鬼の中には【鬼も内】のように、毎年毎年、恩返しをしている赤鬼もいたというお話です。

 

《 あらすじ 》

 

遠い昔、里に住む者と山に住む者はたがいに行き交(か)って、仲良く暮らしておったそうです。

山の者は体が大きく、それはそれは並み外れた力の持ち主で、頭に角(つの)を持っていて赤い顏やら青い顏やらいろいろでした。

 

 

ところが、いつのころからか、里の者は姿かたちが違うだけで山の者を«鬼≫とよぶようになり、何か悪いことがあると、ぜんぶ鬼のせいにするようになりました。

 

そして節分の日の夜になると、病(やまい)災(わざわ)いを外へ祓(はら)って、豊かな福を内に招き入れようと、

「福は内、鬼は外」

と唱えながら、家の中や表に力いっぱい豆を投げつけるのでした。

 

 

ある年の節分の日の夜、荒波の絶えない佐渡ヶ島にあるこの村でも、

「福は内、鬼は外」

と、どの家でも豆まきをしておりました。

庄屋(しょうや)の勘右衛門(かんえもん)の家でも、

「鬼は外、福は内」

と、みんなで大声を張り上げては、力いっぱい豆を投げていました。

ところが突然ドドドドドドドォーンという音とともに

 

 

「いてて、いてて。やれ、たまらん。道々歩いておるだけで、方々から豆が飛んできて、この始末。お助けを。どうかお頼(たの)み申します」

と何か大きな者が頭を抱(かか)え、体を丸めて家の中に飛び込んできました。

ぜえぜえ息を切らし、滝(たき)のような汗が流れています。

やがて頭を起こし、その顏を見せました。

 

ギョローッと見開いた目に、家の者は、声も出ず腰を抜(ぬ)かさんばかりに驚き、震(ふる)え上がりました。

家の中に入ってきたのは顏も体も真っ赤な、それはそれは大きな鬼でした。

(鬼じゃ、赤鬼じゃ・・・・・)

勘右衛門は怖くて逃げだしたいのをこらえ、恐(おそ)る恐る話しかけました。

「あ、あか、赤鬼どん、それはたいそう難儀(なんぎ)なことで。まあまあ、せっかく来ていただいたのじゃから、ともかく座敷へお上がりください」

そう言うと、勘右衛門は家の者に命じて酒や料理を振舞いました。

赤鬼はたらふくごちそうになり、すっかりいい気分でズシンズシンと山へ帰って行きました。

 

やがて、田植えの季節になりました。

 

 

勘右衛門の家でも、まだ夜が明けぬうちから支度(したく)をし、広い田んぼの奥のほうから苗(なえ)を植え始めました。

ちょうど真ん中あたりまですんだところで、お天道さまが姿を隠したかと思うと、どんよりとした雲があたりを覆(おお)い、急に激しい雨が降り出しました。

勘右衛門は空を見上げ、

「いやあ、これはまいった。この降りじゃ、どうしょうもない。今日はこれでおしまいじゃ。さぁさぁさぁ、皆の衆、早いとこ家に帰って休んでおくれ。明日、また頼んだよ」

と言って、畦(あぜ)に苗を置いたまま急いで家に引き上げました。

次の日は、昨日の雨がうそのように晴れ渡った気持ちのいい天気となりました。

昨日の遅れを取り戻(もど)そうと、早くから田んぼにでた勘右衛門たちは、目を丸くしました。

 

 

どの田んぼもぜんぶ、田植えがすんでいます。

「こりゃ、たまげた」

「一晩のうちに、苗がぜんぶ植えられておる」

「あの雨の中、いったいどうしたことじゃ」

口々に不思議がって、広い田んぼをしばらく眺(なが)めていました。

そして不思議なことに、秋にはこの田んぼからいつもよりたくさんの米が獲(と)れました。

それから何年も、この不思議な出来事は続きました。

 

やがて、勘右衛門は亡くなり、せがれの代となりました。

勘右衛門のせがれは、毎年、いったい誰が、一晩で田植えをするのか知りたくってたまりませんでした。

そしてある晩、田んぼにそっと行ってみることにしました。

せがれは木の陰に隠れて、じーっと様子をうかがいました。

すると、ばしゃばしゃ水の音がして、どこからか黒い影が現れました。

黒い影はなにやら歌を歌っています。

「テンツク テンツク 黄金(こがね)の華(はな)をつけとくれ 勘右衛門の恩返し テンツク テンツク 黄金の実をつけとくれ 勘右衛門の恩返し テンツク テンツク」

黒い影は歌に合わせながら、あっという間に広い田んぼに田植えをしていました。

その手際の良さ、早さといったら、目にもとまらぬほど。

夜も白々(しらじら)と明け始めたころ、

「テンツク テンツク 黄金(こがね)の華(はな)をつけとくれ 勘右衛門の恩返し テンツク テンツク 黄金の実をつけとくれ 勘右衛門の恩返し テンツク テンツク」

せがれはいつの間にか歌につられて体で調子をとり始め、つい、

「そうれ、それそれ」

と身を乗り出し、合いの手を打つてしまいました。

その音に驚いた黒い影は、屈(かが)めた腰を伸ばし、はっとこちらを振り向きました。

明け方の太陽に照らし出されたその姿は、顏も体も真っ赤な大きな赤鬼でした。

 

 

「あ、あか、赤鬼・・・・・」

せがれはびっくりして、口をあんぐり開けたままその場にへたり込んでしまいました。

泥(どろ)だらけの赤鬼はせがれに気づくと、風のように、あっという間に裏山に逃げていってしまいました。

せがれは、亡くなった勘右衛門からよく聞かされた赤鬼の話を思い出して、

「赤鬼どんがたった一人で植えてくださったんじゃのう。何年も、何年も、ありがたいことじゃ」

と山にむかって手をあわせ、深々と頭を下げました。

それからというもの、勘右衛門のせがれの家では、

「福は内、鬼も内。福は内、鬼も内」

と唱えて豆まきをするそうになったそうです。

 

この土地では節分の日になると、今でも、

「福は内、鬼も内」

と豆まきをする家があるといいます。

 

《 わたしの 感想 》

 

夜中に、勘右衛門のせがれは一晩で田植えをするのか知りたくってある晩そっと行って正体をみてしまいました。

鬼をありがたく思い「福は内、鬼も内」と豆をまくようになりました。

悪い者や、こわい者を排除するのではなく受け入れて共存する寛容さと理解をする心を持たなければと思いました。