チェ尚宮は
壇上のヨンファの
幼き日のことを
思い出していた

まだ五つの頃
女官たちにいじめられながら
洗濯場で洗濯していた姿を
陰から見ていた

唇を噛み締めて
だが決して役目を
諦めないヨンファを見て
武閣氏に向いていると
直感した

宿下がりの時は屋敷にも
連れて行った
チェヨンに憧れていることも
知っていたが
ヨンにその気が全くないのは
わかっていた

男っ気がないまま
信義を貫き
期待通りに
腕の良い武閣氏となった

このまま   いつまでも
武閣氏として自分の片腕に
なってくれると思っていたのに

チェ尚宮は小さくため息を
ついた

ヨンファと目が合った
チェ尚宮を見て
小さく会釈し
にこりと笑い
それに気づいた
キム・ドクチェも
チェ尚宮に会釈した

なかなかよい夫婦だ


叔母様   寂しいのでしょう


ウンスが声をかける


ヨンファの分まで
私が一杯孝行しますからね


当てになどしておらぬわ


強がるチェ尚宮の瞳が
潤んだことを
チェヨンは見逃さなかった
チェヨンはウンスの肩に
手を置いた


まあ   手のかかる娘は
そなただけで十分かも知れぬ


チェ尚宮はひとりごちた


ポムは手に饅頭を持ち
役目の後始末で
なかなか宴に姿を
見せないチュンソクを
探していた


きっとお腹を空かせて
いるわ
このお饅頭美味しいから
すぐになくなってしまう
チュンソク様に
食べさせなくちゃ

人垣の中にやっと
愛しい顔を見つけ出した
駆け寄ろうとして
むっとした

武閣氏の中でも
一、二を争う
綺麗なお姉さんの
武閣氏から皿を受け取り
なにやら
食べているように見えた

お互いに顔を見合わせて
笑ったようにすら
ポムには思えた


チュンソク様の馬鹿!


手に持っていた饅頭を
力任せに投げつけた

地面に落としそうに
なりながら
きょとんとした顔で
チュンソクがそれを
受け取った


これが悋気?
チュンソク様が
他の女人に
笑いかけるなんて
胸がもやもやする


涙が溢れ落ちそうになるのを
必死に耐えて
ポムはその場を駆け出した


すまない
世話になった


状況が飲み込めた
チュンソクは
武閣氏にそう言うと
饅頭片手に 
ポムを追いかけた

辺りは闇夜
灯りがなければ
よく見えなかった


ポム
ポムや


チュンソクが探しまわる


邸の裏手の柱にもたれて
泣いてる
ポムをやっと見つけた


探したのだぞ
こんな処にいては
わからぬではないか
ほら   みんなの処に帰ろう


嫌でする
チュンソク様こそ
あの方と楽しく
過ごせばいいわ
ポムはどうせ子どもだし
チュンソク様には
ああいう大人の女人が
お似合いです
うっ  ううっ


言うだけ言って
また泣いた


何か誤解をしているようだが
先ほどは菓子をそなたにと
思って
あの者から分けて
貰っていたのだ
油菓子は人気でもう品切れと
あの者が言っておったから


ポムが涙に濡れた
まん丸な目で
チュンソクを見た 

穏やかな顔で
チュンソクが聞く


この投げつけた饅頭は
俺に持って来てくれたのか?


はい
チュンソク様に
食べて貰いたくて


チュンソクは饅頭を
半分に割ってポムに渡した
自分は手に残った半分を
パクリと食べた


うまいな
ポムが持って来たから
なお   美味い


本当に?


ああ   食べてごらん


ポムが手にした饅頭を
見て言った


今日のお月さまみたい


空に浮かぶ半月に重ねた


その仕草が
かわいらしくて
泣いた姿が愛しくて

チュンソクはポムを
ぎゅっと抱きしめた

唇を探して
深く口づけた
今までのただ唇が
触れ合うだけの
優しい口づけではない

わずかに開いた唇の
間から舌が入る
足が震えてポムは
立っていられなかった

身体中から力が抜けて
手にした饅頭が
指先から滑り落ちた

やっと終わった長い口づけ


チュンソク様
立っていられない
か   からだが熱いの


ポムはチュンソクに
しがみついた

かわいいポムを
このままここで
自分のものにしてしまいたい
衝動に駆られ
頭を振った

それはやっぱり出来ない


ポム
みんなの処に戻ろう


もう一度抱きしめ直してから
チュンソクはポムに
優しく言った


はい
チュンソク様
さっきはごめんなさい


よいのだ
悋気されるのも
意外とうれしいものだ


言ってから思った


もしかして
大護軍が医仙様に
悋気されるのは
医仙様を喜ばせるためか?


一瞬考えてから頭をふる


いやいや  やっぱりあれは
ただの焼きもちだろうな
チュンソクはくくくっと
笑った


*******


『今日よりも明日もっと』
心がすれ違いそうな時は
唇を合わせてみる






あらら
まだ   続きます(^▽^;)