王宮までの道のり
チェヨンは
愛馬チュホンで出仕する

テマンは追従して辺りを警戒し
市井の動向はスリバンが見張る

ウンスを狙う元の奇皇后や
まだウンスに未練がある
徳興君の配下のものから
ウンスの身を守るためにも
影ながらチェヨンが
差配したのだった

ウンスが民の目にも
触れないようにと
チェヨンに脇を固められて
輿の中で息をひそめる

婚儀も挙げぬうちから
屋敷に住まわせ
一緒に暮らし始めた

口さがない噂が
スリバンを通して耳に届く
こともある


俺はどう言われても構わない
だが  あの方が傷つくことだけは
我慢がならぬ
ゆえに    人びとの好奇の目に
さらしたくはない


王宮に着くと
典医寺のウンスは右に
兵舎に向かうチェヨンは左にと
門を入ったところで
別れることになる


テマン  頼んだぞ


はい   大護軍


後で迎えに行きますゆえ
おとなしゅうしていてくだされ


うん   待ってるわ


離れがたい気持ちを
押し込めてウンスがチェヨンに
笑って言った

チェヨンは
では    また後で

そう言うと踵を返して
すたすたと兵舎に行ってしまう


離れたくないのは
私だけかぁ
お役目があるもの
仕方ないわよね


また小さくため息をついた


ウンスは知らなかった
典医寺までのわずかな道を
テマンと衛兵に任せた後
素早く柱の陰に身を潜めると
ウンスが見えなくなるまで
じっと見送るのが
チェヨンの日課となっていることを


王妃様の回診を終えて
庭園でなんとなくチェヨンを待つ
前にこの時間になると
チェヨンがここを通っていたのを
覚えていたから

トギはウンスに付き合えぬ
とばかりにさっさと典医寺に
戻っていき    ウンスは
武閣氏に警護されながら
庭園をゆっくり歩いていた


見慣れた衣の集団が
ウンスの反対側から闊歩して
来るのが見えた

胸に麒麟の紋様は
高麗きってのエリート軍団
ウダルチだ

その先頭にチェヨンがいる
宣仁殿で軍議でもあるのか
みな    厳しい顔つきだ

見つめるウンスに気づいた
チェヨンは顎をかすかに引いて
ウンスに合図すると
ウンスの前を通り過ぎていった


素っ気なくても仕方ないわ
だってここは王宮
あの人は大護軍だもの


ウンスはまたまた   はぁと
小さくため息をついた


チェヨンはウンスのそばに行き
抱きしめたい
衝動を抑えるのに必死だった


天界から舞い降りた天女に
腑抜け呼ばわりされても
その通りなのだから
一向に気にしない
だが    ウンスが
妖魔呼ばわりされるのは
耐えられなかった
本気で相手に斬りつけたくなる
ゆえに王宮では   むやみに
笑いかけぬ方がよいのだと
自分に言い聞かせていた


********


夕焼けで
真白い雲が茜色に
染まる時間になっても
なかなかチェヨンは
典医寺に迎えに来なかった


忙しいのかしら?
それならテマンを寄越す筈だし


なんだか気になって
典医寺の中庭まで
チェヨンを迎えに出て来た


中庭の端にある大木の下で
チェヨンを見つけ   
うれしくて
駆け寄ろうとした瞬間
隣に綺麗な女人がいることに
気がついた

チェヨンの髪に手を触れて
それを許すと  女人に
笑ってみせた

あれは武閣氏の衣

見てはいけないものを
見た気がして
足がガクガク震えた

急に不安になって
急に寂しくなって
嫉妬なんてしないクールな
女と思っていたのに
胸の中のどろどろとした
感情に翻弄されて
苦しくて仕方ない

気づくとウンスはその場を
走り出していた


チェヨンはウンスが
走り去る様子を捉え
ウンスに何事が起きたか
すぐに理解できた

チェヨンは自分の胸を拳で
どんと  叩く

迂闊であった
イムジャは何か
思い違いをしたに違いない

走り去る時
一瞬見えたその横顔から
きらりと光る雫が流れていた


ええい!
まったく!


チェヨンはウンスを探しに
走り出した


ウンスは回診の帰り道
武閣氏たちが
チェヨンの噂を話しているのを
思い出していた


医仙様と結婚なさるのよね
でも以前情を交わした武閣氏が
いたって噂を聞いたわ


チェヨンは
王宮の庭園の東屋で
小さく丸まって
声を殺して泣いている
ウンスを見つけた

たまらずチェヨンはウンスの
そばに駆け寄ると
誰に見られても構わぬと
ウンスのからだが隠れるくらいの
その身の丈すべてで
ウンスを包み込んで抱きしめた


すぐに此処だとわかりました
ぱーとなーですゆえ
此処で1日1回は会おうと
以前誓いました


よく   覚えてたわね
あんな前のこと


涙を見られた気恥ずかしさで
意地を張るように言った


イムジャと話したことは
ただの一つも忘れてはおらぬ


あやすように
チェヨンが耳元で囁く


うそ
だって   私のことなんて
気にしてないもの
朝だって   さっさと行っちゃうし
見かけても   知らんぷり
なのに   他の人にはあんなに
優しく笑いかけるのね
もう   離して
あっちに行って
私    
今    すごく見っともない
自分が情けないのわかってる
あなたが好き過ぎて
自分でもこの気持ちに
困っているんだから


チェヨンの胸をどんどんと叩き
泣きながら
ウンスが言った


そうか
だが    俺はたとえイムジャに
嫌われようと
イムジャのそばから離れぬ
何処にも行かぬ
イムジャは俺が手に入れた
たった一つの宝ゆえ


うそ


あほう
うそなど言うか
イムジャがいないと
俺はどう生きていいかさえ
わからなくなると言うのに
俺の気持ちが信じられぬか


ウンスはぐずりと
しゃくりあげた
チェヨンは恋しいウンスの
頬についた
涙のあとを唇で拭った


塩辛い


チェヨンの言葉に
ぷっと  吹き出して
ウンスが言った


当たり前よ
涙だもの


泣いてくれたか
俺のために


違うわ   
あなたのためじゃない
自分が嫌になったから


それでも  俺はうれしい
イムジャが俺に悋気して
くれたことが


りんき?


ああ    心が乱れるくらい
イムジャが
俺を慕っていると言うことだろ
それを   悋気と言うんだ


焼きもちってこと?


ああ   俺なんか
しょっちゅうだ


え?
うそ?


嘘ではないぞ
イムジャが男の患者に触れて
診察していると思うだけで
いや   例えテマンでも
イムジャが
他の男と話しているのを
見るだけで身がよじれるくらい
苦しくなる


ほんと?


ああ   ほんとに


ウンスはチェヨンの
首にしがみつくと
良かった    と呟いた
チェヨンの頬に口づけをする
両方の頬に代わるがわる
何度も

そのウンスの頬を両手で
優しく包むと
今度はチェヨンが
まだ半分泣き顔のウンスの
唇に食む
甘い唇から吐息が漏れた

チェヨンの口づけが
息継ぎさえ出来ない
容赦のない激しいものに代わる
チェヨンが
舌をもてあそぶように
その先を歯で甘噛む
頭の芯が痺れるくらいの
チェヨンのやりよう

今までの優しい口づけは
相当手加減してくれていたのだと
やっと思い知るくらいに


長い抱擁が終わり
ウンスはチェヨンに
くったりと
もたれかかっていた


俺の心の中も
どろどろと欲に満ちている
イムジャを離したくない
もっと欲しいと言う欲にな


チェヨンが静かに言った


うん
私もヨンがもっと
欲しいの
あいしているから


薄暗くなった東屋で
ウンスがチェヨンに呟いた


屋敷に帰るか


チェヨンがウンスを
抱きかかえるように
立たせると
優しい笑顔でそう言った


うん   


ウンスがこくりと頷いた


夕闇が迫る王宮の庭園
ふたりの長い影が
もう一度   
一つに重なりあっていた


*******


『今日よりも明日もっと』
恋し過ぎて胸が痛い
同じ気持ちに  愛しさが募る