【金太郎とやまんば】は、足柄山(あしがらやま)の金太郎。

のちに源頼光(みなもとのよりみつ)の家来となって大江山(おおえやま)の鬼を

退治しました。

坂田の金時の出生譚(しゅっせいたん)であります。

 

《 あらすじ 》

 

 

 

 

昔、ある城に、それはそれは立派な若殿さまと、優しい奥方さまがおりました。

あるとき、若殿さまは相模(さがみ)の国の足柄山へ一人で鷹狩(たかが)りに出かけました。

 

 

「いつの間にやら、こんな山奥まで来てしまった。ここらで、一休みするか」

若殿さまが、こぼれる汗を拭(ふ)きながらあたりを見回すと、向こうに今にも

崩(くず)れそうなあばら屋が一軒(いっけん)見えました。

「もし、誰かおるか、少し休ませてはくれぬか」

若殿さまが声をかけると、中からこれまでに見たこともないほど美しい娘が出てきたので驚きました。

 

娘はほのかに頬(ほお)を赤らめ、

「はい、こんな所ですが、どうぞお休みください」

と言いました。

若殿さまが

「たった一人で、こんな山奥におるのか」

と問うと、娘はこくりとうなずきます。

若殿さまは、もはや鷹狩りよりも娘のことが気になって

「どんなわけがあってここにおるのか知らんが、お前のような若い娘がたった一人でこんな山奥におっては、気が気ではない。いっそわしと一諸に山を下りて都に参らぬか」と言いました。

娘はうれしそうにうなずき、ますます頬を赤らめました。

若殿さまが娘を連れて城にもどると、そのうわさはたちまち広まりました。

「若殿さまにお似合いのほんに美しいお方さまが、おいでになられた」

「花のような美しさとは、このことを言うのかも知れん」

「お方さまとすれ違うだけで、甘いいい香りがしてくるぞ」

やがて若殿さまと娘のうわさは、奥方さまの耳にまで入りました。

けれど、奥方さまはにこやかに微笑(ほほえ)み

「若殿さまがあのように美しいお方さまとめぐり逢えたことは、誠にありがたいことです。これほどうれしいことはありませぬ。」

と怒(おこ)りもせずに言いました。

それからしばらくして、奥方さまが身ごもったことが分かり、都中が喜びにわきました。

ところが、お方さまも身ごもったのです。

奥方さまのお付きの者は、どうぞ、奥方さまにお世継(よつ)ぎの男の子が授かりますようにと、ただただ願うばかりでした。

そして同じ日の同じ時刻に、二人はそれぞれ男の子を生みました。

奥方さまのほうでは、

「立派なお世継ぎが授かったぞ」

と歌えや踊れの大騒ぎです。

 

 

一方、お方さまの周りの者もたいそう喜んでいたが、母であるお方さまはどうにも物思いにふけている様子でした。

実はこのお方さま、足柄山の山奥に住んでいたやまんばでした。

立派な若殿さまの話を聞きつけて、美しい娘になりすまし、お方さまの座を討止めたのでした。

やまんばはしばらく考えると、隣(となり)に寝ているわが子を見つめ、

「このままでは、この子は世継ぎになれん。ああ、この子のためじゃ」

と、その夜のうちに奥方さまの部屋に行って、わが子と奥方さまの子をそっと取り替えてしまいました。

何も知らない奥方さまは、やまんばの子を「金太郎」と名づけ、わが子として大事に育てました。

 

 

金太郎は、若殿さまや奥方さまのご寵愛(ちょうあい)を一身に受け、元気いっぱいにすくすくと大きくなりました。

「金太郎さまは、ほんに、ええ子じゃ。今に立派なお殿さまになられるぞ」

周りの者もたいそう喜びました。

また、奥方さまの子をわが子のように大事に育てました。

けれど、やはり実のわが子が気になると見えて、こっそり金太郎の様子をうかがっては、ほっと胸を撫(な)でおろしていました。

 

金太郎が三つのときのことです。

ある日、間違えてやまんばの部屋を開けてしまいました。

すると金太郎はやまんばの顔を見るなり」、

「母さま・・・・・」

と言って、抱きつきました。

 

 

やまんばは突然(とつぜん)のことに、言葉もでません。

生まれたばかりのわが子を力いっぱい抱きしめてやりたい気持ちを抑(おさ)え、

「金太郎さま、お部屋をお間違えでございます。金太郎さまの母上さまは、あちらのお部屋でございます」と部屋から出しました。

「私のことなど、あの子が覚えているはずもないのに」

やまんばは胸が締(し)めつけられる想いでした。

ところが、それからも金太郎はたびたびやまんばの部屋を訪ねてきては、

「母さま」

と抱きついてきます。

「金太郎さま、よくお聞きくださいませ。私は、あなたさまの母上ではありませぬ。奥方さまが、金太郎さまの母上さまです。二度と、この部屋を訪ねてはなりませぬ。これきりでございますよ」

「嫌(いや)じゃ、嫌じゃ」

泣きつく金太郎を、やまんばはきつく叱(しか)り、むりやり奥方さまの元へと追い返しました。

 

あるとき、若殿さまがやまんばの部屋を訪ねてきたときのこと—。

やまんばが若殿さまの酒のお相手をしていると、

「母さま」

と、また金太郎が入ってきました。

たまりかねたやまんばは、

「あれほど言うたのに・・・・・」

 

と言うが早いが、鋭く目を光らせ、見る見るうちに口は耳元まで裂(さ)け、その避けた口を大きく開き、今にも金太郎を飲み込もうとしました。

 

ところが金太郎は、恐(こわ)がるどころかうれしそうに笑って、

「母さま、私の母さまじゃ」

と懐に飛び込んできました。

 

 

隣にいた若殿さまはあまりのことに驚いて、腰を抜かしています。

すっかり元の姿に戻ったやまんばは、金太郎を力の限り抱きしめ、

「ああ、これ以上わが子と離(はな)れて暮らせませぬ。けれど若殿さまにこのような姿を見られてしまっては、ここにいるわけにも参りませぬ。・・・・・

お暇(いとま)いたします。さあ金太郎、父上さまにお別れを」

と、あふれる涙(なみだ)を袖(そで)でぬぐい城を後にしました。

 

城を出たやまんばと金太郎は、山をいくつも越えて、足柄山に着きました。

やまんばは一本のまさかりを金太郎に手渡し、

「金太郎、このまさかりがお前を守ってくれる。大事にするがよい。今日から、ここがお前と母の住処(すみか)じゃ」

と言って、聞かせました。

 

 

こうして金太郎は毎日、まさかりを担(かつ)いでは、腹掛(はらが)け一枚で足柄山を駆(か)け回りました。

いつしか金太郎の周りにはクマやシカ、イノシシにサルにウサギと山の者たちが集まってきて、相撲をとったり背にまたがったりと、まるで兄弟のように仲良くなり、

やまんばの母といつまでも幸せに暮らしたそうです。

 

 

《 わたしの感想 》

 

金太郎は平安時代中期、源頼光の頼光(らいこう)四天王(してんのう)の一人と

いわれた実在の人物です。

坂田金時(さかたのきんとき)の幼名(ようみょう)です。

中部地方に位置する静岡県駿東郡小山町の金時神社に伝わる伝説と、

関東地方に位置する神奈川県南足柄山市の足柄山に伝わる伝説が有名です。

気はやさしく力持ち、そして親孝行。

足柄山の自然で、のびのびと育つた金太郎は五月人形にも取り入られています。