【たのきゅう】は、芝居好きの男のあだ名です。

そのあだ名を恐ろしい大蛇(だいじゃ)が(タヌキ)と聞き違えたばかりに、思いも

かけない幸運に恵まれるお話です。

 

《 あらすじ 》

 

昔、あるところに田(た)の倉久助(くらきゅうすけ)という、とても親孝行な男が、母親と二人で暮らしていました。

 

 

久助は芝居がとても好きで、何度も見に行っているうちに、自分でも芝居ができるようになりました。

ある時、久助の住む村に芝居の一座がやって来ました。

ところが役者の一人が急に病気になったので、一座は大変困ってしまいました。

すると、村人の一人が言いました。

「久助どんなら、素人(しろうと)だけど芝居が上手だよ。久助どんに頼(たの)んでみたらどうだ」

こうして久助は、少しの間だけという約束で、その一座の役者になりました。

「久助どん、うまいぞ、うまいぞ」

久助の役者ぶりは、またたく間に評判になりました。

ある日、見物人の一人が、

「田の倉久助だから、田(た)の久(きゅう)と呼ぼう。田の久千両役者」

と大声で言ったので、それからは誰(だれ)もが久助のことを田の久と呼ぶようになりました。

 

 

田の久のおかげで、一座の芝居は大変な人気となり、あちこちの村々を回ると多くの人だかりができました。

けれどそうこうしているうちに、田の久は家に残してきた母親のことが心配になってきました。

(どこへ行っても大評判で、つい、うかうかと一座に長居してしまった。今ごろ、

おっかさんはどうしているんだろうか)

そう考え始めると、いてもたってもいられなくなりました。

田の久は早く帰って母親に会いたいと思い、座長に暇(いとま)を願い出ました。

けれど、評判の高い田の久を座長はなかなか離(はな)してくれません。

ついにある夜、田の久は、(こっそり逃(に)げて帰ってしまおう)と一座のみんなが眠っている時をみはからい、自分の着物や、道具のかつら、化粧の品などを風呂敷に包んで逃げ出しました。

 

 

そして、母親の待つ家にむかって夜通し歩き続けました。

次の日も一日歩くと、日がすっかり暮れてしまいました。

田の久は近くにあったお宮の中で休むことにしました。

すると夜ふけに、

「開けろ、開けろ」と声がします。

田の久が驚(おどろ)いて部屋の隅(すみ)に逃げると、お宮の戸ががたんと開きました。

 

 

そこには大蛇(だいじゃ)が、こちらをにらんでいます。

「おい、誰に断ってここへはいった。いったい、お前はなにものだ」

田の久は、おったまげて縮こまり

「はあ、おらは、田の久でございます。実は、家(うち)へ帰る途中(とちゅう)で、くたびれて、ちょっと休んでいました。どうか堪忍(かんにん)してください」

と謝りました。

すると大蛇は、

「そうか。お前はタヌキか。だけどお前、よくまあうまく人間に化けたものだ。まだほかにもばけられるだろう。やってみろ」と言いました。

大蛇は「たのきゅう」を「タヌキ」と聞き間違(まちが)えたのでした。

そこで田の久は、タヌキになりすまして言いました。

「お安い御用(ごよう)です。それでは化けますので、お前さまはむこうを向いてください。化けたら、手をたたいてお知らせします」

大蛇がむこうを向いている間に、田の久は急いで持っていたかつらをかぶり、鼻の頭へおしろいをつけて、口に紅(べに)を塗(ぬ)って娘(むすめ)の姿になり、手をたたきました。

「おお、これは見事だ」

田の久が若い娘になっているので、大蛇はおったまげました。

それから田の久は、大蛇にいわれるままに、天狗(てんぐ)になったり、ひょっとこになったりして大蛇を喜ばせました。

「うまいうまい。なかなかのものだ」

そうこうしているうちに、すっかり打ち解けてきた大蛇は田の久に、

「おまえがいちばん好きなものは何だ」と聞きました

田の久が、

「おらは親に孝行することが、いちばん好きです。」と答えると、大蛇は大変感心しました。そして、

「では、おまえがいちばん嫌いなものはなんだ」と聞きました。

「おらのいちばん嫌いなものは金(かね)です。金のために仲間を殺したり、泥棒(どろぼう)したりする。だから、おらは金が大嫌いです」

それから田の久も大蛇に聞きました。

「お前さまがいちばん好きなものはなんじゃ。おらも教えたから、お前さまも教えてくれ」

 

 

「そうだな、おれがいちばん好きなのは、人間を丸ごと飲み込(こ)むことよ」

田の久は恐(おそ)ろしくって逃げ出したくなったが、また聞きました。

「それじゃ、いちばん嫌いなのは、何じゃ」

「おまえにだけ話すが、いちばん嫌いなのは、たばこのヤニだ。ヤニがついたら、おれの体は腐(くさ)ってしまう」と大蛇は答えました。

やがて夜が明け始め、

「それじゃ、今晩はこれで別れよう。そのうちまた逢(あ)おう」

と、言って大蛇は消えていきました。

 

 

田の久は、大急ぎで峠(とうげ)をくだり村に帰っていきました。

それから村人たちにゆうべのことを一部始終話しました。

それを聞いた村人たちはすぐにたばこのヤニを集めると、水に溶(と)かし、桶(おけ)いっぱいのヤニ水をこしらえました。

 

 

そしてみんなで桶を担(かつ)いで、大蛇のいるお宮へ出かけました。

お宮の中にいた大蛇に、水鉄砲(みずてっぽう)やひしゃくでヤニ水をぶっかけると、大蛇はへとへとになって、そばの洞穴(ほらあな)の奥(おく)へ奥へと逃げていきました。

 

 

「よかった。よかった。これまであの峠を越(こ)えようとする者は、みんな大蛇に食われてしまったんだ。もう安心だ」

村人たちは喜びました。

大蛇を退治した明(あ)くる晩のこと、田の久がやっと家へ帰り、母親に事の始終を話していると、裏の戸をたたく音がしました。

(はて、変だな、こんな夜中に誰だろう)

不思議に思った田の久が戸を少しばかり開けて見ると、大蛇がこちらをにらんでいました。

「この間は、よくもタヌキだと言っておれをだましたな。おかげでおれはひどい目にあった。仕返しにお前の大嫌いな物をぶっかけてやる」

と言うと、どさどさっと何かを放り投げて帰っていきました。

 

 

田の久が外に出て見ると、そこにはたくさんの金貨や銀貨が山になっていました。

こうして、田の久と母親は大金持ちになって幸せに暮らしたそうです。

 

《 わたしの 感想 》

 

大蛇にあっても、田の久は生まれ持っての逞しさを感じます。

怖ろしい大蛇のが方自分の弱点を洩らしてしまいます。

私は、大蛇の人の良さも垣間見えて大蛇がとても可愛く感じてしまいました。