アンジェの屋敷は
こじんまりとした
落ち着いた造りの屋敷だった
門の脇には白い花をつけた
かわいい低木が二本

さほど広くない表の庭も
きれいに手入れが行き届いていた

夕暮れ時

夕餉の支度や明日の準備で
忙しいであろうに
ウネはふたりの急な来訪にも
関わらず    
たいそう喜んで出迎えてくれた


うわ   ウンスさんが
来てくれるなんてうれしいわ
それにチェヨン!
あんたまで付いてきたの?


相変わらずあけすけな
物言いにウンスはなぜか
ほっとする

屋敷は使用人が明日の準備に
追われ   馬や武具の手入れを
していた

何人かいる女中は
明日からの保存食作りに
余念がなく
取り急ぎの賄いを作っている


忙しいときにごめんね
顔を見たかっただけなの
どうしてるかと思って
すぐに帰るから


何言ってるのよ!
せっかく来てくれたのに
門の前で帰したなんて
アンジェに知れたら
あたしが怒られるわ
とりあえず中に入って
義母様にも紹介するから


ウネに根負けして
チェヨンとウンスは
客間に通された


そこへ気難しそうな
白髪の小柄な老婆が
挨拶に来た

大護軍と典医正のふたりに
うやうやしく頭をさげる

ウンスが慌てて


私たちはアンジェ将軍と
ウネさんの友達ですから
そんなに頭を下げないで
ください


そう言っても


身分のけじめはつけませんと


と   ソンオク以上に
かたくなであった
義母はすぐさま奥に引っ込み
代わりにウネが
酒と肴を運んできた


厳しい人なのよ
驚いたでしょう?
ウンスさんのまわりには
いないものね
でもあれがここでは普通よ
厳格で秩序に厳しくて
だからあたしのような
下流武士の娘は家風に合わないって
今でも言われるわ
もう慣れっこ
適当にあしらうしね  あたしも


ウネはへにゃりと笑って言った
ウンスと会う時が
息抜きだと言っていたウネの
言葉がよくわかった


でもあれでも
機嫌がいいのよ
だって   大護軍を抜いて
先陣に加えて貰えたでしょう
武士の誉れだって
手柄を立てる機会だって
そう言ってるのよ
へへっ
ごめん   チェヨン


いや   俺は


で    その赤い斑点は
どうしたのよ
ずいぶん目立つわね
チェヨンがウンスさんを
困らせるためにつけてると
思ってたけどウンスさんも
やるわね


ウネが
やはりめざとく見つけて
ふたりにからかうように言った


えーっとね
えーっと   これは


困ったウンスがチェヨンを見る


羨ましいなら
ウネもアンジェにやったらどうだ


チェヨンがつらっと
のたまったので


これはチェヨンにやられたわ
こんな風に返されるなんて


ウネは愉快そうに
ケラケラ笑った
明日からの長旅も戦のことも
忘れているような
明るさだった

アンジェも奥から出てきて
久しぶりに四人で卓を囲んだ
花見以来の宴
だが明日出陣の壮行の宴でも
あった

アンジェはチェヨン相手に
黙々と酒を飲んだ

ウネは陽気に喋り続け
ウンスが持参した
ジャムにいたく感動して
一口舐めると


なんて   美味しい!
この世のものとは思えないわ
子供らはきっと腰を抜かすわね


と    絶賛した
ウンスはジャムの他に
怪我に効く生薬や
包帯を持ってきていた


典医寺からも医員は行くけど
少しの傷ならこれで
応急できるから


ウンスが説明するのを
アンジェとチェヨンが
黙って聞いていた

チェヨンはいつになく
早いスピードで盃をあけ
アンジェの酌を受けている

酒は強いチェヨンだが
飲み過ぎたのか
少し横になると言って
床に転がって目を閉じた

呑み相手がいなくなった
アンジェは明日の支度があると
言って客間を下がった


ウンスがウネに聞く


困ったことがあれば
なんでも言って
頑張りすぎちゃだめよ
ウネさんはまだ流産の危険性も
あるんだから
赤ちゃんを大事にね


ありがとう  ウンスさん
アンジェが授けてくれた命
絶対   守るから大丈夫よ
それにあの人がいなくても
やることがいっぱいなの
夫が戦に出て行った後の
家門を守るのは女の役目
気弱になんかしてられないわ


そう
良かった
少し安心したわ
やっぱりウネさんね
覚悟が違う


ウネはからりと笑ってから


でもね
本当は怖いのよ
アンジェに何かあっからと
思うと


声をひそめて言った


当たり前よ   それが
誰だって  旦那様を戦になんか
行かせたくないわ
ごめんね    ウネさん


なんでウンスさんが謝るの?


だってなんだか
自分ばかり安全な場所にいる
そんな気がして


ばかね
ウンスさんはウンスさんにしか
できないことがあるわ




ほら    この呑んだくれを
支えるのは  ウンスさんしか
出来ないもの
分からず屋の高官相手に
軍議でもずいぶん荒れてたって
アンジェが心配してたわ


そうみたいね
だからちょっと悪戯しちゃった


ウンスがチェヨンの喉元を
見つめて言った


へへっ
やるわね   ウンスさんも


この人が苦しむ姿は見たくない
でももし戦に行かないことが
心苦しいなら
この人の苦しみを
一緒に背負うわ


そう
行くのも   行かぬのも
武士の妻には辛いわね


ウネがぽつりと告げた
ふたりしばらく
眠ったチェヨンを見ていた


そしてウンスがウネに告げる


そろそろ帰らなくちゃ
長居をしてごめんなさい
ヨン起きて
もう    私じゃ支えきれないわ
テマンもいないし


アンジェに輿まで運んで貰うわ
屋敷に着くまでには
少しはましになってるだろうし
旦那様!  旦那様!


ウネが声を張り上げると
アンジェがのそのそやって来た


チェヨンを輿まで運んで頂戴
まったく天下の大護軍が
酒に呑まれてどうするのよ


ウネが呆れて言った


うふふ   たまには酔ったヨンも
かわいいわよ


ウンスが庇うと余計に呆れた


どこまで甘いんだか
ウンスさんは


アンジェが担ぐように
チェヨンを輿に押し込めた時
ウネには聞こえないように
ウンスに言った


気丈に見えてもろいやつです
たまには相手をしてやって
ください


わかったわ
任せて
将軍もお気をつけて


ウンスの言葉に
力強く頷いた


輿の中は酒の匂いが充満している
チェヨンはウンスの肩に
もたれかかり
気持ち良さげに眠っていた
チェヨンが突然


いむりゃ
いむりゃ


ウンスを呼んだ


*******


『今日よりも明日もっと』
それぞれの想いを乗せて
時が過ぎて行く





あら?久々に
いむりゃヨン  登場!