばかりこのヘジャに
お時間を
頂いても構いませんか


二人は饅頭を頼むと
饅頭屋の奥の卓に
腰を落ち着け
ヘジャは静かに話し始めた


ヘジャの知り合いの女人の
話をしてもよろしいでしょうか?
戯れ言だと思って
聞き流してくださいませ


ええ


その者には若い頃
好いた男がおりました
それは麻疹のようなもので
今にして思えば
誰にでもある初恋でした


ヨンファは自分の初恋の相手
チェヨンを思い浮かべた
子供の時分を
懐かしく思うことはあっても
今更チェヨンに
ときめいたり好きだと言う
感情は持ち合わせていなかった


それで?


はい
女はその男が好きで
ずっと
一緒に生きて行きたいと
願いましたが
男は何を考えているのか
なかなか
煮え切りませんでした
後になって知ったのですが
男は私兵
ご主人様のためなら
命を落としても
悔いはない忠義者
娘の父親も若い頃は私兵で
母親は夫の身をいつも
案じておりましたから
仲間としては信頼しても
そんな男の元へ娘を
嫁がせるのを
母親が良しとしないことを
男は知っていたのです


そう
周りのことを考える
優しい男の人
だったのね


はい
けれども人の優しさは
時に残酷なこともございます
その頃    女を見染めた
大きな旅籠の跡取り息子が
おりました
女の母親はすっかり
その縁談に乗り気で
男はやがて別の女人と
所帯を持って
女の前から姿を消しました
女は深く傷つき
その旅籠の跡取りに嫁ぎました


まあ!
違う相手と結ばれたの?
互いに縁がなかったってこと


はい
ですが   女の方は
嫁ぎ先でも
縁を結べませんでした


そうなの?


優秀な奥女中の母親仕込みで
きっと旅籠の役にも
立つだろうからと息子は
親を説き伏せたらしいのですが
その女を気に入っていたのは
その跡取り息子だけでした

確かに何の後ろ盾も
お金もない   ましてや
美人という訳でもない女
お屋敷とは勝手の違う
旅籠の仕事にも
なかなか馴染めず
周りの者はみな冷たく思え
女将修行とは
名ばかりの下働以下の扱いを
受けたのでございます
随分とそこで鍛えられました

夫は優しい人でしたが
なかなか子宝に恵まれず
跡取りが生めぬならと
結局    女は義母に
家から追い出されました


・・・


ヨンファは
胸が締め付けられ
夫キム・ドクチェの顔を
思い出した


でもその旦那様は
どうしたの?
そんなに好いた妻と
別れさせられたんでしょう?


人の縁とは不思議なもので
それから母親の勧めた
家柄の良い後添えを娶り
子宝にも恵まれたと
風の便りに聞きました


そう


夫キム・ドクチェも
自分と別れた方が
幸せになれるのではないかと
その時ヨンファは思った


しかしながら
ヨンファ様


何?


本当に好いていたならば
夫は妻を手放しただろうかと
妻は家を出ただろうかと
我が主夫婦を見ていて
ヘジャは思うのです


医仙様達を?


はい
もしかしたらその女の心には
去った男が
ずっといたのかも知れません
夫はそれを感じていたのかも
知れません
もしも本気で好いていたならば
たとえ子がいても    いなくても
共に乗り越え添い遂げたはず

主人夫婦は子宝に恵まれ
若様がお生まれになりましたが
もしまだ若様が
いなかったとしても
決して離れることはないはず
四年行き方知れずの奥様を
旦那様は必ず戻ると信じ
ひたすら
お待ちだったくらいですから


そうかも知れないわ


ヨンファは呟いた


色んなことのある人生で
何があっても離れない
ともに生きていきたいと
思える相手には
そうそう巡り会えるものでは
ございません
ヨンファ様は旦那様を
好いておいでなんでしょう?
ならばそのお気持ちを
大事になさって下さいませ


ヘジャの話は
ヨンファの心に沁みた
そしてそれは
ヘジャの身の上話だろうと
ヨンファにもわかった

何時も何があっても
動じないヘジャの
芯の強さの裏に
秘められた思いを
見た気がした


その女人
今は幸せかしら?


ヨンファは尋ねた
ヘジャは満面の笑みで
言った


はい    
幸せにございます
自分を家族と言ってくれる
優しいご主人にも恵まれ
縁が途絶えたと諦めた方とも
また巡り会えたとか


そこでヘジャはふっと
話を畳んだ


ああ   ヘジャとしたことが
お喋りが過ぎました
申し訳ありません
ヨンファ様
奥様がヨンファ様を
たいそう心配なさっております
是非一度屋敷に
お顔を見せにいらして
くださいませ


ヘジャは深く頭を下げ
ヨンファはこくんと頷いた


良かったわ
その人が今   幸せで
私も自分を憂いてばかりじゃ
いけないわね
必ずお屋敷に行くから
医仙様にそう伝えてね


なんだか表情が
明るくなったヨンファに
ヘジャは笑いかけて頷くと
その場で別れた


饅頭屋を出て歩き始めた途端
ヘジャの手に持つ荷物が
すっと軽くなった

いつの間にか隣に
ソクテが並んでいて
ヘジャの荷物を持っている


ソクテさん?


奥様はおつとめで
帰りが遅くなると
ウォンが知らせに来たから
ヘジャさんに伝えに


前を向いたまま
愛想もなく
ソクテが答えた


そう
じゃあ夕餉はいらないね
荷物   
持ってくれてありがとう
助かったよ


これからは
いつでも持ってやる


二人はそれきり無言で
屋敷の方角に歩き出した
静かな時の流れが
二人の距離を縮めるようで
ヘジャには心地よく感じられた


*******


『今日よりも明日もっと』
日々の暮らしが
積み重なって
その人の歴史を彩っている



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