診療室の窓から
暮れ行く空を見上げていた
満月にほど近い明るい月が
東の空から少しずつ南に
動き始め
ウンスを
見つめているように思えた

チェヨンはまだ
迎えに来ていなかった

皆がそろそろ
帰り支度を始めた頃
やっと
チェヨンが診療室に
顔を見せた


すまぬ
待ったか?


チェヨンが聞いた


少しだけ
でもおとなしく
待ってたわよ


ウンスが笑った
隣に控えたポムが
大きく頷いた


そうか
では帰るとするか


チェヨンが少しだけ笑った


この顔も好きなのよね
ウンスがひっそり思って
チェヨンを見つめる


何か顔についておるか?


チェヨンの優しい瞳で
射られると
たまらなくどきどきした


ううん
帰ろ
ポム   ヨンファまたね
チェ先生
サラ
明日もよろしくね
あら?トギは
ああ   とっくに帰ったかあ


ウンスは楽しそうに
笑ってチェヨンの
腕を掴むと典医寺を後にした


医仙様
相変わらず
いい笑顔ですね


サラがチェ侍医に
笑って言った




煌々と光る
月のあかりに照らされて
屋敷に着いた 


ふたりは
夕餉の膳を囲む
今宵は焼いた川魚に
松の実が入った粥
野菜の水キムチと
ウンスの大好きなチャメ

ヘジャはマンボの店で
松の実のことを聞いてから
是非とも賢いお子をと
日に一度は必ずウンスに
松の実を食べさせた
ありがたいような
こそばゆいような
ヘジャの気持ちを
受け取るウンス

放っておくと
すぐにチャメでお腹を満腹に
しようとするウンスの口に
チェヨンがせわしなく
匙を運ぶ

ウンスがヨンファのことを
切り出そうと
何度目かの匙を離した所で
チェヨンが先に話を始めた


ウンス
ウンスや


優しくウンスに呼びかけた


武閣氏の輿入れの
話は叔母上から聞いた


そう?
ひどい話でしょう?
ヨンファの気持ちも
関係ないのよ
なんとかやめさせる方法は
ないのかしら?
あ   そうだ
ヨンの側室だったことに
するとか?
これなら相手も諦めるわよ


そのようなこと
例え戯れ言でも
イムジャの口から聞きたくは
ないぞ


チェヨンは少し
怒ったように言った


俺は名前だけでも
イムジャ以外の妻や側女を
娶る気はまるでない
だいたいイムジャは
平気なのか?


チェヨンに言われて
しゅんとした


やだ   例え名前だけでも
ヨンに側室なんて嫌


で  あろう


チェヨンは
ほっとしたように言った


じゃあ   私が
命を助けたんだから
諦めてって言おうか?


イムジャは何かと
引き換えに
人の命を救うのか?


そんなこと
そんなことないわ
私は医者よ
目の前の患者を救いたい
その気持ちだけよ


そうであろう
ならばこの件は捨て置け


え?


これはヨンファとやらの
問題だ
イムジャは他に
守らねばならぬものが
おるだろう


みぃのこと?


無論  みぃもだ
それより何より
ウンスや
俺はウンス自身に
穏やかな気持ちで
過ごして欲しいのだ
だから
まず自分を一番にいとい


チェヨンの話の途中で
ウンスはどんと卓を叩くと


どうして?なんでよ?
ヨンファのことは
どうでもいいってこと?
もう  いい!
チェヨンには頼まない


席を立って閨へと
駆け込んでしまった

高麗一仲の良い夫婦が
目の前で仲違い
初めて見る光景に
ヘジャは目を丸くした


まったく
飯の途中で
しょうがない
あの火のような気性は
なかなか治らぬな


チェヨンは言った


大丈夫でございますか?


ヘジャが聞いた


ウンスのあの様子には
慣れておる
自分が納得するまでは
ああなのだ
だから案ずるな
ちゃんと話をするゆえ


はあ


チェヨンはやれやれと
閨に向かった


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『今日よりも明日もっと』
嫌い
でも好き
でもやっぱり嫌い
でもどうしたって
好きだから
悔しい