またしばらく留守にする
都の屋敷を
ウンスはタンをおぶって
ぐるりと散策した
武閣氏の二人が供をする

背中のタンはきゃっきゃと
声を上げて楽しそうだ
毎日こうして一緒にいてあげられたら
タンは寂しい思いをしないのに
胸の中にもやもやと広がる霧

だけど医者はやめられない
医者も自分の生きる道だもの
ごめんね タン

背中の息子に呟いた

ひと月のちには王妃様の
出産を控え
大切なポムも妊娠したばかり
二人の妊婦が無事に
出産するのを見届けなくてはと
ウンスはきりっとした
医者の顔に戻る

史実ではもっと先の時間の
出産で命を落とした王妃様
今の高麗は
自分の知っている歴史じゃないと
なんども言い聞かせているが
身体中が震えることがある
もしも王妃様に何かあったら

でも怖くてチェヨンにすら
いまだに相談できていない


ううん きっと大丈夫
無事に生まれるわ


蕾が固い山桜の木に願いをかける
この木は母の木
母の願いが見事に咲く木

ウネが女の子の双子を妊娠したのも
そういえば 
ここで花見の宴をした後だった


縁起がいい木なのよ


ウンスは呟いた
タンが


あ~ ああ うう


おしゃべりで返した


テマンさんが参りましたよ
輿の準備もできました
そろそろご出立に


ヘジャがぱたぱたと急ぎ足で
ウンスを呼びに来た
そばに控える
武閣氏のヘミとヒョリが頷いた


そうね 帰らなくちゃ王宮に
父上が待っているものね


背中のタンをあやしながら
ウンスが微笑んだ
早く会いたい最愛の夫の顔を
思い浮かべて
一抹の不安と屋敷を去る寂しさを
拭い去った
ウンスはおんぶはならぬと言った
チェヨンの言葉を思い出し
タンを背中から降ろすと
腕に抱いた
屋敷の中を見渡して
それから表へ出ると
迎えに来たテマンに頷いて
輿に乗り込んだ

父から息子へそして孫へと
受け継がれた椅子も
荷物の中に大事に加えた
戸締りをヘジャが確認して
重厚な門はぎぎぎぃと閉じられた

寂しそうなウンスの顔を見て
輿に後から乗り込んだ
ヘジャが言う


またいつでも来られます
次は桜を見に来てはいかがです?


そうね さくらんぼも採らなきゃ
今年も美味しいジャムやお菓子を
作らなきゃね


はい そうでございますよ
奥様・・・


さあ 帰りましょう
あの人が待ってる王宮に


ウンスは元気に言って前を見た
輿が屋敷からゆっくりと
遠ざかる


━─━─━─━─━─


夕刻になった
チェヨンは兵舎の私室の窓から
気もそぞろに邸の方角を見ていた


ああ そうか
今日おかえりになるんだったな
医仙様


テマンがここにいないのも
迎えに行ったからだったと
明日の鍛錬の確認に来た
トクマンが納得したように
頷いた


なんだ 用か?


トクマンに気がついたチェヨンが
顔を見て言った


イェ 明日の新入りの
鍛錬ですが・・・


任せる


は?


だから 任せる
俺はもう帰るゆえ
あとは任せた
よろしくな プジャン(副隊長)


はあ


昨日はチェヨンが暇を取り
交代するように
今日はチュンソクが休んでいた
そう言い残すと
チェヨンはあっという間に
消えた・・・


なんだか俺 最近
こんなのばかりだ
大護軍はいつものこととしても
チュンソク隊長まで
「あとは任せる」ってさ
ウダルチはいつから愛妻家の
集まりになったんだ?
はあ~


ため息をついても
慰めてくれるテマンもいない


やけ酒でも飲んでやる
いいよな みんな
幸せそうで


トクマンはそう言いながら
どことなくうれしそうだった


兵舎から邸までの短い道のり
チェヨンは小走りで
ウンスの元へと向かった

低い門の前に武閣氏
その陰にテマン
そして穏やかな顔をしたウンスと
にこにこしているタンがいた

その後ろにはヘジャと
女官のヨリ
見習いのオリが控えている


おかえり~
ヨン


ウンスの軽やかな声が聞こえた


あ~~あ~~あう


タンの声がする
邸の中には灯りがともり
ヘジャが用意した
夕餉のいい香りが
漂ってきた


ああ 戻っておったのか


平然とした振りで
ウンスに言った


うんうん
そろそろかな?と思って
みんなで勢揃いしてお出迎え
ほんの数日なのに
なんだかこの邸が懐かしいのよ


そうか・・・
ただいま イムジャ
ただいま タン


そういった
チェヨンの目尻が下がったことに
ウンスは気がついた

チェヨンはタンを抱き上げると
「いい子にしておったか?」と
頬を摺り寄せた
ざらざらした髭に
少し迷惑そうにちろっと
チェヨンを見つめる
タンのいつものへの字口
腕にぶら下がってくるウンスの
柔らかなからだ

チェヨンは安心したように
二人を抱きしめてから


おかえり 待っておったぞ


ウンスの耳元に囁いた


ただいま 旦那様
うふふ


ふたりは仲良く並んで
奥へと消えた


本当に仲のいいお二人だわ


武閣氏のヘミが羨ましそうに
言った


そうだなあ
仲の良さはずっと変わんないな


テマンがぽつんと呟いた
ヘミの頬が少し赤らんだことに
気がついたのはヘジャだけの
ようであった


夕餉の準備を整え終わると
それぞれが王宮の自分の部屋へと
引き上げて
邸にはチェヨンとウンスとタン
そしてヘジャだけになった

夕餉の膳を前にして
ウンスはタンが転がりすぎて
卓の脚に頭をぶつけたこと
都の屋敷の補修が無事に済んだこと
チェヨンがいない間に起こったことを
楽しそうに話して聞かせ
そうか そうかと
チェヨンは優しい顔をして
頷いている

タンは屋敷から運んできた椅子に
ちんまりと座ると
仲間に入ったつもりで
機嫌よく
ふたりのやりとりを見ていた


明日からまた仕事だなんて
タンに
また寂しい思いをさせるわね
ああ 日常が戻って来たわ


ウンスは
小さなため息をついてから
タンに微笑んだ


そうだな
ではずっと休むか?


チェヨンが尋ねる


それも嫌なの
なんだかね
休みが終わるのは嫌なくせに
ずっと休みなのも
それはそれで落ち着かないのよ
典医寺は忙しいかなとか
王妃様はお変わりないかしら
とか 
やっぱり気になるの
あまのじゃくね 私


天の邪鬼か?


チェヨンは笑ってウンスを
引き寄せ抱きしめた


だが
屋敷に戻りたいのも
本当であろう?


そうね・・・
でも王妃様のご出産までは
気が抜けないから


ああそうだな
だが あの屋敷も
大切な我が家だ
これからはもっと時折
帰るとするか


いいの?


あたり前だ


屋敷での伸びやかな
ウンスを思い出し
チェヨンは言った


うれしい


ウンスはチェヨンに
ぎゅっとしがみついた
タンが自分もと
あ~あ~~と
ふたりを呼ぶように
手を伸ばしている


うふふ おいでタン


タンを抱きしめチェヨンに
抱きしめられる
チェヨンの
腕の中には二つの宝


大好きよ


ウンスが腕の中で呟く
夕餉のご飯が湯気を上げ
ふわふわと揺れていた


*******


『今日よりも明日もっと』
毎日幸せが増えていく
春の花が一つ また一つと
咲いていくように・・・



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


王宮に戻りました
また高麗の日常が始まります


明日は三連休最終日
よい1日をお過ごしくださいませ



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