ヨンファ
自分が何を言っているのか
わかっておるのか?


二人きりの診療室で
チェ侍医は静かに聞いた


はい   侍医様
私は生まれてから
ただの一度も
我儘など言ったことは
ございません
これは最初で最後の
私の我儘
決して侍医様に
ご迷惑はおかけいたしません
慕うた殿方に
自分を受け入れて
欲しい
ただ一度でいいから
それで残りの人生
生き永らえていけますゆえ


ヨンファほどの
美しい女人に
いい寄られれば
男ならば
誰しもその気になろう
それで
そなたの気が済むのならば
後で屋敷に来るがよい


意外な答えに
ヨンファはほっとした
顔をして頷いた


いつの間にか辺りは暗く
ほぼまん丸な月が
南東の空に浮かんでいた


ウンスは言わずには
いられなかった

ヨンファが側室なんて
冗談じゃない
この時代では難しいのかも
知れないけれど
ヨンファにも
自分やポムのように
恋をして
愛する人の腕の中で
幸せになって欲しいと
願っている
だから


諦めてくれないかしら?


イムジャ
キム殿の話も聞かぬうちから
そのようなこと


チェヨンが言った


だって
やっぱり駄目
側室なんて駄目よ
そんな
身体目的みたいなこと
女をなんだと思ってるのよ


イムジャ
落ち着きなさい


でもヨン
やっぱり許せないわ
ヨンファは大事な仲間なの


高ぶる気持ちを
なだめるように
チェヨンは隣のウンスの
お腹をなでた
はっとしたように
ウンスが押し黙る


ごめんなさい
言い過ぎたわ
気が高ぶり過ぎた
みぃのこと考えずに


ウンスはチェヨンの
手に手を重ねた


すまぬ
キム殿
妻は天界の女人ゆえ
歯に衣着せぬ
物言いに慣れておるのだ


キム・ドクチェは
慌てることなく
くっと
笑い言った


存じております
典医寺でお世話に
なっていた時も
歯に衣着せぬ
物言いでしたから


あれは
だって   医者として


ウンスが赤くなったのを
チェヨンは見逃さなかった



イムジャ  キム殿に
何を言うたのだ


だ    だから
手術の前には下腹部の
毛を剃らなきゃ?とか?
あとはえっと?
だって医者が患者に
手術について説明したたけよ


イムジャ
手術の度に
そのような!
そのようなことを
男どもに


ちょ  ちょっと
今回は虫垂炎だったからよ
でも
私はし  して
してないわよ
チェ先生にお願いして


当たり前だ!


チェヨンが声をあらげた


そのようなこと
たとえ人助けでも
金輪際許さぬ


ヨン
なんか論点ずれてない?
今はその話はいいじゃない


キム・ドクチェは声を
立てて笑った


おしどり夫婦と噂は
耳に入っていましたが
誠ですな


お恥ずかしいところを
お見せした


チェヨンが小さく言った


ほんとよ


ウンスが呆れて言う


ヘジャが運んできた
酒と肴をキム・ドクチェに
勧めながら
チェヨンがウンスに
含めるように言った


イムジャ
俺はまだ納得してはおらぬ
後でじっくり
聞かせてもらうぞ


そんなふたりのやりとりを
微笑ましく見ていた
キム・ドクチェが
ゴクリと盃を煽ってから
ウンスに尋ねた


医仙様は   ヨンファ殿が
側室だと言うことを
気にされているのですね


ええ   そうよ
だいたい  キムさん
あなた
奥さんいらっしゃるの?


正妻はおります


ほら
やっぱり  いるんじゃない
ああ    高麗でステータスの
都妻ってやつね
お国には正妻
都の屋敷には側室
これが男の甲斐性だとか
この時代は言ったんでしょう?


すて?すて?


キム・ドクチェは面食らう


天界の言葉ゆえ
気になさるな


チェヨンが言った


はあ
確かに正妻と名のつく女人は
おりますが
今は一緒に
暮らしておりませぬ


は?


元の貴族の姫君なれば
国におかえりになりました
もう四年も前のこと
ゆえに
朔州には正妻も側室も
おりませぬ


はあ?


ウンスには意味が
わからなかった


それはつまり?


国境を治める者として
元との諍いごとは
出来るだけ避けたい
ゆえに五年前に
元の貴族の姫君と
婚儀をいたしました
もちろん王様のご許可も
いただけて
あの頃はまだ鴨緑江一帯も
元の国でしたゆえ


そうであったな


姻戚になることが
和睦の手段でありました


ウンスは沙羅を思い出した
沙羅も家を守るため
元の貴族に嫁ぎぼろぼろに
やつれて返された
この人の奥さんは
その逆ってこと?


まだ15歳の姫君には
高麗の暮らしも風土も
馴染めなかったので
ございましょう
ある日   逃げるように
国に戻られてしまった


そうだったの


はい
その後はご存知の通り
大護軍様が
あの辺り一帯を元から
取り戻してくだされたので
もはや元の貴族の力は
必要ありませぬが
正妻の名だけそのままに


じゃあ
ヨンファが正妻でも
いいじゃない


今は無理です


なぜ?


身分が違いすぎるゆえ
いきなり正妻に迎えるには
反対するものが多すぎる


身分?


はい
ですがお約束します
正妻と同じと思うて
大切に慈しみます
いつか
男の子を生んでくれたら
必ず正妻になるよう
取り計らいますゆえ
信じていただけませぬか


まっすぐな目をしていた


嫁ぐかどうかは
彼女が決めることよ
でも
今の言葉をヨンファに
伝えてあげてほしいわ
それに   キムさんが
悪い人じゃないってことは
わかったから


ウンスが言った


キム・ドクチェは
ふたりに会えて良かったと
そう言い残し
邸を後にした


なかなか骨のある男で
あろう


チェヨンが言った


ええ
思ったよりずっといい人


側室の件を王様に
願い出たのは
王様から拝領した武閣氏
なれば   身内から
反対されにくいと考えた
からであろう


そうか
王様が遣わした側室なら
家来も粗末に扱えないわ


ああ


でもヨンファ
本当にいいのかな?
他に好きな人がいると
思ったのに


そうなのか?


うん


しかしこれ以上は
ヨンファとやらの問題
ウンスは見守ってやるがよい


そうね


して?


してってなによ


して?イムジャは
天界ではそのような
男のなにを


ば   馬鹿!
何を言い出すのよ
そんなことしてないし


まことにか?


そうよ
触れたことがあるのは
ヨンのだけ!
もう   何言わせるのよ


恥ずかしくて頬を
両手で挟んだウンスを
チェヨンはぐいと
引っ張り膝に乗せた

ウンスの口元に
舌を這わせながら


まことだな


うん   ほんとよ


この指先が
他の男に触れたなど
気がおかしくなりそうだ


チェヨンはウンスの
指先をくわえた


もう   心配しないで
あなただけよ


ふかふかの布団の閨に
行きたくなったか?


いえ
まだ夕餉も満足に
食べてないのに


俺は
今すぐ行きたい


ウンスを捉えて離さぬ
有無を言わさぬ
チェヨンであった



そしてヨンファは
王宮近くの
チェ侍医のこじんまりとした
屋敷の前にいた

チェ侍医が門の中にいて
ヨンファに声をかけた


来たのか?


はい


ヨンファは答えた


中に入りなさい


ヨンファはその門を
くぐった


*******


『今日よりも明日もっと』
届かぬ想い
届ける想い
人の想いは苦くて優しい







勢いで書いていたら
少々
長くなりました !(´Д`;

おつきあいありがとう
ございます