ウンスを追いかけて
邸に戻った
日がわずかに西に傾き始めた

役目も放り投げて
何をやっているんだか
チェヨンは自分に苦笑した

奥の間には目を吊り上げた
ポムがいた
ウンスとタンの姿がない


ウンスは?


チェヨンが問うと


家出なさいました


怒ったポムが言った


は?


いえお閨におりまする
なれど
気分は家出なのでする
医仙様を泣かせるような
ことをしたら
大護軍様とて
このポムが許しませぬ


泣かせるようなことなど
しておらぬわ


いいえ!
見てました
女人に抱きつかれた夫など
見たくもありませぬ


実感を込めてポムが言う


ああ わかった
わかった
閨だな
見て参る


医仙様 泣きそうでした


ポムが目に涙を溜めて
チェヨンに訴えた
チュンソクはこの嫁の
こういうところが
可愛いのだろうなと
チェヨンは妙に納得して


心配いらん
もう泣き止め
それよりチュンソクに
少し遅れると
伝えて来てくれ


ポムに伝えると
目をきらきらとさせて


お引き受けいたしまする
と駆け出した


さて何から話そうか?
チェヨンは思案しながら
閨の前に立った
心配そうに控えるヘジャに
ここは大丈夫だからと
下がらせた


中から
ウンスの声が聞こえる


あんなに抱きつかなくったって
いいじゃない
ヨンは私の旦那様なんだから
それにヨンもヨンよ
あんないい笑顔で
お会いしたかったですって!


ウンスは憤慨していた
聞き耳を立てながら
チェヨンは思わず笑いが
こみ上げる
ウンスは母親になっても
やっぱりウンスで
初めて出会ったあの日のまま
美しく気高くそして
可愛らしい
ウンスの声の調子が
ため息とともに
だんだんと暗くなる


私 母上失格よね
いくつになっても
こうなのかしら?
父上に女の人が触れるだけで
取り乱しちゃうの
いい加減自分がいやになるわ
ごめんね タン
こんな母上で


無性に抱きしめたくて
チェヨンは扉を開けた


息子相手に愚痴を言うには
タンはまだ幼すぎであろう


チェヨンが閨の寝台の
そばまで近づき
しょんぼりしている
ウンスに笑いかけた

ウンスは授乳していた
タンは目を開けたり
閉じたりしながら
ウンスをじっと見ている
柔肌が天蓋のベール越しに
チェヨンの目に映る


何よ 立ち聞き?
趣味が悪いわ
それにおつとめは?


ウンスが拗ねていう


抜けて来た


大護軍なのにいいの?
みんなに迷惑がかかるわ


構わぬ
チュンソクにはもう伝わった
だろうし
少しばかり俺が抜けたところで
王宮が
どうこうなることはない


チェヨンはウンスの横に
腰掛けようとして
警護のため麒麟の文様の
鎧姿であったことに
気がついた
ウンスやタンに傷など
つけては大変とあわてて
取り外してから
寝台に腰を下ろした

お腹が満たされたタンは
すうすうと寝息を立てている
小さな手をきゅっと
握りしめている様子が
愛しかった

チェヨンはウンスから無言で
タンを預かると
白木の寝台に
そっと寝かしつけ
寒くないように絹の布団を
首元までしっかりかけた

それから寝台に戻ると
はだけた衣を整えている
ウンスをそのまま押し
倒した


へ?


重みがウンスにかかる
チェヨンは
まっすぐウンスを見つめて
唇を合わせてから言った


抱きついて来たのを
受け止めた
だから言い訳はせぬ
イムジャにとってみれば
あの姫は女人に見えるだろうし
それにたまに悋気されるのも
悪い気はせぬから


そう言いながら
ウンスの首にチェヨンの
熱のこもった吐息がかかった


ヨン?ちょっと
え?
何考えているの?
まさか?
まだお昼間よ
しかもおつとめの最中
ちょっと!


イムジャとて
先ほど庭で 
夜まで待てぬようなこと
言うておったであろう


それとこれとは話が
も・・・う・・・


狩りを止める術を
持ち合わせてはいない
ウンスはチェヨンの手の中に
簡単に堕ちていった

ウンスのため息が
甘い吐息に変わったのは
それからすぐのことであった


どん がたん 


閨から音がする
喧嘩でもしているのだろうか
廊下にいたオリが心配そうに
ヘジャに尋ねると


あれは仲直りの儀式です
ご心配には及びません
チェ家は安泰にございます
さてさて厨房で
お饅頭でも食べようか


ヘジャはどちらかというと
ホッとしたように
オリの背中を
押して閨のそばから離れた


━─━─━─━─━─


西日がふたりの影を
閨の壁に映し出す
ウンスがチェヨンの
首に抱きついて言った


他の女性に触れさせないで
言ってるのに


いつの間にか
拗ねた声は甘えた声に
変わっていた


ああ すまん
あれは急に
うさぎや犬がじゃれて来た
のと同じこと
俺の中では
十歳の子供のままだしな


うさぎ?犬?
あのお姫様って
高貴な方なんじゃないの?
そんないい方しちゃだめよ


愛された安堵感から
ウンスがたしなめるような
余裕を見せた


悋気はもう仕舞いか?
つまらんな
イムジャに妬かれている
くらいがちょうどよいのに


悋気じゃないもの
ちょっと寂しかっただけ
何にも聞いてなかったし


まだ整わぬ息を
弾ませるように
ウンスが言い訳をする


そうか?
寂しい想いなどすることは
ないのに
俺には
ウンスしかおらぬのだから


チェヨンが乱れたウンスの髪を
指で梳きながら言った


だってチュンソクさんの
側室騒動もあったから
なんだか嫌な気落ちになって


それを悋気と言うのだ
イムジャは意地っ張りだな
悋気 
俺はいつでも歓迎する


チェヨンは上機嫌で
笑ってから
ウンスに言った


じゃあ 私もヨンに
悋気させるんだから


ウンスがチェヨンの胸を
指でなぞりながら言うと


それはならぬ
イムジャが他の男に
抱きついたら
間違いなくそいつを始末する


本気の顔をして言った


やだ 
ほんとに始末しないでよ


それは
イムジャの心がけしだいだ


チェヨンはウンスの唇に
軽く唇を当てた


そうだ
夕刻 姫様がこの邸を
訪れる手筈になっておった


急に思い出したように
ウンスに告げた


えええ
ちょっとそれを早く言って
もう夕刻になるじゃない
大変 このままじゃ
お出迎え出来ない
なんの支度もしてないし


まだ素肌のままの自分を見て
ウンスは慌てて
気だるいからだを
引きずり起こし
散らかった衣を拾い集めた

もたもたと着付けていると
器用なチェヨンが
ささっとウンスに衣を着せていく
ウンスはされるがままで
チェヨンに尋ねた


で その姫様って
結局誰なの?


ああ
あのお方は王妃様の異母姉妹
元の魏王の娘 ナラン様だ


えええ?王妃様の妹さん?


ああ
8年前もこんなふうに
ひょっこりお忍びで
高麗に来られた


懐かしそうな顔をした


ん?
どゆこと?
王妃様の妹君なんでしょう?
でも王妃様が嫁ぐ前よね
ヨンはその頃からの
知り合いってこと?
なんで高麗に?


ウンスの質問攻めに
チェヨンは


ああ 8年前
ナラン様は慶昌君様の
許嫁であられたゆえ
慶昌君様にお忍びで
会いに来られたのだ


驚くウンスにチェヨンは
また唇を重ね
その口を塞いだ


*******


『今日よりも明日もっと』
言葉よりももっと優しく
もっと伝わる術を
あなたは知っている




☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


魏王の娘ナランは
史実とは異なり
haruの二次創作の姫です
ご了承くださいませ