典医寺に着いたウンスは
なんだか    診療室の
空気が変な緊張感に包まれて
いるような気がした

いつも穏やかなチェ侍医が
難しい顔をしているからだと
気づいたウンスは
こそっと    サラに耳打ちをした


なんかあったの?


当惑するような顔をして


何もありませんが
どうかしましたか?


と   聞き返した


なんかいつもと違う気がしたから
チェ先生    


ああ   それでしたら
きっと私のせいかも?
先ほど頼まれた薬草の
煎じ方を間違えたので
叱られたところでした


そおなの?
サラにしては珍しい間違え方ね
それに温厚なチェ先生が
そんなことで怒るかな?


不思議そうなウンスに


たまには
虫の居所が悪い日だって
ありますよ
チェ先生だって


まあ   そうよね
うん


ウンスは納得したように
頷いた


朝の勉強会は薬員のトギが
担当したが
トギは話ができないので
サラが代わりに話をした


明るく堂々とした物言いは
わかりやすく
トギの代わりを十二分に
果たした


なかなかやるわね


ウンスが感心した
横でチェ侍医が頷く


最初はどうなることかと
思いましたが
きっとサラは    
いい医女になりますね
医仙様の思われた通り


チェ侍医が微笑んだ


良かったわ  
そう思っていただけて
なんだかさっきは
ご機嫌が悪くみえたけど
サラが多少失敗しても
許してあげてね


なんのことでしょう?


チェ侍医がはて?と
ウンスを見た


あら?朝からサラ
叱られたって言ってたわ
だからチェ先生が
厳しい顔をしているんだって


ああ   そうでした
大したことではないゆえ
忘れてました
ご心配おかけしてすみません


にこやかに笑いながら
まっすぐサラを見つめて
チェ侍医が答えた



勉強会が終わって
ウンスがポムとヨンファを
護衛につけて王妃の回診に
行ってしまうのを
見届けてから
チェ侍医がサラに話しかけた


先ほどは何か気を効かせて
くれたのであろうか?


ああ   ええ
よくわからないけど
御心を痛めてらっしゃるような
顔をしてらしたから
それはきっと医仙様のことと
思ったもので
医仙様に気取られぬようにと
とっさに嘘をつきました
さしでがましいことをして
申し訳ありません


サラがよく響く声で言う


いや   よいのだ
助かったゆえ


そうですか?
良かった
医仙様のお心にご負担を
おかけすることは
避けねばなりませんもの
チェ先生は迂闊に
顔に出過ぎですよ


そうか?


ええ    医仙様のことになると
顔色    変わりすぎ


サラがくすりと笑う


素敵な方ですものね
わたしも憧れてるんです
みんなに好かれてますもの


そうだな


お辛いでしょうが
でも顔に出しちゃだめですよ


真剣な顔でサラが言ったので
チェ侍医は次の言葉が
見つからなかった


それからくすりと笑って


やけ酒にはいつでも
付き合いますからね


チェ侍医に向かって
そう言った


*******


王妃様の回診のあと
ウンスは逡巡しながら
庭園を歩いていた

お子を授かりやすいように
薬湯を処方したり
鍼灸治療をしたり
食事に気をつけたり
挙句に王妃様の
月のものの間隔から
妊娠しやすい時期を計算し
寝所をともにするように
進言もした

だが    未だにお子を授かる
気配はなかった


この時代に出来ること
他になにかないかしら?


はあとため息をついた
方策が見つからない

心が痛んだ
王妃様の幸せを願っているのに


まあ   まだ始めたばかりだし
地道に努力するしかないわね


誰に聞かせるわけでも
ないがウンスがそう呟いた


なんだか   元気のない
背中ではないか


後ろから愛しい声がした


ヨン!


振り向くとウダルチが
勢揃いして
今から宣仁殿前の広場に
向かうところであった


ああ   そっかあ
出陣式ね


ウンスがチェヨンに話しかける
チェヨンを先頭にしていた
ウダルチが一斉にぴたりと
行進をやめた


ああ   イムジャは何か
考えごとか?


ええ   ちょっとね
また家に帰ってから話すわ


そうか
では   もう行くぞ
みぃも良い子にしておるか?


チェヨンは何気なく
ウンスのお腹をさすった


ぽん   ぽん


いい子だ
母上を頼むな


それからウンスの頭を
二回ポンポンと軽くなでると
何事もなかったかのように
顔つきを引き締めると
ウダルチとともに行ってしまった

トクマンやテマンが
ニヤニヤしながら
ウンスに向かって
小さくお辞儀をして
そばを通り過ぎていく


ウンスは一糸乱れぬウダルチの
行進に見惚れながら
しみじみポムに言った


惚れ直しちゃうわ


医仙様とお話しされている時が
一番良い顔をされてますね


ポムがにこにこしながら
答えた


あら?そお?
うふふ


ウンスは嬉しそうに微笑む
そんなふたりの様子を
ヨンファが
静かに見守っていた


初夏の穏やかな風とは
裏腹に戦を控えて
高麗の国は浮き足立つ

元から領土を取り戻すために
新しい戦いがはじまろうと
していた


********


『今日よりも明日もっと』
皆の幸せを祈り
先の未来を思う