チェ尚宮や武閣氏に
守られて
しずしずと歩いて来た
ナラン姫をウンスは
出迎えた

王宮の門で見た通りの
美しい姫は高麗の
艶やかな赤紫のチマと
澄んだ空色のチョゴリを
身にまとい
元の姫君と言うより
高麗の高貴な身分の姫に
ウンスには見えた


そなたが天の姉様か?


ナラン姫は静かに
ウンスに尋ねた


その呼び名は王妃様だけが
許される呼び名
お控えくだされ


ウンスの敵だと思い込んでいる
ポムがぎろりと睨んで
ナラン姫に言った


ポム   まあ
いいじゃない
王妃様のお知り合いでも
あるみたいだし
旦那様の昔からの知り合い
なのよ


なれど   けじめはけじめ


うふふ   ポムの口から
そんな言葉が飛び出すなんてね


ウンスがころころと笑った
ナラン姫はウンスを一目で
気に入ったようで


ではウンス様と
お呼びしても構わぬか?


ええ   もちろん


ウンスが答えると


ウンス様
お会いしとうございました


ナラン姫は急に
ウンスの首に抱きつき
軽やかな声で言った

ウンスは
そうか!
これが彼女の親愛の表現なんだ
チェヨンだから
特別と言う訳ではなかった
と一人納得した

それがわかっていたから
チェヨンには妙な
余裕があったのかと合点した

じゃああんなに性急に
狩りをしなくたっていいじゃない
からだが火照ったままなのよ

ウンスは思い
また頬までもが熱くなった

隣であっけにとられている
ポムは
ウンスを盗られた気がして
面白くない

さらに兵舎から戻ってきた
チェヨンがその場面に
出くわして
目を白黒させているのが
ナラン姫の肩越しに見えた

ウンスはふふっと笑って
ナラン姫に話しかけた


姫様
チェヨンも戻りました
中へお入りくださいね


そうか
わかった


チェ尚宮はチェヨンの側に
立つとチェヨンの耳たぶを
ひっぱりながら


二人揃ってなんたること


喝を入れた


なにゆえ?
叔母上痛いではないか!


チェヨンが返す


口にするのもはばかれるわ
そなたたち
次のお子を早く授かりたい
気持ちはわかるが
昼間くらいは
もう少し自重せよ
このたわけが!


なんでわかる?
叔母上は千里眼か?


なんでもお見通しのこの叔母に
反論するのも忘れて
ただ頭を掻いたチェヨンで
あった


あまり遅くにならぬうちに
迎えに参るゆえ
それまで頼むぞ
明日は忠定王(チュンジョン王)の
墓に寄ってから国へ帰りたい
そうじゃ


そうか   わかった


最初はキ・チョルの屋敷の
裏山に盛った土に
麻の白装束しか許されず
惨めに葬られた慶昌君様だが
王様によって追尊され
忠定王として
立派なお墓に入られたのだった
亡くなられた時を思うと
チェヨンは
今でもきりきりと心が痛んだ


チェヨンとチェ尚宮が
話をしている頃
ヘジャに
客間に案内されたナラン姫は
美しい飾り棚や
飾られた絵を感心して眺め
ウンスが青磁に生けた
前庭の秋の草花を愛でた
感受性豊かな姫のようで
ウンスの飾り付けも
気に入ったようであった

ナラン姫の素性を知らぬポムは
チェヨンに
早めに迎えに来るように
頼まれたチュンソクが
邸から連れ出した
ポムは
渋々帰る素振りを見せたが
久しぶりのチュンソクとの
早帰りに密かに心を弾ませた

ヘジャはお茶と茶菓子を出すと
ウンスに言われた通りに
客間から下がった

そこへ
子供を抱いたウンスと
慈しむように母子を
見つめるチェヨンが現れる
とても幸せそうに
ナラン姫には見えた
ふたりは
互いに時々見つめ合っては
目で会話をしている


チェヨンは幸せなのだな


はっ  姫様


そうか   良かった
前に会うた時とは
大違いじゃ
あの時は何をするにも
精気がなかったが
今は生きる力に満ちておるな


あのお転婆だった姫様に
そのように諭される日が
来ようとは


チェヨンが笑った


そなた   笑うのだな
冷たい顔も凛々しく見えたが
笑顔の方が余程よい


うふふ
彼はそんなに難しい顔を
してましたか?


そうじゃ
だかな   妾や慶昌君様には
優しい顔を向けてくれたぞ
妾は始め慶昌君様より
チェヨンの嫁になりたいと
思うたくらいじゃ


まあ
ほんとに誰にでも
モテるんだから


ウンスが少し膨れたように
チェヨンに言った


もて?る?
何を持つのじゃ?


ナラン姫が不思議そうな
顔をする


天界の言葉で人気がある
懸想されることを
言うんです


ほお
もてるのぅ
確かにチェヨンは
もてる殿方であろう


ナラン姫は楽しそうに
笑った
それからすっと
表情を引き締めると


妾はそなたたちに
礼を言いたかったのじゃ
慶昌君様のこと
最期に看取ってくれたのは
そなたたちであろう?


はい   キ・チョルの屋敷の
裏山に葬った時も
お側にいました


ウンスが言った


そうか   世話になったな
それに姉様に子が出来たのも
医仙の力と姉様は言うて
おったぞ
そなたたちの
出産の祝いも兼ねて
どうしても
一度会いたかったのじゃ


そうでしたか


ウンスが頷いた


その子がチェヨンの子か?


はい   姫様


ウンスがおくるみから
タンの顔をのぞかせた


おお
凛々しいのぅ
丈夫に育つのだぞ


その言葉を聞いた時
ウンスの中で
あまりにも若くこの世を
去った慶昌君の顔が
はっきりと思い出された
胸に込み上げる思いを
隠すことが出来ず
ウンスは切り出した


姫様
慶昌君様を助けられなくて
ごめんなさい
この時代の医術では救えない
病だったの
私はまだ高麗に来たばかりで
天界の医術が
当たり前だったから
言い訳ばかりしていたわ
天の医員なのに治せぬのかと
その時この人にも言われた
ここで病人を
治す術がわからなくて
何も出来なくて
見殺しにしたのも同然


それを言うなら某が
先王をこの手で


チェヨンが言いかけ
ウンスが首を振った


そうじゃない
そうじゃないわ
あなたは慶昌君様を
あの時苦しみから
救ったのよ


重苦しい空気の中
ナラン姫が言った


それでも
最期にふたりに出会え   
ふたりに
見守られて逝ったのじゃ
一人で誰にも看取られずに
ひっそり旅立つよりも
よほど
よき最期であったと
思うておる
感謝いたすぞ


ナラン姫の言葉が
心に沁みた


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『今日よりも明日もっと』
思い出すのは
幼き頃の
屈託のない笑い顔



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

お話はゆるゆる
進んで参ります
m(_ _ )m