江華島のあとも 
色んなことがあったわ


厨房に行ったヘジャが
クックァチャ(菊花茶)を
運んで来て
ふたりの前にそっと置くと
また 部屋から出て行った

そのお茶を飲みながら
しみじみと想い出すように
ウンスは 呟いた


そうであったな


少しは距離が近づいたかと
思った江華島では
慶昌君が自ら毒を飲んだ
そしてあの時
チェヨンは
自由になることを捨てて
王宮に残り王様の為に
生きることを選んだ

そして今はウンスとみぃを
守る為に王様に仕える


王宮に残ったこと
後悔してない?
私はね
どんなあなたでも
あなただから好きなの
自由に生きたいとそう思うなら


言いかけたウンスの
唇に指を押し当てて


イムジャ
俺の心は自由だ
イムジャの
もとにいつもある
それで十分だ


うん


ウンスは
それ以上何も言わなかった
自分がこの時代で
堂々と生きていられるのは
チェヨンをはじめ 
王宮の皆に
守られているからだと
知っている

その為にチェヨンが
今も 戦っていることも

気持ちが沈みかけた時
みぃがどんとお腹から
元気を出せと
言わんばかりに
ウンスに合図を送る


ごめんごめん
大丈夫だから


ウンスは
小さくみぃに話しかけ
お腹をさすった


慶昌君のことを
チェヨンもウンスも
忘れることはない
それが供養であり
きっと先の世で幸せに
暮らしていると
ふたりは思っていた


ヨンがお休みでよかったわ
こうして ゆっくり 
お話し出来るもの


ウンスはうれしそうに
微笑んだ
そんな妻をチェヨンは
引き寄せ
その唇にそっと唇を重ねた


*******


チェヨンの
屋敷の正門には
黒い瓦の庇が
せり出すようについていて
ちょっとした
雨宿りが出来る

その日はしとしとと
秋雨が降っていた


王宮から一足先に
テマンとともに
屋敷に戻ったウンスは
門の前でうずくまる
めずらしいお客の来訪に
頬を緩めた


あら かわいいお客さん
雨宿りかしら?


テマンが足元を見る


ず ずいぶん
汚れてますね


テマンは嫌そうな顔をした
チェヨンから
「医仙は
好奇心旺盛なかたゆえ
余計なものを
見たり聞いたりせぬように
気をつけろ」と
日頃からきつく言われていた


さあ さ 医仙様
屋敷の中にお入りを
こんなところにいては
濡れてしまいます


テマンがウンスを
追い立てるように
中に入れようとした
その時 
まん丸な黒いつぶらな瞳と
目が合った

最後の力を振り絞るように
クィ~ンと鳴いて
弱々しくぱさぱさと
尻尾を振った

がりがりに痩せて
薄汚れた子犬が
震えるようにウンスを
見つめていたのだ


ねえ テマン
私は医者よね


はい 医仙様


弱った患者を
見捨てるなんて
出来ないわ 
そうでしょう?
だから この犬の手当を
します


ウンスはきっぱり言って
濡れて汚れている
子犬を抱き上げた


そんな~
大護軍に俺が叱られます
余計なものを
背負い込まないようにって
きつく言われているんです


テマンは心底困った顔をした


大丈夫よ
ちゃんと私が説明するから
それに一晩か二晩のことよ
元気になったら放して
あげればいいわ


でも


テマン 早く中に入らなきゃ
寒くて 風邪を引きそうよ
それにこの犬も
きっと長い間旅をしてきたのよ
だから 
こんなに弱っているんだわ


子犬はウンスの顔を
ぺろぺろと舐めた


よしよし いい子ね
洗って綺麗にしてあげる
それから温かいものを
何か食べましょうね


ウンスはすっかり
飼い主気取りで
屋敷の中へと犬とともに
入ってしまった


ああ~
どうしよう


テマンは頭を掻いた


だけど 
長い旅をして来たって
医仙様言ってた
きっと あの犬を見て
今までの自分の旅を
思い出したんだ


苦労してきたウンスを思い
テマンは
大護軍に叱られることを
覚悟して
ウンスの言う通りに
する事にした


さあ テマン
お湯を沸かして頂戴


はい 医仙様


ウンスは手ぬぐいで
濡れた子犬を拭きながら
お湯が沸くのを待った


大きな桶を用意してね
それから 石けん
石けんがいるわ
相当汚れているもの


テマンはウンスに言われた
通り 大きな桶を探し出し
湯殿から 香りのいい
ウンス特製の石けんを
持って来た

厨房の横で
お湯を桶に注ぎ
じゃぶじゃぶと子犬を
洗い始めるウンス

子犬は逃げ出すどころか
気持ち良さそうに
洗われている

ときおり 甘えるように
ク~ンと鳴いて見せた


もう少しで終わるからね


なんどかお湯を取り替えて
その度に 桶のお湯が
真っ黒になって
やっと汚れが取れた子犬


あらやだ 茶色かと
思っていたら
白い
わんちゃんだったのね


ウンスが笑う

さっぱりした子犬は
ぶるる ぶるると
からだを震わせ
水気を飛ばしている

耳がぴんと立ち
鼻の頭が黒い
黄色味がかった白色の
毛並みがふさふさとした
愛らしい子犬だった


この子
名前なんて言うのかしら?


おもゆを椀に入れて
子犬の目の前に置いた


食べていいのか?と
首を傾げる


あなた お名前何て言うの?
コマ(チビ)?


ちーんと無視


フィンセク(白)?


またまた 知らんぷり


う~ん じゃあ
ファン(黄)?


ウンスが黄色みがかった
毛並みを見てそう呼ぶと
子犬は
キャンキャンとうれしそうに
尻尾を振って
目の前の椀に飛びついた


そう あなたファンて言うの


ウンスは楽しそうに微笑んだ
テマンが不思議そうな顔をして
首をひねる


どうかした?


いえ あのぅ


何か話そうとテマンが口を
動かした時
屋敷にチェヨンが戻って来た

愛馬チュホンから
チェヨンが降りるや否や
子犬がチェヨン目指して
たったった と駆け出した


なんだ この犬?
テマン どうなってる?


チェヨンの足元で
じゃれつく犬を迷惑そうに
しっしと払うが
子犬も チェヨンから
離れようとしない


いえ あの
門のとこにいて
医仙様が
放って置けないって


しどろもどろに
チュホンの手綱を引きながら
テマンが言った


また あのお方か


チェヨンはため息をついて
離れたところにいる
ウンスを見つめた

ウンスがチェヨンの元に
駆け寄りながら
子犬の名前を呼んでいる


ファン
ファン だめよ


ファン?


チェヨンが聞き返す


そうよ だってこの子
自分でファンだって
教えてくれたのよ 


チェヨンは
足元の子犬を見た
黒い瞳でチェヨンを見上げ
人なつこく 鼻を鳴らす

ウンスが抱き上げると
尻尾を元気よく振った

チェヨンは困惑したように
ぽつりとウンスに言った


慶昌君様の
お犬と同じ名前だ


*******


『今日よりも明日もっと』
想い続けている限り
想い出が
心から消えることはない




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