ファン 
どうしているかしら?


朝餉を食べながら
黄菊を見つめたウンスが
急に呟いた


元気でいるであろう
もう 子犬を産んだかも
知れないぞ


あら 私より早く
お母さん?


ウンスはお腹をなでて
微笑んだ
大きなお腹はもう臨月で
みぃが
この世に生まれてくる日も
近い


うふふ 
じゃあ四代目ファンが
もういるかも知れないわね


そうだな


*******


昼を過ぎた頃に
チェヨンが懐にファンを抱えて
典医寺にやって来た

侍医に一礼すると
ウンスの部屋に手を引いて
ウンスを連れて行く


どおしたの?


ああ ファンが飼い主の元へ
戻ることになったゆえ
イムジャも会っておきたいかと
思うてな


ええ?
飼い主が?
こんなに早く?
そっか~飼い主いたんだ


少し残念そうに
少しほっとしたように
ウンスは呟いた


ああ
ウンスや


自分を名前で呼ぶときは
よりいっそうヨンが
愛しい気持ちを込めるときだと
ウンスは知っていた


なあに?


ファンは散歩中に
迷子になったらしい
飼い主が 
必死に探していたそうだ


そおなの?


慶昌君様のファンの話しを
したであろう?


うん


あの時 慶昌君様の
ファンは トルベが
屋敷に連れ帰ったそうだ


トルベさんが?


急に懐かしい人の名前
チェヨンを庇って亡くなった
チェヨンの忠実な部下だった
時々 警護にも来てくれた
優しい笑顔の人だった
ウンスは
ページをめくるように
トルベのことを思い出す


ああ その孫だそうだ
このファンは


まあ!


トルベの家では
息子が連れて来た犬を
母上様がことのほか可愛がって
トルベが
あんなことになってからは
余計に息子のように
ファンを慈しんだそうだ
残念ながら慶昌君様のファンは
亡くなっていたが
ファンは子どもを遺した
その子どものファンと
この孫のファンは
こうして生きておる


そっか~
お前は慶昌君様のわんちゃんの
お孫さんか~
うふふ
代々 名前がファンなの?


ああ 母上様はファンと言う
名前をトルベがつけたと
思うておるから
息子の遺した名前を
最初に生まれた子犬にずっと
つけると決めたそうだ


お母様にとっては
トルベさんとの想い出の
名前なのね
ファン なのにどうして
逃げ出したのよ


ウンスはファンの黒い鼻の頭を
ちょんとつついて言った


うちの屋敷の前を
トルベがたまの休みに
屋敷に戻った時に
ファンとその子どもを連れて
散歩していたそうだ


うん


で トルベが亡くなった後も
下男が犬を散歩させるときは
屋敷の前の路を使っていたそうだ


うん


くい~んと鳴くファンの
頭をなでながら
ウンスが相づちをうつ


数日前の 散歩の途中
突然 こいつが走り出して
見失ったらしく
下男は途方にくれ
母上様がひどく落胆されて
屋敷の者が
四方を探していたようだ
慶昌君様のファンの様子を
聞きやったテマンが
そう申しておった


そっか
ファンは
うちを覚えていたのね
だから迷子になって
困って迷い込んだんだわ
きっとあなたなら
助けてくれるって
そう 思ったのよ


・・・
ウンスや
ファンはトルベの屋敷に
返すぞ


うん
トルベさんのお母様 
喜ぶわね


ああ そうだな
もうそろそろ
迎えが来るそうだ


そうかぁ
短い間だったけど
楽しかったわ
ファン うちに来てくれて
ありがとうね


くい~ん


うふふ 
もう家出しちゃ駄目よ


ウンスは頭をなでた


イムジャ そろそろ
連れて参るぞ


うん
最後にもう一度だけ


ウンスはチェヨンから
ファンを受取ると
ぎゅっと抱きしめ
頬ずりをした

ウンスの顔をなめるファン


仕方ない
今日は許すとするか


チェヨンが苦笑する


慶昌君様とトルベが
可愛がり 慈しんだファン
巡り巡って その命を
受け継いだファンが
今此処にいる


いい子でいるのよ
幸せでいるのよ


━─━─━─━─━─


夏の終わりのある日
まだ夜が明け切らぬ頃に
トルベはファンを連れ
下男を従い
散歩をしていた


おい ファン
おまえ 
慶昌君様に会いたいか?
いつか会えるさ
それまで ちゃんと
覚えておくんだぞ


ワン!


大きな黄色いファンが
元気よく返事をする


重厚な門構えの
立派な屋敷の前で
立ち止まるとトルベが
ファンを見ていった


このお屋敷な
今は誰も住んでいないけど
俺が尊敬する上役の
ご実家なんだぞ
お前も知ってるだろ
隊長のこと


ワン!
しっぽをふさふさと振って
ファンが吠える


慶昌君様も隊長のこと
大好きだったんだぞ
このお屋敷
今はひっそりしてるけど
いつか 医仙様と
夫婦になられて
またこの屋敷が賑やかに
なるといいな
俺はそう願ってるんだ
お前もそう思うだろ?


ワン!


お前もそう思うか
よしよし
だが 隊長には内緒だぞ
そんなこと言ったら
怒られるに決まってる


トルベは楽しそうに笑った


屋敷の門の脇には
手入れをされていない
黄菊が綺麗に咲いていた


トルベが亡くなったのは
それから間もなくの
ことである


*******


『今日よりも明日もっと』
ふたたび
巡り逢わせてくれたのは
繋がる縁(えにし)が
あったから




☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

黄菊のお話
話題が変わって
もう少し 続きます

おつき合いいただけると
うれしいです

連休明け
皆様
安寧にお過ごし下さいませ


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