ソンオクが懐かしむような
笑みを漏らして言った


坊っちゃまはまだ
瓜(チャメ)が
苦手なのでございますね


ええ
私も知らなかったわ
ほら   再会したのは
秋でしょう
瓜(チャメ)の季節は盛りを過ぎて
いたもの
韓国の夏にはかかせないのに


か   か?


いえ   天界のこと
天界でもチャメは大人気なのよ


誤魔化すように
ウンスは笑った


で    どうして嫌いになったの?



*******



高麗にも暑い夏はやってくる
まだアイスクリームも
冷蔵庫で冷やした飲み物も
手に入らない昔のこと

さっぱりとした甘さで
かりかりと食すことができる
チャメは    夏の風物詩として
この時代でもよく好まれていた


大奥様がお亡くなりになって
寂しい思いもされたでしょうに
坊っちゃまはたいそう賢い
お子様でありましたゆえ
状況を理解されたのか
お葬式が終わる頃にも
寂しいと言うこともなく
お過ごしになられていました


そうよね
気持ちを隠すのが
上手な人だもの
いくら小さくても
きっと
苦しいとか寂しいとか
言わなかったでしょうね


ウンスはわずかに顔を歪ませて
そう言った


はい
チェ尚宮様は
そんな坊っちゃまを
たいそう気にかけており
お役目で忙しい大旦那様に
かわり
幼い手をひいて   よく市なぞに
お出かけになっておいででした


ああ    なんだかわかるわ
叔母様って   
時にはお母様でもあり
時にはお姉様でもあったのね


はい   さようです
あれは確か大奥様が亡くなり
1年くらい過ぎた頃でございます
ある時    市を見物していると
八百屋の店先で   どこぞの幼子が
母親からチャメを食べさて
貰っているところに
出くわしまして

その時    このソンオクも
お供させて頂いていましたが


ええ


坊っちゃまは何も
おっしゃいませんでしたが
それをご覧になると
ぎゅっとチェ尚宮様の
手を握りしめておいででした


その様子をあまりに
切なく思われたのか
チェ尚宮様が店先にある
チャメを山盛りお買いになり
屋敷に戻ると坊っちゃまに
好きなだけ食べよと
食べさせたのでございます


ああ    それで食べすぎて
お腹を壊して嫌いになったのね


いえ
そうではございません




*******


チャメは今でも苦手?


王宮の中庭で
チェヨンにまとわりつくように
腕にしがみつきながら
ウンスが尋ねた


ああ    どうも好かん


うふふ
いいじゃない
苦手なものがある方が
よりあなたが
愛おしくなるわ


そんなものか?


でも食べ過ぎよ
いくら叔母様に勧められても
まだ小さいのに10個も
食べるなんて   お腹を壊して
嫌いになるわけよ
過ぎたるは及ばざるが如し
うふふ
それにしても叔母様ったら
ひどいわね


ふふっとウンスは笑って言った


だっていくらあなたが
食べ過ぎてあせったからって
そんなに食べては
お腹からチャメの木が生えますよ
なんて
脅かし過ぎだわ


ウンスは笑い転げた


まったく叔母上は
昔から一言多くて困る


それ以来チャメが怖いって
ソンオクが言ってたわ
今も?


怖いわけあるまい
ただなんとなく
食べそびれているまでのこと


じゃあ   この夏は一緒に
食べましょうよ
チャメは夏にぴったりなのよ
ビタミンCも豊富
カリウムもたっぷり
夏バテにもってこいよ


優しく諭す妻の笑顔
さっぱりわからない天界語
だか   今年の夏は口にするのも
悪くないかもしれない

チェヨンはそっと思っていた


黙ったチェヨンを
じっと見つめると
ウンスは前を歩く武閣氏に言った


振り向いちゃだめよ


それからテマンに


テマン悪いけどちょっとの間
後ろを見ていて


はい     医仙様  
と    三人ともが答えた


ウンスはたくましいチェヨンの
首に手を回すと


小さいあなたも今のあなたも
たまらなく   いとしいわ


そう言ってチェヨンに
口づけた


ふたりの口づけを見届けたのは
はらりと開いた
桜の花びらだけだった



*******



『今日よりも明日もっと』
嫌いなものも
あなたのためなら
好きになる