きらびやかな妓楼の門をくぐり   
奥の自分の部屋に
落ち着いたジヒョンは
深く息を吐いた

あれが鬼と言われる
大護軍チェヨンの天女様か

まっすぐな澄んだ目をした
綺麗な人だった
あれは人を疑わない目だ
ジヒョンに向けた笑顔も
ぎこちないながらも
柔和だった

ヨンさんが惚れた女か
自分と同じ位の歳に見えたが
雲泥の差
またため息をついた

チェヨンは
赤月隊の頃から
この妓楼に出入りしていた
今でも戦に勝つと
贔屓にしてくれる
昔馴染みの上客だ

若い頃は美丈夫な上に
都で評判の赤月隊
妓生が群がり
一夜の情を求めたが
女遊びは面倒だと言って
いつもジヒョンの部屋に
逃げて来た

ジヒョンの話す
高官たちの噂話や
地方の郡主から聞く話を
興味深そうに聞いていた
チェヨンに喜んで欲しくて
情報を仕入れる
密偵まがいのことを
したこともある

許嫁のメヒが亡くなり
荒れた日々を送っていた時
ただ一度だけ
酔い潰れたチェヨンを
朝まで
抱きしめて眠ったことがある
それさえ
覚えてはいないだろうが
妓生として
抱かれたことは一度もない


ヨンさんは
純情なのでございましょうか?
ジヒョンは
都で一番の妓生
据え膳喰わぬは男の恥で
ございましょう


いや   俺はよい
好きでもない女は抱けぬ


チェヨンを誘った時に
きっぱり言われた


ひどいお方だ
ヨンさんは


そんな昔のやり取りを
思い出す
律儀というか固いというか
たんに
面倒事を避けていたのか?

ジヒョンは先ほどの
上品な女の色香を醸す
天女様を
まぶたに浮かべた

優しい顔つき
きっと悲しいことも
辛いことも
あの天女様なら
ヨンさんのすべてを
吸い取ってしまうだろう

ヨンさんは好いた女に
巡り会ったってことか

自分とチェヨンの運命は
どこまで行っても平行線
繋がらぬ縁とはそんなもの
せめてヨンさんの幸せを
陰ながら喜んでやらなきゃね

鏡に顔を映しながら
すっかり
妓楼の女将らしくなった
ジヒョンはふっと微笑んだ



マンボの店では
少しばかり元気のない
ウンスをマンボ兄妹が
気にかけていた


医仙    どうしたんだい?
元気がないね


マンボ姐さん
なんでもないわ
ただ   さっき   
綺麗な人に会ったの
ヨンの知り合いみたい


なんだ
それで悋気かい?


二人は顔を見合わせた


違うわよ
ただ   私   高麗では
王宮の中と
マンボ兄妹の店くらい
しかしらないでしょう
だから   ヨンの知り合いは
たくさんいるんだなって
ちょっと気になっただけ


二人が
テマンに目配せすると


ジヒョン姐さんに会って
と  頭を掻いた


ああ  ジヒョンか
高麗一の妓生さ
歌も踊りも上手くてね
群がる男も星の数さね
ヨンとは昔から
仲が良かったけど
あたしが見るところでは
男と女の関係じゃないね
まあ  ジヒョンはどう思って
いたかしらんがね


そうなんだ
あんな綺麗な人
ヨンはついふらふら
しなかったのかしら?


さあね
ただ   なんだかんだ言って
あいつは父親と母親が
理想なのさ
ヨンの父親も母親一筋で
死んでからも後添えを迎えず    
男手でヨンを育てただろう
一途なところは父親譲り
ヨンは医仙にベタ惚れさ


そうかしら?


ああ   そうさな


師淑が笑う


誰がどうしたって?


ひょっこりとチェヨンが
店にやって来た


ヨン!
早かったのね


ああ
イムジャに早く会いたくて


あー
やんなるね   
こんなこと言う男だったかね?
ほらご覧   やっぱり医仙に
ベタ惚れだろう


マンボ姐さんがにかっと
笑った
それから
お決まりのように


クッパ食うか?


とチェヨンに尋ねた


ああ    もらう
イムジャはもう食べたのか?


うん   
小さな声で答えた


なんだ    元気がないのか?


チェヨンは何があった?と
テマンの顔を見る
ウンスはテマンに首を振り
余計なことは言わないで
という素振りを見せた

困ったテマンに
マンボ姐さんが助け船


いや   何
大したことじゃないさ
昔話をしてただけ


そうか?と
怪訝そうな顔をしながら
チェヨンがウンスの髪をなで


イムジャ   
こんなところに塵が


そう言って面白そうに
笑った


何よ?


髪を触るとはらりと
落ちて来た黄色の小菊


いつぞやの仕返しだ


チェヨンはいたずらが
成功した子供みたいに
晴れやかに笑った


この菊   どうしたの?


ああ   来る途中の
店先に生けてあったゆえ
譲って貰った
イムジャ   
この花好きであろう?


ウンスはなんだか
ぽろぽろと涙がこぼれた


ど?どうした?


なんだか   うれしくて
安心して


なんだかよくわからぬが


チェヨンはぐすんと泣いた
ウンスを胸に抱いた


マンボ兄妹が呆れて言う


そう言うことは
屋敷に帰ってからにしとくれ
なんだい   心配して損したよ
クッパ   食ったら
とっととお帰り
それで子作りでもしてやんな
ヨン


やだ   マンボ姐さん


ウンスが笑った
可愛らしい笑顔

チェヨンは
髪に挿した黄菊が似合う
妻を満足そうに眺めた

そして運ばれてきたクッパを
慌てて口に入れた
一刻も早く屋敷に帰るために


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『今日よりも明日もっと』
愛しい人を想う時は
心   暖まるひと時となる





あら   週末に突入ですが
もう少しお話は続きます
m(_ _ )m