秋晴れの中
庭園を抜けて
王妃様の回診に向かう

チェ尚宮が供をするヨンファを
目を細めて出迎えた


すっかり奥様じゃ
眼光鋭い武閣氏の
ヨンファではないな


そんなこと
私は私ですわ


いやいや
立場が変われば
まわりの見る目も変わろう
地位が人を作る場合もある
そなたはもう堂々とした
立派な郡主の妻じゃ
まあ   どんな立場になろうと
ちっとも変わらぬ
稀有な女人も
たまにはおるがな


目の先にいるお腹の大きな
幸せそうな妊婦を見た


え?え?


ウンスは何のことか
わからずきょとんと
していると


よいのだ
ウンスはそのままで


チェ尚宮は微笑んだ


王妃様もお変わりなくて
良かった
なかなか来られなくて


ウンスが王妃様に言うと


よいのじゃ
姉様のご出産
今か今かと待っております
楽しみよのぅ
早く妾も授かりたいが
こればかりは
なるようにしか
なりますまい


なかなか世継ぎを生まない
王妃様に対して
何度となく持ち上がる側室話
だが   王様もお忙しくて
子宝の宿に行く暇もない


体質は随分と改善されて
参りましたし
あとはタイミングの
問題なんだけどな


たいみんぐとな?


チェ尚宮が繰り返し聞いた


はい
占いや祈祷もいいですが
お伝えした
妊娠し易い時期に合わせて
王様と・・・


これ!ウンスや
それ以上は言うでない


チェ尚宮が
真っ赤になられた
王妃様に代わって
ウンスに告げた


早く授かりますようにと
私も心から
願っているんです


ウンスは王妃様に
そう言って微笑んだ


回診が終わり
ウンスとヨンファは
典医寺に向かい
ヨリはその場に残り
後から合流することになった




数日ぶりの典医寺
チェ侍医が変わらぬ
温和な表情で
ウンスを迎え入れた

供のヨンファに
一瞬
目を見張り
それから微笑んだ

ウンスがチェ侍医に
軽口をたたく


あんまり綺麗だから
いま   ヨンファに
見惚れたでしょう
うふふ


悪びれもせずに
チェ侍医が答える


はい
どこぞの奥方様かと


うふふ
ヨンファは幸せなのよ
ね~


はい
お陰様で  旦那様に
よくして頂いております


頬を上気させて
ヨンファが答えた


惜しいことしたな~って
思っても   
だめよ   チェ先生
ヨンファはキムさんの
奥様なんだから


ああ
本当に惜しいことをした


チェ侍医が笑って言った
ヨンファはチェ侍医に
微笑む

あの時   
自分を抱かなかった
チェ侍医の優しさが
今ならよくわかる
そしてそれに感謝もしている
今の幸せはチェ侍医の
お陰かもしれないと
ヨンファは思った

ウンスがサラと薬剤室に
行った隙に
ヨンファがチェ侍医に
話しかけた


あの時   
侍医様に諭され
目が覚める思いで
嫁に行きました
後悔してはおりませぬ
侍医様を
好きになったこと


そうか?
俺もこのように
美しい女人に
懸想されたこと
幸せに思う


チェ侍医が優しく言った


侍医様は変わらす
医仙様を


俺のことはよい
ただ   あの方のそばに
いられるだけで
穏やかに生きていけるのだ


ヨンファはただ頷き
チェ侍医の揺るがぬ気持ちを
推し量った


診療室で診察を手伝う
お腹の大きなウンスを
患者の方が気づかって


医仙様
大丈夫ですか?
無理はなさらないで
くださいよ


と  言われる始末
苦笑するウンスに
チェ侍医も言う


やはり典医寺の診察は
お子が生まれ
落ち着かれるまで
私や他の医員に任せて
医仙様は王妃様の
回診のみに専念なさいませ
皆が心配いたしますゆえ


そお?
なんだか寂しいけど
その方がいいのかしら?
でも典医寺には
来ていいでしょう?


ええ    もちろん
お待ちしております


ねだるようなウンスの声に
チェ侍医は
思わず胸が熱くなった
悟られぬように冷静に


では   医仙様を診て
みましょうか


ウンスの脈をとる
心配そうに見つめる
ウンスの
瞳が揺れていた


大丈夫ですよ
案ずることは何も
ありませぬ


そお
良かった
チェ先生に言われたら
なんだかほっとするわ


ウンスがうふふと
笑って言った


でもうちの旦那様には
ナイショよ
どうしても
先生に
対抗意識があるのよね
困った人なの


うれしそうに言って
また笑った


そうですか
大護軍に認めて頂いて
光栄です


チェ侍医はにこやかに
言った


さて
ここはもう大丈夫
そろそろお邸に
お戻りください
大護軍もお待ちでしょう


あら?もうそんな時間?
大変!
家が近いから
すぐ帰ってくるのよ
お迎えしないと
がっかりするわ
じゃあ
お言葉に甘えてお先に


ウンスは急ぎ
ヨンファと
邸に戻っていった


お日様のように
暖かなウンスが去ると
チェ侍医の心は
急に冷え込んで来た
気がした


温かい茶でも飲んで
ゆるりと過ごすとするか


チェ侍医がぽつりと
呟いたのを
そばでサラが聞いていた




夕刻になりヨンファが帰り
女官たちも部屋に戻っても
チェヨンは忙しいのか
なかなか帰って来なかった


つまんないな


ウンスが卓に伏して
小さく呟く

蹄の音もこの邸では
わからない
チェヨンと食べようと
夕餉もまだ
食べていなかった

そばに控えるヘジャが
困ったように微笑んだ 


何を拗ねておる


背後からチェヨンの声


ヨン!


ウンスの顔が
ぱっと明るくなる


待ってたのよ
典医寺から
急いで帰って来たのに
なかなか
戻って来ないから


すまぬ


まあ   いいわ
顔を見たら
急にお腹が空いてきた
ヘジャ   準備を


はい   奥様
ただいま   


ヘジャが厨房に戻ると

チェヨンがウンスの
頬をなで
顎を掴むと
優しく口づけた


待たせてすまぬ
俺も腹が減った


うん


それに何より
イムジャに会いたかった


うん
私もよ


廊下から夕餉の匂いが
漂って来た
ヘジャが運んでいる
チゲの匂いが
胃袋を刺激する

もうすぐヘジャが
部屋に戻って来るだろう

でもその前に
もう一度だけ

ふたりは互いに顔を
見つめると
また  唇を寄せた

ふたりにしかわからぬ
甘い味がした


*******


『今日よりも明日もっと』
ゆっくりと流れる時に
身をまかせ
穏やかに明日を迎えたい