通いの女中は
日の出とともに奉公にあがり
日が沈む前に帰っていく

広いお屋敷だから
廊下を磨き上げるだけでも
ヘジャ一人ではひと苦労だった
タンが生まれて洗濯も増えた
王宮にいた頃は
女官見習いだったオリが
ずっとヘジャの仕事を
手伝ってくれていたし
王室の厨房から届く料理も
あったから
さほど気にしてはいなかったが
確かに家族の増えたこの屋敷を
切り盛りするのは大変で
チェ尚宮の差配をありがたく
思ったヘジャだったが

人を使うことの難しさを
初日から思い知ることになる

ユウとハヌルは
それぞれ他の屋敷に
奉公していたが
高麗の名家チェ家に奉公でき
しかも待遇がよいとあって
そちらを辞めて移ってきた口だ
二人とも女中経験は二、三年
あったものの
ヘジャの目から見れば
まだまだ修行も足りず
床掃除も   おしめの洗濯も
どれもいちいち気にかかった

ましてやミヒャンは
おっとりした性格なのか?
初めての
女中奉公ということもあり
まるきり使い物にならない
ヘジャはため息をつきながら
三人にこんこんと言った


ご主人様たちが
気持ちよく
お暮らしになるように
先回りして準備するのが
女中のつとめだよ
ミヒャン   いいかい?
言われるまで何にもしない
なんて話にならないよ
庭掃除はいわば屋敷の顔を
磨くようなもんだ
丁寧にやっておくれよ
あああ   ユウ
そんなにびちゃびちゃな
雑巾掛けじゃあ
床が滑るじゃあないか
ハヌル
そのおしめ
まだ汚れが残っているよ
若様がお使いになる大切な
ものなんだから
心を込めて洗っておくれよ


ヘジャは何かしら小言を
言う羽目になり
自分自身に
すっかり疲れてしまった
それでも伝えておかなきゃ
ならない決まりごとが
まだまだたくさんある


奥のお閨や
旦那様奥様のお部屋には
入らないように
お二人は
他の人が入ることを良しと
しないからね


じゃあ   掃除は?
どうするの?


ユウが尋ねた


あそこはこのヘジャに
任されているから大丈夫
それから
そうだ  洗濯!
洗うものは
その竹籠に入れてあるから
それを頼むよ
旦那様のソッパジ類や
奥様のソッチマ(下着類)も
ご自分で洗われるから
手をつけないように
しておくれ


えーっ  
高貴な御身分の医仙様が
自ら洗濯?


ハヌルは
心底驚いた声をあげた


お二人は
とてもお互いのことが
大切だから
ご自分たちのことは
出来るだけ人任せじゃなくて
ご自分たちでやりたいのさ


ヘジャは当たり前のように
言ってから


ああ
それから口の利き方にも
気をつけておくれ
チェ家は名家な上に
旦那様は高麗軍の大護軍様で
奥様は典医寺の医仙様だ
通いの女中と言えども
旦那様や奥様   お客様には
丁寧な言葉使いを頼むよ


と   重ねて注意


はーい
ユウとハヌルは
愛想よく返事をして
ミヒャンは小さく頷いた

仕事を任せられるのは
まだまだ先になりそうだ
ヘジャは
またため息をついた


━─━─━─━─━─


屋敷の掃除そして洗濯
ご主人様達の
夕餉の下ごしらえ
それから住み込みの
使用人の夕餉の
準備が終わった頃には
日が沈み始め
通いの女中たちは
帰る時刻となった

女主人のウンスは
まだ王宮から戻らない

ウンスの帰宅に関わらず
日が暮れる前に通いの女中を
家に帰すように言われていた
ヘジャは三人を厨房に集めた


奥様はお優しい方だから
お許しくださるが
本来ご主人様のお出迎えも
しないで先に帰るなんて
許されないことくらい
みんなもわかっているよね


三人が頷いた


奥様のお言いつけだから
もう帰って構わないが
それくらい恵まれた奉公先だと
自覚して
しっかり働いておくれよ
ああ
それから初日だから疲れる
だろうと
奥様からのお心遣いだ
ありがたく頂いて帰りな
オクリョン    
みんなに渡しておくれ


オクリョンは
紙に包んだ砂糖菓子を
三人に渡した


三人ともめったに
お目にかかれない高級菓子に
目を輝かせた


じゃあ   ヘジャさん
お先に失礼します


ああ   明日もお気張り


三人が帰ると
ヘジャはどっと疲れが出て
庭先の水まきをオクリョンに
言いつけると厨房に座りこんだ

ぼんやりしていると
目の前に茶碗に入った
白湯が置かれた
オクリョンかと思って
顔を上げると
黙ったままのソクテがいた


ソクテさん?


三十数年振りに名前を呼んだ


ああ
喋り疲れて喉が渇いたかと
思ったんだが


確かに喉はカラカラだった
ヘジャは一気に飲み干した


見ていたのかい?
小言ばかりで嫌になるね


いささか自嘲気味になった
ヘジャにソクテは言った


そんなことないさ
ヘジャさんはよくやってる
大したもんだ


それだけ言うと
ソクテはいなくなった
ソクテの何気ない一言に
心がふっと軽くなった


ヘジャさんか・・・
名前を呼んてもらったのは
三十年振りだね   きっと


ひとりごちていると
輿の到着を告げる
オクリョンの声が聞こえた


さあて
ご主人様のお帰りだ
また忙しくなるね~


ヘジャはうれしそうに
立ち上がると
出迎えに向かった

輿の中からチェヨンとウンス   
それからタンが
朝と変わらぬ様子で降りて来る

チェヨンはタンを
片手で抱き上げ
空いた手の方でウンスと
手をつないで歩いている

仲睦まじい親子の姿に
ヘジャは自分には
訪れることのなかった
幸せを見る

ウンスは
ヘジャを見つけると
にっこり笑って言った


ヘジャただいま
お腹が空いたわ
今日はなあに?
ヘジャのご飯が恋しくて


はい   只今すぐにご用意を
今日は魚を煮付けてあります
それからいい具合に
沈菜(チムチェ)が浸かって
美味しく出来ております


まあ   楽しみだわ
ねえ   ヨン


ああ    そうだな


チェヨンは夕餉よりも
喜ぶ妻の顔に幸せを感じ
タンはウンスの笑い顔を
真似するように笑っている


あたしは
十分幸せな奥女中さね


ヘジャは娘夫婦を出迎える
気分で小さく呟いた
そんなヘジャをソクテは
後ろで見守っている


あ!    ヨン見て  
お月様の隣に大きな星!
なんだか願い星みたいね


ウンスの明るい声が
響いて聞こえた


*******


『今日よりも明日もっと』
願いは叶うだろうかと
夜空の星に尋ねてみたい