心が満ち足りこことがない
欲しいものはなんでも
お父様が買ってくれるし
手に入らなかったものはない

豪商の一人娘として
なに不自由なく
暮らして来たから
人に言わせれば
これ以上何を望むのか?
お嬢様は贅沢です

そんなことは
わかっているの

キンスはため息をついた
二十歳の頃は
たくさんの縁談もあった
どれもこれもいい話だった
でもキンス本人を
見てくれた人は一人もいなかった

チャン・デホの娘
豪商が後ろ盾
そう生まれついたのだから
仕方がない
何度も言い聞かせて
どこかに嫁いでしまおうかと
思ったこともある

でも・・・
お父様には何人も外に
囲った女がいて
お母様が泣いていたのを
小さいながら覚えている
お母様を幸せそうに
思えたことがなかったから
結婚に夢も希望も持てなかった

そのお母様は急な病で
ある日 いなくなった
まだ10歳にもならない頃だ
その後すぐに後妻が来たけど
うまく仲良く出来なくて
反抗してばかり

お父様はそんな一人娘を
溺愛して何でもわがままを
聞いてくれたけど
それで寂しい気持ちが
埋まったことはなかった

あの市で偶然 あの夫婦を
見なければ
こんなにもあの方を
手に入れようとは
思わなかっただろう

楽しそうに簪を選んでいた
夫婦の姿が目に映った
幸せな夫婦もいるものね
そう思っていた時に
ならず者達にからまれた
怖くて震えていると
あの方が駆けつけ
あっという間に助けてくれた

「大丈夫 もう心配いらぬ」
優しい声を聞いた時
どうしてもどうしても
あの方が欲しくなった

走り去った奥様を
追いかける姿を見て
さらにその想いは強くなった
あの気持ちの半分でも
自分に向けてくれたら
心が満たされるかも知れない

はぁ またため息をついて
目の前に建つ
ちんまりとした
古風な邸を眺めた

豪華な装飾もなければ
りっぱな門もない
横に竹林が広がり
前庭には小さな池がある
邸には飾りがない代わりに
その周りは野の花で彩られ
来る人を優しく出迎えている
そんな邸であった


「心から愛してくれる」


ポムが言い放ったその言葉が
キンスの頭から離れなかった

『愛』 
初めて聞く
天界の不思議な言葉

天界語を操るその女人なら
自分の思いを
わかってくれるだろうか?
あの方でなければ
駄目だと言うこの思いを
分かってくれるだろうか?

キンスは深く息を吸い込むと
奥へ向かって声をかけた


ごめんくださいませ


はい


中から15、6のかわいらしい
女官見習いと思われる
女の子が出て来た


医仙様にお取り次ぎを
私 チャン・キンスと申します


は~い
少しお待ち下さいませ
今 伺って参ります


たたたたたっと
せわしなく奥へと戻る
女官見習いのオリ


女官までお召し抱えなのね
王族と同じ待遇ってこと?


キンスは少し驚いて
オリの後ろ姿を見送った
ほどなくして
奥から すらっとした
からだつきに
色白の美しい女人が現れた
後には少し年の行った
奥女中が控えている


あなたがキンスさん?


透き通る声でそう聞いた


はい キンスにございます
突然お伺いして
ご無礼お許し下さい


あら いいのよ
私は来るもの拒まずだもの
うふふ


楽し気に笑った


一度ね 
話しがしてみたいと
思っていたの
どうぞ 入って頂戴
ヘジャ 
キンスさんを客間に
案内してね


はい 奥様


ヘジャはじろりとキンスを
眺めた
忠義に熱いヘジャは
ポムを困らせている
この女にいい感情を
持っている訳はなく
本当は邸に迎え入れるのも
嫌なくらいなのにと
思いながら案内をした


奥の間では
ポムとヨンファが
気をもんでいた

オリが
「お客様です」と
キンスの名を告げた時
二人は顔を見合わせた
まさかここまで来るとは
どういう神経なのだろうと

ところがウンスは平然と
「あら そう いらしたの?
いま行くわ
ちょっと待ってもらって」と
オリに告げた


大丈夫ですか?医仙様


ヨンファが尋ねる


大丈夫よ
何も私を襲いに来た訳じゃ
ないでしょう?
それにね 私は
元は江南の美容整形外科医よ
クレーム処理には慣れてるの


ほとんど分からない天界語を
並べ立てると
にっこりと笑った


二人ともゆっくりしていて
タンを見ていてくれる?
お乳は飲んだばかりだから
寝てると思うんだけど


ウンスはそう言い残して
颯爽と言ってしまった


大丈夫かなあ?


ポムが言った


医仙様が今まで大丈夫じゃ
なかったことはないわ
ちゃんと話しをつけてくれるわよ


そうでするね~


二人はタンを見つめながら
静かにお茶を飲んだ


*******


『今日よりも明日もっと』
心が満たされなくて
だましだまし過ごしていると
温かい灯りが欲しくなる



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