コハクの待つ育児園に帰る
ジュヒを見送って
ウンスはチェヨンの帰りを待った

此度の件は納得いかないことが
多すぎる
ジュヒに案内してもらい
すぐにでもその女人を訪ねようと
考えたウンスだが


若様はいかがなさるのです?
ご心痛の
王妃様を放って置かれるのですか?
医仙様 無茶はなりません


諭されて思いとどまった
ウンスの乳以外飲まないタンを
長い時間ひとりにはできないし
遠くまで連れて歩くことも難しい
いくらウンスでも母親として
それくらいの分別は持ち合わせていた
それに確かに王妃様を今
一人にしておくのは心配だった


じりじりと待っても
なかなか戻らないチェヨンが
月明かりの中 やっと
邸に帰ってきた


遅い~


奥の間で寝ているタンを
とんとんしながら待っていた
ふくれっ面のウンスに
チェヨンは


待ちくたびれたのは
俺の方だ


そう言って笑い
抱きしめてウンスに口づけをした


もう ヨンたら
今夜もそんな気分じゃないの
だって一大事だもの
王様の浮気じゃないのは
わかったけど
それにしても側室は無理があるわ
本当は 今すぐにでも
ジュヒの村に行ってちゃんと
妊娠のこと確かめたいのに
タンを置いてはいけないし
王妃様をお一人にはできないし


そうだな
イムジャが王宮を離れるのは
難しいであろうな


どこかホッとしたように
チェヨンが答えた


ちゃんと医者に
診てもらったのかしら?
無医村だとジュヒに聞いたもの
思違いってことも・・・


ああ だが見たところ
悪阻があるようであったぞ
産婆も違いないと言うたと


そおなの?
いい勘してると思ったのにな


ウンスはがっかりした顔をした


でもこんな予想はよくないわね
赤ん坊を授かるのは
天が決めることだもの


ウンスは肩をすくめて
チェヨンに言った


だが イムジャの言うことも
もっともだ
男ばかりで秘密裏にこと急ぐあまり
確かに肝心なところを
見落としていたかもしれん


そうよ
そうでしょう?


イムジャ
明日 
チェ侍医を借りてもよいか?


そうね 
ちゃんと調べた方がいいわ
でも 女人でしょう?
サラの方がよくない?


いや 医女を
信用していないわけではないが
こういう時には
侍医の方が力になるであろう


うふふ そうよね
よくよく診てもらってね


ウンスはチェ侍医の罪を許した時
チェヨンの力になる男だと
そう思った自分の直感を思い出し
微笑んでチェヨンを見つめた


あい分かった
イムジャはおとなしゅう
王宮で待っておるのだぞ


うん
王妃様のことも気になるし
明日も回診に行ってみるわね


ああ 頼むぞ


うん


背後で困った様子の
ヘジャの気配を感じて
はたと気がついた
そういえばずっと先ほどから
チェヨンの腕の中にいる
おまけに時々 口づけを交わし
なんだかすっかり甘えていた


やだ ヘジャ
いるならいるで
言ってよ~


今宵は お声がけしにくく


どうして?


旦那様が・・・


ヘジャは言葉を濁した
せっかくの抱擁を邪魔するなと
チェヨンがヘジャに
鬼気迫る形相で訴えていたから



翌朝早くに 
康安殿の王様のもとへ参上し
王宮を離れる許可をもらい
チェヨンはチェ侍医とともに
女人の住む村へ急ぎ向かった

ぼんやりとした意識の中で
ウンスは床の中から
チェヨンを見送った
一晩お預けしたあとの反撃は
すさまじく
からだがへなへなとしていて
まだ 力が入らない


チェヨンの馬鹿


甘い訴えは閨の壁に響き
ウンスは布団のなかに
もう一度潜り込むと
チェヨンの匂いに包まれて
満足そうにまた眠りに落ちた
タンの寝息がすうすう聞こえている


━─━─━─━─━─


どんよりとした朝
灰色をした海を見ながら
瑞希(ソヒ)はため息ついた

ソヒの父親は
海辺の警備のために駐在している
田舎役人に過ぎない
家柄がいい訳でもないが
実直な働き者だ

ある日 元の胡服を着て
元の通行手形を持った役人だと
名乗る男とその供のものたちが
小さな田舎の浜辺に現れ
「王宮に向かう前に
旅の疲れを癒したい
数日 世話になる」と言った
旅籠もない田舎の村で
都への通り道になっており
実際 元の使者が通り抜けることも
あったため
立派な身なりのこの男を
さして不審にも思わずに
丁寧にもてなすことにした

男は娘のソヒを見た時に
少し驚いたような顔をしたが
身の周りの世話を頼むと申し付けられ
面長で 切れ長の目をした
都の香りがする美丈夫に
ソヒは ぼうっと熱を上げた
年頃のソヒにとってそれは
たぶん初恋であった

よく喋る男であったが
どこか寂しげにも見えた
都に許婚がいたが他の男に奪われた
思い通りにならない日々を
鬱々と話すその男が哀れで
ソヒの思慕はつのる一方であった

だから夜伽の相手を務めることに
さして抵抗はなかった
もしかしたらこのまま嫁にと
請われるのではないかと
そんな夢さえ見た
ところが男はソヒと床を共にすると
次の朝には消えていた

母親は手込めにあったと
嘆き悲しんだ
そして それ以来
月のものが来なかった
好きになった男の子を宿したが
喜びを分かち合えるはずの相手は
側にいなかった


一昨日 王宮から
高麗軍の大護軍
チェヨンと名乗る武将と
小柄な男の人がソヒを訪ねてきた

ソヒの父親はあの名高いチェヨン
自ら 赴いてきたことに
驚きひれ伏したが
そのチェヨンが敬う小柄な男は
もっと身分が上の高貴な方に
違いないとソヒは思った
だが なぜこんな田舎の村に
わざわざ自分を訪ねてきたのか?
それが自分のお腹の子供のことだと
理解するには時を要した
こんな田舎の娘の出来事さえ
耳に入る王宮というところが
ソヒには空恐ろしく感じられた

腹の子の父親は高麗人で謀反人だと
その時初めて知らされた
謀反人に通じたならば
一族も謀反の疑いをかけられる

青くなった父親は
娘は手込めにあったのだから
決して謀反人に通じたわけではなく
被害をうけたのだと
チェヨンにとりなしを哀願した
その時 
チェヨンの後ろに隠れるようにいた
小柄な男が物思いにふけるように
「では 娘を
王宮に差し出してはどうだ」と
思いもよらぬことを言ったので
チェヨンが驚いた顔をし


とりあえず
今日は一旦引きましょう
しばし 考える時も必要です


小柄な男にそう言った


屋敷を出るチェヨンを追いかけ
ソヒは一言だけ聞いた
チェヨンもまた自分を見て
少し驚いたような顔をしたから
このお方なら知っていると直感した


ウンスって名前の女人を
知っていますか?


なぜだ?


チェヨンが聞き返す


理由は言えません


ならばこちらも答えぬ


チェヨンは来た時よりも
さらに険しい顔で帰っていった


「ウンス」と夜伽の最中に
その名を呼んだ
あの方は自分ではなく
自分の中にそのウンスさんを
見ていたのだと
ウンスさんの身代わりの
夜伽だったのだと
やっとその時 気がついた


冷たい海風に
赤みがかったソヒの髪が
なびいている
普段は子守唄のように
心地よい波の音が
切なくソヒの胸を締め付けた


*******


『今日よりも明日もっと』
人の夢は果無くて
だから夢見てしまうのか



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