《あらすじ》 ⑦

 

はじめにもふれましたが、ナポレオンは1815年6月18日のワ-テルロ-の決戦で、

イギリス、プロシアの連合軍に敗れ、皇帝の地位も失なって、アメリカへ亡命しようとして失敗し、捕らえられて八月には大西洋の孤島セントヘレナに流されました。

 

 

そして、ルイ十八世が王の位に戻り、フランスを治めていました。

ナポレオンに仕え、そのもとで働いた人々にとっては暮らしにくい世の中になっていました。

 

そういう人々の中の一人に、ポンメルシ-という人がいました。

ワ-テルロ-の戦いのときに、敵軍の軍旗を奪うという手柄をたてましたが、敵兵に

切り付けられて重傷を負いました。

ナポレオンはその勇気と手柄を誉め男爵という貴族の位を与えました。

 

彼は、ジルノルマンというパリの大金持ちの老人の娘を妻にして、マリウスという男の子が生まれました。

ところが、この妻は幼いマリウスを残して死んでしまいました。

ジルノルマン老人は、ルイ王の熱心な支持者であり、もともと娘の結婚に反対だったのでその子どもを無理やり自分のところに引き取ってしまい、子どもの父親には

会わせないようにしていました。

父親(ポンメルシ-)は悪い人だと教えこんでいました。

 

 

1827年マリウスは十七歳の若者になっていました。

 

 

ある晩、外から帰ると、祖父から父が死んだことを告げられました。

祖父から、父親は悪い人だと教えこまれていましたが、取り合えず父の住んでいる

ベルノンへ行き、父のベッドに死体となって横たわっている父を始めて見ました。

その顏には威厳と優しさが感じられ、祖父の言っていたような悪人とは、とても

思えませんでした。

お手伝いから、マリウスあての父の遺書を渡されました。

 

-わが子よ-

わたしは、ワ-テルロ-の戦いの際の手柄により、ナポレオン皇帝から男爵の位をさずけられたが、今の政府はみとめようとしない。

しかし、おまえには、わたしの子としてこの男爵の位をとなえる権利がある。

なお、ワ-テルロ-の戦場で、(テナルディエ)という下士官からあやういところを救われた。

もしこの人物に会ったら、父に代わって恩返しをしてほしい。

 

マリウスは、ベルノン町で、父と親しかった人々から父のことを色々と聞いてみました。

父が真面目で立派な人物だったことや、息子をどんなに愛していたか、マリウスと一諸に暮らせないことでどんなに寂しがっていたかを知りました。

 

このことを知って、マリウスの気持ちは変わっていきました。

 

 

パリへ帰ると、図書館に通ってナポレオン時代の新聞や記録を片端から調べました。

父の名が素晴らしい手柄をたてた軍人としてあちこちに書かれていました。

マリウスは、自分の父が悪人ではなく英雄だったこと、それなのに世にいられず

寂しい生涯を、終えたことに涙を流しました。

 

ついに、マリウスが祖父と衝突するときがきました。

 

「おまえはポンメルシ-とやらの遺書を真に受けて、男爵とやらになつたつもりのようだが、おめでたいことだ。それに、おかしな考えにのぼせているようだな。

おまえの親はこのわしではないか!」

「いいえ、僕の本当の父はポンメルシ-男爵です。フランスのために勇敢に戦った

立派な軍人でした。色々調べて、それが分かったのです。僕のことも心から

愛してくれていた人なのです。」

マリウスのこのきっぱりした言葉を聞いて、ジルノルマン老人は火のようになって怒りました。

「ナポレオンやポンメルシ-の味方をするような、馬鹿者はもうこの家にいるな!

さっさと出ていけ!」

マリウスは、黙って祖父にお辞儀をすると、その前を去りました。

そして、僅かの金と二、三着の衣類だけを持ってパリの町へ向かいました。

 

パリの裏街に住み、大学に通って法律の勉強をはじめました。

しかし、生活の糧(かて)を稼がなければならなかったので出来る仕事は何でもしました。

仕事から、入る金は僅かで生活は、その日のパンにも不自由するほど苦しく

安下宿の薄汚れた部屋で、羊のあばら骨をかじって飢えをしのぐこともありました。

 

マリウスは頑張って勉強を続け、遂に弁護士の資格を取ることが出来ました。

なりたての弁護士には依頼客もなく、生活はやはり楽ではなかったのです。

 

 

アパ-トの家賃も払えなくなり、静かで安い部屋を探し歩き、

ゴルボ-屋敷を見つけ、そこの一室を借りました。

ここは、ジヤンバルジヤンとコゼットが住んでいた古びた大きな屋敷です。

 

マリウスの胸には、父の遺言でワ-テルロ-戦いで重傷を負った父を救ってくれた

(テネルディエ)に恩返しをしてくれるようと息子のマリウスに求めていました。

あれこれ手をつくして探してやっと分かったのは、モンフェルメイュという町で旅館をやっていたが、商売に失敗してどこかへ姿をくらませてしまったということでした。

 

 

そのゴルボ-屋敷は、部屋数が多く、その頃には、幾つかの所帯が住んでいました。

マリウスはゴルボ-屋敷の二階の一室を借りていましたが、隣の部屋にはいかにも

貧乏そうな家族が住んでいました。

彼はその家族と、まともに顔を合わせたことはありませんでしたが管理人の

老婆から部屋代を、払わないので追い出されることを聞きました。

マリウスは、ちとょっと考えてから部屋に入って引き出しの中から、

とっておきの三十フランを取り出し老婆に渡しました。

「この金でその人たちの部屋代を払い、残りはその人たちにあげて下さい。

わたし、からだとは言わないで。」

 

マリウスは、盛り場などへ行くこともなく、人とも、それ程付き合わず、本を読んだり、近くのリュクサンブール公園へ散歩に出るのを日課のようにしていました。

 

その散歩のおりに、公園の中で、老人と若い娘の二人連れに時々出会うことが

ありました。

 

 

老人は六十歳くらいで、頑丈そうなからだつきと、いかめし気な表情には、もとは軍人だったのだろうかと思わせるものがありました。

同時に、どこか寂し気なものがあるのを見てとっていました。

老人に寄り添うように座っているのは、花のように愛らしい十六、七の少女でした。

ゆたかな金髪、美しい額、薔薇色の頬、そして深く青い瞳は大空のように澄んでいました。

 

ときが流れて、冬が過ぎ、春が来ました。

 

マリウスは美しい少女をよそ眼に見るのはいいようもないほど楽しいものでしたが、

少女に、何とか話かけることはできないものかと思うようになりました。

少女の方もマリウスに気がついているらしく、物思うらしい眼差しを向け

マリウスに見られていると気がつくと、(ポ-ッ)と頬を染めることもありました。

 

 

ある日の夕方、マリウスはついに心を決めて公園から出て行く二人の後をつけました。

老人と少女が入っていったのは、パリの中でも寂しい一画(いっかく)にある建物でした。

彼は思い切って、管理人に聞いてみました。

「今ここへ入っていった人たちの部屋はどこですか。」

「四階の、通りに面した部屋ですが。」

「名前は何とおっしゃるのですか?」

「ルブランさんといいます。べつに大金もちではないでしょうが、隣近所の困って

いる人の世話をよくなさる方ですよ。」

そう答えながらも管理人は怪訝そうな表情で、マリウスに聞き返しました。

「あなたは警察の方ですか?」

マリウスはすっかりまごつき、そうそうにその場を立ち去りました。

 

 

次の日もさらに次の日も、二人は公園にあらわれませんでした。

マリウスは、酷く落胆して、ついには、居ても立ってもいられなくなって二人が住んでいる家を尋ねました。

「四階の、あのお年寄りはどうかなさったのですか?」

管理人は

「昨日、引越しましたよ。」

「どこへ引越されたのですか。」

「さあ、それは知りませんね。」

管理人は素っ気なく答え、マリウスの顔をみながら、さらに

「ああ、あなたですね。やはり警察の方でしたね。.」

 

ある朝、マリウスの部屋の扉をノックする者がありました。

 

 

扉をあけてみると、身なりが酷く貧しく瘦せ衰えて、年よりのような顔をしている、

十五、六の少女でした。

「何か用ですか?」

マリウスが聞くと

「わたし、となりのジョンドレットの娘エポニ-です。

父からの手紙を持ってきたんです。」

娘はそう言うと勝手に部屋に入りこみ一通の手紙を差し出しました。

この、娘は、(テナルディエ)の娘ですが、マリウスは知りません。

 

手紙は、家賃の建て替えのお礼と、お金を恵んでほしいとのことで、

マリウスは考えてしまいました。

娘は、テーブルに近づき本が置いてあるので

「あたし、本が読めるのよ。」と、

それまでくもっていた目が急に輝きました。

「書くことだって、できるのよ、あたし!」

そう言うと、ペンをインキつぼにつけ、白い紙に

「イヌがいる」と書き

「あたしだって、小さいとき勉強したんですもの。

もとから今みたいだったわけじゃないのよ、あたしたちだって。」

 

このとき、マリウスはこの娘と妹らしい二人連れとすれ違ったとき、二人が手紙の束を落としたのを拾ったことを思い出しました。

彼は少女に差し出すと、少女は手を叩いて叫びました。

「まあ、それ、方々捜したの、あたしのバカな妹が落としたのよ。これは、いつも教会にくる情け深いお爺さんに渡すの。食事代ぐらい、貰えるかも知れないから。」

 

 

このとき、マリウスは少女が何故自分の所へ来たのかを思い出しました。

彼は自分の全財産、五フランと十六ス-で、自分の食事代に十六ス-をとり

少女に五フラン渡しました。

「まあ、嬉しい!五フラン金貨!これで、みんなで二日は食べられるわ。

ありがとう、本当にありがとう!」

そう言って部屋を出ようとした少女は、戸棚の隅にほこりをかぶって、かちかちになったパンのかけらを見つけると、それにとびつき、いきなりかぶりつきました。

「美味しいわ!堅くって歯がかけそうだけど、でも美味しいわ。」

そう言いながら、少女は出て行きました。

 

マリウスはジョンドレットの娘に会った日から、この一家の暮らしぶりを、

知りたいと思うようになりました。

ふと見ると、隣の部屋との境の壁の天井に隙間があり、直ぐに戸棚の上に這い上がり、隣の部屋を覗いてみました。

目に映(うつ)たのは、獣の穴倉と言った方が相応しい、凄まじい光景でした。

 

 

家具と言えば、足が折れ、わらのはみ出た一脚だけの椅子。壊れかけたテーブル。

そして、がたがたの二つのベッド。その他には何もありませんでした。

傾いたテーブルに向かって、六十ぐらいの、瘦せこけていて顔色は青ざめて、どことなく残忍で、ずるそうな一人の男が腰を降ろしていました。

主人のジョンドレットなのだろう。

薄汚いシャツの袖をまくり上げ、パイプを口にくわえ、しきりに、何か書いています。

貧しい火がちょろちょろ燃えている暖炉の側には、大柄な女がうずくまっています。

身にまとっているのは、やはりおんぼろのシャツとスカ-トです。

ベッドの一つには痩せた少女が(妹)目はあけているけれどもただ、前を向いている

だけでした。

 

このとき、突然、部屋の扉があいて、さっきの娘が入って来て家族に向かって

「来るわよ、ここへ、あの年寄りが。」

ジョンドレットはペンを投げだして聞き返しました。

「ありがてえ!爺さんうまく引っ掛かってくれたぞ!やっぱり頭は使うもんだ。

さあ、水をぶっかけて、暖炉の火を消せ。」

そう言って、自分はベッドのわらを全部出してばらまき、それからげんこつを固めて、窓ガラスを割りました。

ぼんやり立っている女三人に向かって怒鳴り

「人から金を騙しとるには、出来るだけ惨めたらしく見せるのが一番なんだ!」

女房に向かってさらに大きい声で怒鳴り

「さっさと寝るんだ。おまえは重病ってことになってるんだからな。」

 

 

外では雪が降っていて、冷たい風と一諸に雪が舞い込み女三人は消えた暖炉の側に

身を寄せ合って、がたがたと震えていました。

 

「このざまを見りゃ、誰だって金をたんまり弾みたくなるだろう。・・・それにしてもやけに待たせるじゃねぇか。」

こう、つぶやいたとき、こつこつと、扉をノックする音がしました。

ジョンドレットは、はじかれたように戸口に駆け寄り

扉を開けると、うやうやしくお辞儀をしました。

「どうぞ、どうぞ、ようこそ、おいで下さいました。」

老人と少女が入ってきました。

 

 

自分の部屋の隙間から覗いているマリウスは、思わず、(あっ)と声をあげるところでした。

 

《わたしの感想》 ⑦

 

☆ 今回は、マリウスの父の死、父からの遺書を、お手伝いから受け取り

  祖父を問い詰め真実を知ったマリウスは、屋敷を飛び出します。

 

☆ 夜逃げしたテネルディエ一家は借金取りに追われ、

  場末のゴルボ-屋敷に住みます。

  名前もジョンドレットに変えてしまいます。

  モンフェルメイュを、夜逃げしたテナルディエの(娘エポニ-ヌ)は、

  様々な悪事を手伝わされることになります。

 

☆ ジヤンバルジヤンは、やがてフォ-シュルヴァんが老衰で亡くなり、

  修道院を出てパリで新しい生活を営むことにします。

 (ここにいれば、コゼットが修道女になるのには、

  ジャンバルジャンは忍びなく思ってのことです。)

 

 

☆ そして、散歩に出たリュクサンプール公園でマリウスは、

  コゼットに初めて出会いました。

 

次回 ⑧はテナルディエの悪だくみ、遂に冷酷なシャベル刑事も登場します。

    次回を、宜しくお願いいたします。