そろそろテマンが
迎えにくるころかしら?
すっかり寒くなったから
もう一枚着込んでいこうかな?

チェヨンとの二人暮らしにも
すっかり慣れた冬の朝
出仕のため
屋敷の自分の部屋の鏡の前で
ぼんやり考えながら
身支度を していたウンスは
鏡の横に置かれた
アスピリンの瓶に目を留めた

瓶の中には黄色い小菊が二本

一本は慶昌君様と過ごした
江華島でチェヨンの
髪にウンスが挿した小菊

もう一本は
チェヨンがウンスの髪に
ふざけて挿した黄色の小菊

二本の黄色い小菊が仲良く
瓶に収まっていた

ウンスは瓶を手に取って
お日様にかざしてみた

瓶の中の色あせた菊が
日の光を浴びて
また金色に輝いて見える


ふいに
後ろからふわりと
抱きしめられた

この腕の温もり
大好きなチェヨン
横を向くとチェヨンの
唇が触れた


菊の小瓶?


食むような口づけの後に
チェヨンが聞いた


ええ
二本の菊が入ってるわ
どちらも大切な菊


ふふっとウンスが笑った


そうだな
だが
もうあんなすれ違い
俺はごめんだぞ


ささいな行き違いから
胸を痛めたあの日を
思い出す


うふふ
私もよ
あなたとはいつも
正面から向き合っていたい
正面突破よ


鏡に映るウンスの笑い顔は
美しかった


ねえ
菊の花言葉って知ってる?


ウンスに尋ねられて
チェヨンは首を振り
その頬に唇を寄せた

ウンスの全身から
包み込むような柔らかな
優しい香りがする
チェヨンはウンスの首筋に
鼻を埋めて
その香りをゆっくりと
吸い込んだ

恋しい妻の
愛しい香り

華奢なからだを抱きしめると
儚く消えてしまいそうな
そんな気さえしてしまう

一緒に暮らす日々が
今でも
夢か幻かと
チェヨンは思う時がある

決して離したくない
二度と離さぬ
毎朝   毎晩   心に誓う
必ず何があっても
ウンスを守りたい

無意識に腕に力が入り
ぎゅっと抱き寄せた


どうしたの?


心配そうにウンスが
尋ねた


ああ   花言葉であったな


うん   そうよ
菊の花言葉は
「私を信じて」っていうの


私を信じて?


ええ
江華島の庭で黄色い小菊を
見つけた時に 
その花言葉を
ふいに思い出したの

私を信じて欲しかったし
あなたを信じさせて
欲しかったから
それでこの花を
あなたにあげたの


そうであったか


江華島の菊は慶昌君様との
思い出の菊でもあるし
キ・チョルの屋敷にいた時も
この菊を庭でみて
気持ちを落ち着かせたわ
きっとあなたが救い出して
くれる   会いに来てくれる
って信じてた

あなたが殺されそうだと
日記が教えてくれた時も
この菊が暗示してくれた
だから信じたの

それから
100年前にいた時に
あの丘に植えたのも
この菊

私を信じて
必ず帰るからって
私のメッセージだったのよ
あなたに会いたい気持ちを
いっぱいにして植えたの


ああ   わかっておった


やっと再会出来た時も
あの木の下に
黄色い小菊が
たくさん咲いてた


ああ


都に戻る途中の
ヒョンゴ村で
亡くなったチュソクさんや
ウダルチのみんなに
手向けたのもこの菊


そうであったな


この菊は
いつもヨンと私を
繋いでいる
信頼って言葉のもとに


ああ


チェヨンは力強く頷いた


これからも私を信じてね
私もあなたを信じてる


ああ
もちろんだ


チェヨンの返事を聞いて
ウンスは優しく微笑んで
言った


あのね
天界には誓いのキスってのが
あるのよ


誓いの?


うん    
約束の口づけのこと
ヨン
この黄色い小菊に約束して
これからも
ずっと信じあって
ずっと一緒に
生きていくって


ああ


チェヨンはウンスの唇に
唇を合わせた
温かく優しく
甘い口づけを
ふたりは何度も繰り返す

ふたりの周りだけ
時が止まったような
そんな気がした
ある冬の朝の出来事で
あった


─━─━─━─━─


話を聞いていたヘジャが
朝の膳を片付けるために
厨房に立ったのを機に

チェヨンとウンスは
秋の朝の清々しい空気を
吸い込みながら
王宮の邸の前庭をゆるゆると
歩いてまわった

前庭には

尾花
女郎花
桔梗
藤袴

色とりどりの
秋の草花にまじり
黄色い小菊も
美しく咲いている

チェヨンは一本
茎を折るとウンスに渡した

うれしそうに受け取った
ウンスが
花びらに顔を近づけて
花の香りを嗅いでいる


いい香り
気持ちがすっきりする
また黄菊の咲く頃が
高麗に巡って来たのね


そうだな


チェヨンはそれから
ちょっと照れたような
笑みを浮かべて
切り出した


イムジャ   じつはな


なあに?


先ほどヘジャに
話をしていた
喧嘩のきっかけだがな


ん?
妓生って言葉に
私が過剰反応したこと?


ウンスが少し顔をしかめた


ああ
今だから  言うが


うん


昔は妓楼に通って
遊んだみたいな言い方を
見栄を張って
イムジャにしたが
ほんとのところ
妓楼に出入りしても
女遊びはしたことがない


は?


いい歳をした男が
妓楼で遊んだこともないと
思われるのも
どうかと思って
若い頃にはなどと
ちょっと  
見栄を張ったのだ


チェヨンが
決まり悪そうに
呟いた


ええ?
じゃあ   
抱いた女がいた気もするが
今となっては
覚えていないとかなんとか
あの言葉は嘘で
妓生とそう言うこと
致したこと
ない?の?


ああ   イムジャ   
だいたい   
好きでもない女を抱くなど
面倒なこと
俺がするか?


確かに   と
ウンスは頷いた


そんな趣味は俺にはない
契りを交わすのに
誰でもいい訳なかろう


へ?
じゃあ   
もしかして
ねえ
ヨンって
私が?初めての女!とか?
うそー
嘘でしょう?
だったらどうして
あんなにうまいのよ
信じられないわ


目をまん丸に見開いて
ウンスが言った


さあて?
それはイムジャを
愛しているからであろう


ウンスの頭をコツンと
小突いてチェヨンが言った


信じるか
信じないかは
イムジャ次第
真実は永遠に藪の中で
構わぬ
菊の花言葉は
「私を信じて」であろう?


チェヨンの目が笑っている
びっくりしたウンスは
手元の黄菊に
こっそり尋ねた


ねえ   今の話
ほんと?それとも
嘘?


*******


『今日よりも明日もっと』
黄菊がとりもつ
ふたりの縁(えにし)
あなたを信じてる


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「恋慕  黄菊の咲く頃に」
全12話をお届けしました
おつきあい頂きありがとう
ございました

慶昌君様と
ファンの話からはじまり
お彼岸や秋夕に合わせ
トルベを偲んだお話

菊の花言葉をもとに
恋慕本編に絡めたお話

シンイの
原作者ソン・ジナ先生が
ドラマの要所に黄菊を
選んだのは
花言葉が「信頼」だったからと
そんなインタビュー記事を
読んだ記憶があり

菊の花言葉「私を信じて」を
haru色にアレンジして
お話をお届けしました
お楽しみいただけたら
うれしいです



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