【うぐいす言葉】は雇い主の酒屋が雇(やと)った娘に、「話をするときには、どんな言葉にも(お)をつけなさい」というと、袋が下がっているのを見て「お袋さまがお首を括(くく)って
と報告したので、大騒(おおさわ)ぎになるという笑い話です。
《 あらすじ 》
昔、あるところに、たいそう栄(さか)えた酒屋がありました。
この酒屋ではみんなが毎日、毎日忙しく働いていたので、家族だけでは手が足りませんでした。
そこで主人は、手伝いの娘を一人探すことにしました。
ある日、主人は遊びにきていた友人に言いました。
「おれの親父とお袋は、今まで充分過ぎるほど働いてきた。だからこれからは二人に楽をさせてやりたいと思っている。そこでお手伝いさんを探しているのだが、いい心当たりはないか」
すると友人は言いました。
「そんなことならお安い御用(ごよう)だ。おれがどっからか見つけてきてやるよ」
「そうか、そいつは助かる。素直で気立てのいい娘がいいな。それに何より美人がいい」
友人はあきれた顏で、
「おまえな、都合よくそんな娘が見つかるもんか。まぁいい。なるべくお望みの娘を探してくるよ」と言って帰って行きました。
それから二、三日が過ぎ、友人がまたやってきました。
「おいおい、いい娘を見つけてきたぞ。お前の望みどおり、たいそうな美人じゃ」
見ると友人の隣に、それはそれは美しい娘がおります。
「そうかそうか、これはありがた。ならば今日は祝いじゃ。お前もぜひ上がって酒でも飲んでいってくれ」
主人は喜んで、友人と娘を座敷(ざしき)に案内しました。
こうして、娘を歓迎(かんげい)する祝いの宴(うたげ)が始まりました。
美しい娘が来てくれたことがうれしくってしょうがない主人は、すっかり酔っぱらって、娘に話し始めました。
「娘さん、娘さん、わが家にはな、守ってもらわねばならぬ家訓がある。これから話すことをよう覚えるんだぞ」
「はい、承知いたしました。ふつつかで何も分かりませんから、どうぞ、お教えくださいませ」と娘は答えました。
「よし。あのな、わが家ではなんでも言葉の頭に(お)をつけることが家風で決まっとる。(お)をつけるんだ。(お掃除(そうじ))とか(お暇(ひま)をください)とか(お)を上に
つけるんじゃ」
「さようでございますか。そりゃお易(やす)いことです。言葉の上に(お)をつけるのですね」
「そうだ。お前はなかなか賢(かしこ)い娘だな、頼(たの)もしい。しっかり働いてくれよ、よろしく頼んだぞ」
主人が言うと、すかさず娘は、
「おはい」と答えました。
「あっはっは、そうだそうだ、うまいうまい。そのとおりだ」
酔った主人は大笑いして喜びました。
それから幾日が経ったある日のこと、娘は屋敷(やしき)の掃除をしていました。
屋敷の奥(おく)には隠居所(いんきょじょ)があり、主人の両親が住んでいました。
誰(だれ)もいないようだったが、娘は雑巾(ぞうきん)を借りようとその部屋に入っていきました。
すると、頭に何かがあたりました。
「あら、何かしら、頭に何かがあたったような」
と、目を凝(こ)らして見てみると、口を絞(しぼ)った布袋(ぬのぶくろ)が吊(つ)り下げられていました。
「ありゃ、こんなところにこんな小汚(こぎたな)い袋を下げて」
娘はこの汚い袋を捨てていいか確認するため、母屋(おもや)に戻(もど)って主人に言いました。
「お奥のお隠居所で、お袋さまが、お首くくって、お下がって、おなりですが」
「な、な、な、なんだって、お袋さまが、お首くくって、お下がっているだって?」
主人は、びっくりして聞き返しました。
「おはい。お奥のお隠居所で、お袋さまが、お首くくって、お下がって、おなりです。たった今、お姿見てきました、ご主人さま」
「そりゃ、大変だ」
主人はあわてて家族に伝え、家中大騒(おおさわ)ぎになりました。
「お袋、お袋はどこに行った」
「大変なことになった。お袋さんが本当にいないぞ」
「それなら、娘が見たのは間違(まちが)いなくお袋さんだぞ、早く、ご隠居所に行けい」
家族中でドドドドドドっと、隠居所に駆(か)けだしました。
ところが、部屋には小汚い袋が下がっているだけでした。
「なんじゃ、これは」
「袋じゃないか」
すると、主人の弟はあきれ顏で言いました。
「兄さん、兄さん、これはおれが去年種もみを入れて下げておいた袋だ。すっかり忘れていたが、こんなところに置きっぱなしになっていたのか」
主人は腹を立てて娘に怒鳴(どな)りました。
「おは前大うそつきじゃ。下がっていたのはただの袋ではないか。なんてことを言うのだ。心配させおって」
すると娘は、わけが分からないという顏で
「いいえ、ご主人さま。ご主人さまが(お)をつけて話すようにとおっしゃたものですから、袋がお袋さまという言い方になってしまったのです」と言いました。
ことの次第が分かった主人は、自分が言った手前、これ以上怒(おこ)るわけにもいかず、娘を許してやることにしました。
こんな大騒動があってから、この家では、言葉の頭に(お)をつけるのを止(や)めたそうです。
《 わたしの 感想 》
熊本には、地域ごとに北部・東部・南部・天草諸島などさまざまな言葉が交わされています。
興味深い言葉、表現などがたくさんあります。