ウネが訪れたのは
ウンスが典医寺に着いて
間もなくのことだった

空はどんよりとした
ままだった

診療室で見るウネは
あまり顔色が良いようには
見えなくて
診察台に横になった
ウネに向かって
ウンスは
医者の顔になり尋ねた


ちょっと疲れてる?
顔色が悪いわ
それに浮腫もあるみたい


そうねえ
疲れは溜まってるかな?
妊婦だからって
毎日の家事も
チビ助たちのことも
手を休める訳にはいかないし
それにね
義母様のお世話もあるから
そうそう休んでらんないわよ


そうなの?
でも 無理しちゃ体に


言いかけたウンスに


うん 
分かっているんだけどさ


ウネが顔を曇らせて言った
チェ侍医が脈を診て
舌と目の状態
それから足の浮腫みを診て
少し渋い顔をした

ウンスは聴診器で胎児の
心音を確認する
異常はなかったが
逆子のままだった


チェ先生?


ウンスがチェ侍医に目配せ
すると
チェ侍医が頭を振った


あまりよい傾向ではありません
脈が弱々しいですし
お疲れが
相当たまっているうえ
水毒ですゆえ


そう やっぱり


ウンスが言う


でも屋敷にいる以上
どうしようもないわ
日常が追いかけて来るもの


そうよね~
産み月まであとひと月よね


そうよ


まだ生まれるには
少し早いわ


でもどうしろって・・・


入院したらいいわ
ここに


は?なによそれ?


典医寺のお部屋に空きもあるし
ここで少しゆっくりしたら
いいんじゃない?
どうかしら?チェ先生


それはよろしいかと
体を休めるにはここは
最適です
今は何より静養が必要かと


ああ 無理無理
だってあたしがいなきゃ
あの屋敷は廻らないもの


でも 今考えるべきことは
母胎の休養よ
大事な時期なんだし
家族にも協力して貰って


大丈夫よ
何人生んだと思ってるの?
これくらいのこと
どってことない


でもぉ
今までとは訳が違うわ
お腹にいるのは双子だし


さらに食い下がろうとした
ウンスを
チェ侍医が制した


お屋敷のご事情も
あるでしょう
無理強いはできませぬ
お薬を処方しましょう
それからなるべく
身体を休ませるよう
気をつけてください


さすがよくわかってる
チェ先生!
こんなに気が利く
いい男なのに
伴侶に巡り逢えないなんて
ほんと どうかしてるわ
アンジェがいなければ
あたしが名乗り上げるのにさ


チェ侍医は


お気持ちだけ頂きましょう


さらりというと
涼し気な目元に笑みを浮かべた


ほんともったいない
世の中の損失だわ


ウネはもう一度言って
ころころと笑った
ウンスは話題を変えようと
ウネに尋ねる


そうだ   ウネさん
部屋にタンがいるのよ
会って行かない?


あら タンちゃんが?
それは顔を見てから
帰らなくちゃ


ウネはそう言うと
ウンスと一緒に診察室を
出て行った
チェ侍医がウンスの後ろ姿を
見つめる顔つきが優しかった


部屋へ向かう僅かな道のりで
ウネがウンスに尋ねる


じゃあ ポムちゃんも
お部屋にいるの?


そうよ


そっかあ
警護につくのを辞めたのかって
思っちゃったわ


まあ いずれはそうしなきゃ
と思っているんだけど
どうしても私があの子を
頼りにしてるのよ


ウンスさんが?


ええ
ポムは気心知れた妹みたいで
ついつい便利に使っちゃうの
隊長夫人なんだから
ほんとうは
いつまでも武閣氏みたいなこと
させていられないけど


そうね~難しいとこね
ところで
ウンスさんてさ
典医寺に戻ったの?


ううん
正式にはまだなのよ
ただ
王妃様の回診はもう始めたわ
それに今日はウネさんが
来るって聞いてたから
待っていたのよ


そっか~
それはありがとう
でもさ チェヨンは
心配でしょうね


ヨンが?
働くことが?


ううん だってここには
いい男もいるし
殿方の患者も多いでしょう?


それは王宮ですもの
男の人もたくさんいるわね


は~
悩めるところね
美しい天女を妻に持つのも


典医寺に治療に来た
若い兵士三人組が
二人の横を通り過ぎた

彼らはウンスをうっとり見て
お辞儀をしてから
ひそひそと話しを始めた

「医仙様 典医寺に
お戻りになったのか?
噂以上にお綺麗だな」

嬉々として話す声が
聞こえて来てウンスも
悪い気はしない


ほらね~
ウンスさん  綺麗だって
言われてる
それにね 自分じゃ
わからないかな?
その色気


い 色気?


ウンスは戸惑うように
聞き返した


そうそう
胸も大きくてすごいけど
何て言うか 女のあたしも
ついくらっとくるくらい
一段と綺麗になったもん
チェヨンは
こんな野獣ばかりのとこに
ウンスさんを放したくないと
思うな~


や 野獣って・・・


あいつにとっては
うさぎもウンスさんを狙う
野獣に見えると思うよ


ウネはけらけらと笑った


もう 相変わらずなんだから
それだけ元気なら
心配ないわね
でもやっぱり
アンジェ将軍と入院のこと
相談してみて
安静が一番だから


はいはい わかった
わかった


ウネは生返事を返した


ポムとウネは 
けたたましい再会を果たして
タンを挟んで楽しいおしゃべりを
繰り広げた
ウネのますます大きく膨らんだ
お腹を見てポムは
感嘆の声をあげ
そのポムを冷やかすように
ウネが言った


側室騒動があったんだって?


はい   そうなんでする
医仙様にも大護軍様にも
お助け頂きました


まあ   大事に至らなくて
良かったね
でもさ
隊長もそれだけいい男って
ことだもん
胸張ってなきゃ


はい
旦那様はいい男でする


ポムが誇らしげに言う


まあまあ
ポムちゃんといい
ウンスさんといい
夫婦仲がよろしくて
結構なことだわ


ウネは笑った
タンはウンスの腕の中で
夢見心地
むぅとふくれたような
顔つきで眠るタンを見て
ウンスはチェヨンの顔を
思い浮かべた


なんだか   息子を見ながら
旦那が恋しいって顔してるよ


ウネにからかわれた


そ   そんなことないわよ
昼には邸に帰ってくるから
そろそろかなあって
思っていただけよ


あー
そう   じゃあ早く帰って
おあげなさいな
あいつきっと待ってるさ  
それにウンスさんも
チェヨンに会いたいって
顔に書いてあるよ  


ウネさんたら


ウンスは笑った
そして
邸に寄るように勧めたが
野暮なことはしたくないと
屋敷へと帰って行った


ウネを見送るために
中庭まで出てきた
チェ侍医にウンスは言った


なんだか心配だわ
ウネさんは無理ばかりするから


そうですね
ですが
今直ぐどうこうという
切迫したものはありませんし
しばらく様子を見ましょうか


慰めるようにウンスに言った


そうよね
うん
ありがとう
チェ先生


にっこり微笑むウンスの顔は
美しかった


じゃあ 私も邸に戻るわ
ヨ・・・いえ 大護軍が
戻ってくるの


そうですか
では急ぎませんと


心の奥底に灯る
消しても消しても消えない
恋慕の灯火
チェ侍医はふうと息を
小さく吐き出して
診療室へと戻って行った


*******


『今日よりも明日もっと』
大切な人を守るには
何が出来るだろうかと
自問自答を繰り返す