頬を撫でる風はまだ少し
冷たかったが
柔らかな日差しが
屋敷の中にまで
降り注いでいた

今日は久しぶりに
ふたり揃った休日で
早朝からウンスは楽し気に
キンパを作っていた

この時代にはきゅうりもなく
卵も高価    
なかなか食材は手に入らないけど
有り合わせの材料を無理やり巻いて
王妃様から頂いた胡麻油を使い
それでもなんとなく
キンパに見えるかな
そんな出来映えにウンスは
満足していた


今日は空も青くて
なんとなく
ポカポカと暖かい

前から釣りに連れて行って
くれるって約束
互いに忙しくてなかなか
叶わない
今日はやっと行けるかしら?

そんなことを思って
釜戸の前に立っていると
後ろからチェヨンが
巻きついてきた


早いな


そう言いながら
ウンスの首筋に
顔を埋めた


おはようの代わりに
首筋を噛んだ


こら!
だから早起きしたのよ
また良からぬことで
せっかくのお休みを
終わらせないようにって


ウンスはチェヨンの
絡まる腕を振りほどこうとしたが
余計に力を込められて
身動きが取れなくなった


もう少しだけ


そう言って後ろから
しがみつくように
抱きしめた


もうしょうがない人ね


ウンスは笑って
じっと受け止めた


どれくらいそうしていただろうか
急に   ウンスのお腹が
キューっと鳴って
チェヨンは笑って腕を離した


腹が減った


それは私よ
もう   恥ずかしわ


イムジャは腹の音も
かわいいな


チェヨンがもう一度首筋に
吸い付いて
やっとウンスを手放した


さあ   朝ごはんにしましょう
食べたら   釣りに連れて行って
ずっと楽しみにしてたんだから


この時期大したものは
釣れぬが


いいの
あなたと
釣りしてみたいんだから
釣れなくてもいいもん


俺は出かけず
イムジャを釣り上げて
いたいが


もう   チェヨン
早く食べて
出かけるわよ
ほら    お弁当の巻き寿しも
出来てるんだから


ウンスはチェヨンの戯れ言を
かわして
慌ただしく朝餉の支度を整えた



*******



愛馬チュホンに揺られ
都の外れにある川のほとりまで
ふたりはやって来た


河原には一面の菜の花
土手には梅の花が咲いていた


のどかね


ウンスがしみじみ言った
釣竿を川のほとりに仕掛けてから
チェヨンが言った


そうだな
昼寝でもしたい陽気だ


そう言うとチェヨンは
ごろんと横になった
その隣に腰を下ろして
ウンスが川の水面を見つめた

日差しがキラキラ輝いている
釣竿から糸がのんびり垂れている


いつか魚がかかるのかしら?
こんな竿にかかるなんて
よっぽど間抜けな魚だわ


まあ   釣りは待ってる間が
楽しいのだ


そう?  そんなものかしら?
昔   役職を辞めて漁師になりたいって
王様に言ったわよね
ねぇ   やっぱり漁師になった方が
良かった?
王宮に残ったのは私のせいでしょう?


水面を見つめたままウンスが
聞いた


そのようなこと忘れておった
俺は今の自分が一番よい
イムジャと一緒にいられれば
それでよい


そう呟いた


良かった
私もあなたがいれば
他には何もいらないわ


ウンスは寝転がるチェヨンの
胸の上に頬を寄せて目を閉じた
とくんとくんと
音が聞こえる
チェヨンの心音


なんだかメトロノームみたい
眠くなってきたわ


天界語はわからなかったが
きっと心地よいと言う意味だろう

チェヨンはそう思って
ウンスを引き寄せ
腕の中に収め
その髪を撫でた


釣り糸がピクピク引いていた
チェヨンはそれに気づいたが
このまま
ウンスを抱きしめていたくて
見て見ぬふりを決め込んだ

ぴちゃんと
釣竿から魚が跳ねて逃げた


まあ   よい
掛かった魚は運が良かったのだ


チェヨンは呟いた


*******



『今日よりも明日もっと』
あなたに   恋してる
うららかな春