渡直人の館花紗月への好意的な言動について、前編・中編において考察しました。表面的な言動はともかく、実際には渡直人は館花紗月に根深い好意を抱いており、そして深く信頼していることについて説明しました。しかしながら、これだけ好意や信頼感を抱いているのに、何故、渡直人は館花紗月と恋仲になろうとしないのか?は館花紗月の抱える諸々の謎と併せて本作の大きな謎の一つであろうと考えます。
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今回は、好意的な言動の後編として、この謎について考察したいと思います。
原因及び考察
原因を先に言ってしまうと、
その1:直人は自分の中の館花紗月への好意を意識しないようにしている。
その2:渡直人は館花紗月が自分に対して好意を抱いていないと思い込もうとしている。
であろうと考えられます。
何故か?について説明します。
①6年前の別れの辛さ等によるもの
渡直人の館花紗月に対する基本的なスタンスは、1巻第3話において説明されています。
(館花紗月への想いを振り払う渡直人)ホームセンターでの買い出しを終えて帰宅した渡直人を館花紗月は「直くん、お帰り」と微笑みながら出迎えます。その時、渡直人は一瞬、6年前に初恋を抱いていた頃の彼女を思い出して動転しています。デート楽しかった?と問われて何故か言い訳をし、そして「私と直くんとデートしたいな」という館花紗月の台詞にまたも動転しています。館花紗月にドキドキしまくりです。館花紗月が「なんてね」と冗談にしてくれたので何とか自分を立て直し、以下のように述懐しています。
ア:「危ない。妙な感傷に引きずられることろだった。」
イ:「そうだ、もう紗月に 何 言われても 何 されても 絶対踊らされるものか。」
ウ:「もう、あんな思いは二度とごめんだ。
ア、イ、ウそれぞれの台詞について考察します。
アは、気を抜くと館花紗月の好意が渡直人の中で頭をもたげてしまうということなのでしょう。それを彼は警戒し、自分の好意を抑え込もうとしています。
イは、どのようなアプローチを館花紗月から受けようとも、それを好意と受け取らないとの決意です。
ウは、ア及びイの動機です。1巻第2話、3巻第3話、4巻第2話で言及されていることですが、渡直人は6年前は館花紗月に恋心を抱いており、そして館花紗月も渡直人に好意を抱いてくれていると思っていました。
(幼き日の想い)しかしながら館花紗月が畑荒らしを起こし、それ以来姿を消してしまったため、館花紗月が渡直人に好意を抱いていたというのは彼の勘違いだった、すなわち彼は失恋してしまったということに傷ついてしまい、そして何より、初恋の相手にもう会えなくなってしまったという深い悲しみも味わってしまいました。その悲しみは6年の間、癒えることはありませんでした。失恋の辛さと想いを寄せた相手に会えなくなった悲しみ、それは渡直人にとって相当に大きなものだったのでしょう。その痛みを彼はもう二度と味わいたくないのです。
1巻第4話で渡直人は館花紗月に何かを聞こうとしますが、やめてしまいます。この時はおそらく6年前の好意の有無を聞こうとしたのではないでしょうか。聞くのをやめてしまった理由は、おそらくは館花紗月に好意を抱かないようにすることで保たれている彼の心的安定を守るためだったのではないでしょうか。もし、館花紗月が6年前に彼を好きだったと答えようものなら、結果的に渡直人が館花紗月を拒む理由は消失し、それとともに大きな不安とも直面しなければならないでしょうから。
また、渡直人はおそらく「振られた」ことや突然居なくなってしまったことに対する抗議の気持ちも抱いていたのでしょう。それらの気持ちが1巻から2巻にかけて、館花紗月を畑荒らし呼ばわりするなどの高圧的な態度を取らせたのではないでしょうか。
②館花紗月がいつか居なくなる不安
渡直人が館花紗月を受け入れない理由は、6年前の痛みをもう二度と味わいたくないためであり、それはすなわち別れがまた繰り返されることを彼が予感しているからでしょう。「渡直人の不安➡︎前編、後編」でも述べた通り、渡直人は館花紗月がまた目の前から姿を消してしまうことの予感を抱いています。
(渡直人の不安)いつか館花紗月が居なくなってしまうとの予感、そして不安を抱き続けているからこそ、彼女が居なくなってしまった時の心の痛みを味わいたくないため、渡直人は館花紗月への好意を認識せず、また、彼女からのアプローチも受け取ることが出来ないのでしょう。
現状、そしてまとめ
4巻第2話において、渡直人は畑荒らしについては怒っていなかったこと、そして館花紗月と会えなくなってしまったことが悲しかったと告白しました。それとともに振られたことなどに対する抗議の意も消失してしまったのでしょう。また、4巻第4話においては、彼の方から館花紗月に対し、家族が心配しないなら彼が心配すると叫び、また今後も関わりを持って欲しいと頼みました。その結果、彼は館花紗月に抱いている好意を朧げながら意識するようになりました。以後、2人は交際には至らないまでも関係は良好なものとなり、MEI MEI飯店での会話のように、仲睦まじい様子も見せるようになりました。しかしながら、その反面、館花紗月に対する不安もより大きく感じるようになったのではないどしょうか。そのため、5巻第3話のような、完全に冷静さを失った行動を取ってしまったのではないかと考えます。
渡直人が館花紗月に抱いている本来の好意は相当に大きなものなのでしょう。しかし、好意が大きいが故に、彼女がいつか去ってしまうことに対する不安も大きいのでしょう。その不安を封じるために彼自身の抱いている館花紗月への好意を封じざるを得ず、そして館花紗月の好意を意識しないようにせざるを得ないのでしょう。想いが大きいからこその悲劇と言えるのではないでしょうか。
いつか、渡直人は館花紗月の好意を認識するのでしょう。館花紗月が必死に彼に示してきた好意を。その時、彼はまさに今までの日常が完全に崩壊する程の衝撃を受けるのでしょう。
渡直人が館花紗月の好意を理解した時、彼女が彼の手の届く場所に居ることを願わずにはいられません。