ねえ   何の話だと思う?


奥の間で待ちきれない様子で
チェヨンに問うウンス

妻が楽し気な顔は見ていて
飽きぬが   さてなんだろう
チェヨンはひとしきり考えた


ウネとまた約束を取り付けたとか?
美味い菓子を
王妃様からいただいたとか?
あ   新しい饅頭屋を見つけたか?


そんなんじゃない


ウンスの顔が見る見るふくらむ


だいたい    なんで
食べ物ばっかりなのよ
そんなに食い意地張ってないわ


いやいや
十分張っておるだろう   と
そう思ったがそれを言うと
いっそう拗ねそうな
気配だったので
それは言わずに飲み込んだ

だが拗ねた妻の顔もかわいくて
つい見ていたいと思うあたり
俺もまだまだ    腑抜けたままだな
チェヨンはひとりごちる


違うわよ
典医寺のことよ


チェ侍医に何かあったか?


とぼけてチェヨンが聞いてみる


違うわよ   なんでチェ先生?
スヨンさんよ
スヨンさんの噂を聞いたの
サラから


ああ   あの官奴婢になった
女人か


かつては同じ高麗軍の夫がいた
チェヨンを逆恨みして 
腹いせに
ウンスを傷つけようとして
庇ったチェ侍医を刺した
何度思い出しても
苦い思いが残る事件であった


その女人がどうしたのか?


あのね
この前火事で火傷した
飯屋のご主人とね
なんだかいい感じらしいのよ
私うれしくなって
うっかり
ぼろっと泣いたわ    診療室で


みんなの前でか?


チェヨンが聞いた
その中には当然チェ侍医も
いたのだろうと予想はついた

もうチェ侍医のことは
気にしないことにしたはずだった
妻は俺以外には懸想しない
心の中ではわかっているが
やはり泣き顔を
あいつには見せたくないと
悋気がふつりと湧いてくる


うん   


皆の前で泣き顔を見せるな
なんだか落ち着かぬから


やっとのことで
それだけ言った


だって   嬉し涙よ
ふいに出ちゃったのよ
私    本当は泣かない女なの
悲しい時や寂しい時は
歯をくいしばれる
笑顔でごまかせるの
でもうれしい時の涙は
防ぎようがないわ


だが


ばかね
悲しい時や寂しい時に
泣き顔見せる相手は
誰かさんだけよ


ウンスがチェヨンの肩に
頭を預けて甘えるような
仕草を見せた
なんだかうまくかわされた
そんな気がしたが


スヨンさん
幸せになるといいわね
私達みたいに


ほんとに幸せそうに言う
妻ウンスの顔を見て
チェヨンは
その肩を優しく抱いて
そうだな    とそれだけ言った


こうして側にいて
触れられる相手がいるのは
幸せなことだわ
悲しい時は
涙をすくい取ってくれて
うれしい時は一緒に
笑ってくれる 
ヨンといると
当たり前のことに思えるけど
みんながみんな   
そうじゃない
夫婦と言えどもいろいろでしょう
だからスヨンさんには
前のご主人とは違った愛を
また育んで幸せになって欲しい
そう思ってね


そうか


肩に感じる重みが心地よい
頬をくすぐるウンスの
柔らかな髪の毛が気持ちよい
肌のぬくもりは幸せの証か


イムジャ


なに?


いや    何でもない


うふふ    言いたいこと
分かるわよ
たぶん私と同じこと


チェヨンはウンスの
口元を見た


あいしてる
そうでしょう?


ウンスが上目使いで
チェヨンの顔を覗き込む

チェヨンは答えの代わりに
その柔らかで甘い唇に
口づけを落とした

みぃは今宵もまた
腹の中で暴れるだろうか
そんなことを思いながら
そしてそれもまた幸せだと
そう思いながら
長い間   チェヨンが
ウンスを離すことはなかった


優しい夜が更けていく
三日月がほのかに
辺りを照らしていた


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『今日よりも明日もっと』
ぬくもりは幸せの証
優しい口づけは愛する証