志望校を決めたらやることはひたすら受験勉強。
ちなみに現地校のみを卒業する娘の場合(ここでは日本の中学には通わず現地校の9th gradeを修了するという意味。わかりにくくてすみません)、志望校を受けるには一般受験(国語、数学、英語、面接)のみ。
これがもし日本人学校卒業なら推薦試験にもトライできたのだけど、海外の現地校出身者は一般のみ。一般しかないって緊張するよね。
本人の思いは抜きにして、逆に主人も私もココが気に入った。雑に言えば英語だけができている生徒は要らんっていう学校ってことだよねって勝手に解釈して、更に好きになりました。
さて、学習についてだが、娘は日本でいうところの中2の2月頃から本格的に受験勉強の為のオンライン家庭教師を始めた。この頃は志望校は決まっていなかったが、帰国後の高校生活を見据えて本人の希望でスタートした。
娘に合う先生とスムーズに出会えるのか、、ここに時間をかけなくてはいけないのだが、、焦っちゃうじゃない??
良い先生だなと思っても時差が合わないとか、他の生徒さんで埋まってしまったとか、私には好印象でも本人はイマイチとかさ、なんかさ色々焦っちゃうのよねぇ。
・国語の先生
→受験するエリアのベテラン先生。塾経営の第一線を退き現在はオンラインのみでマイペースに先生をされている。
私の母より少し若い世代だが心は完全に20代!! 人生経験がユーモア溢れる豊かな先生で娘は雑談をたくさんさせていただいていた。同時に受験英語も見てもらえることに。
・数学の先生
→受験するエリアとは関わりが無いが、帰国子女を多く教えてきた30代の先生。明るくシャキシャキとした方で話しやすい。関西の有名付属校の数学教師をされていて入試の面接も面接官として何度も経験されていたそうで、後半は面接練習も細かく指導してくださった。
どちらの先生も臨機応変にスケジュールや内容を対応していただき、時には私にも温かいお言葉や励ましをくださり、本当に心強いパートナーって感じだった。素敵な出会いに感謝しかない。
そんな訳で素敵な二人の先生に約一年指導をしていただいた。
自分で何をするかを決めるのが苦手な娘は、『先生に今の自分に必要な課題を宿題で出してもらったら、ひたすらそれを信じてやります。』と最初に伝えていた。かっちょええやん
当時の娘っこは現地校にしか通っておらず(補習校は中2の途中で退学)、日本の学習は何もしていない状態だったが、小6までは日本で普通に教育を受けていて割と学校の勉強は完璧な人だったというのと、何より幼少期からの本との関わりが相当効いていた感じで、国語が激ムズの一般受験に挑むことができたのかな…と振り返ると実感する。ハズい程に勘違いだったらすまん
志望校を決めた夏からは、英語は志望校よりハイレベルな問題集を解きまくり、何しろ難しいことで有名な国語は過去問を12年分解いたり、抜けまくっている古典と漢字強化の為に古典ワークと漢検問題集を苦しみながら解いたり、数学は途中で学んでいなかった単元が見つかりややパニックになりつつも、先生を信じて取り組んでいた姿が印象的だった。
同時に現地校の課題にも追われ、9年生を半分の時間で一年分の全単位を取り、更に試験を受けなくてはいけなかったからさ、、、
もう何度も何度もうなだれたりシクシク泣き始めたり勝手に絶望の底へ落ちていったりしながら、やることから逃げる恐怖に勝てない彼女らしく必死に全ての課題をクリアしていた。
精神面を支えるのは私の仕事とはいえ、たまに油断しちゃってさ同じ感情の土俵に立って感情ハッスルして、そのあと大後悔と反省して、また勝手に大相撲とって励ましたり共感したり謝ったりしてさ、、
もう多忙よ。感情の多忙!
でもさ、受かっても落ちてもどっちでもいいんじゃないって思いながら応援するのっていいよね。
だって学校生活を送るのは本人で、私じゃないからさ。気楽だよね。おい、親。
わたくしは、上の子に続き地獄の書類集めの日々っすわ…
高校の方が大変だった。なんというか、義務教育課程にあるって色々大変なのかな、書類とか、、ってまた勝手に解釈してた。
・日本の中1〜3に該当する成績証明書
→中3はアメリカでは高校1年にあたるから、中1,2の分を発行してくれる学校と違う為、あっちこっちでやり取りしていて(しかも英語)頭がおかしくなりそうだった。つーか、おかしくなってた。いつもだけど。
・卒業証明書(アメリカ中学分)、卒業見込み証明書(アメリカ高校分)
→これも大変で、アメリカは高校卒業まで義務教育だから中学で卒業証明書的なものを発行してもらう機会がない。だからこちらでフォーマットを作成して、これを使ってくれてもいいし似たように作ってくれてもいいし、、って説明して書類を発行してもらった。
逆に高校の方は既に上の子で似たような書類を発行してもらっていたらスムーズにいけた!!
・中学、高校の必要出席日数が記載された公式な何か
→これはそのまんまをカウンセラーに伝えた。そしたら、スクールプロフィールや出席についてのルールが書かれている文書を用意してくれた
・娘の欠席とその理由、また成績証明書が正しいものかどうかの証明
→これも頭悩ませ案件で、娘の学校は欠席1日とかいう表示以外にも0.3日とか記載があってさ、「小数点ってなんだよ。」と無能かーさんはテンテンテンマル状態だった。多分、遅刻早退もまとめて欠席欄に表示しているから小数点が登場するのだろうね。
とにかく何もかも全部一回学校カウンセラーの皆さまに説明していただき、で、それを英語で書類に書き起こして、欠席や早退の理由も書いて、ついでに娘が学校に入学した日から退学する日までを載せ、住所載せ、、、、成績に間違いないです一文を入れ、校長の直筆サインと学校印を押してもらった書類を作った
そう、全ての書類に、校長の直筆サインと学校印(エンボス)を必ず押してもらった。
あと、こちらが用意したフォーマットを使う際には、「レターヘッドを入れてくれぃい!」とお願いした。
そして、厳封でとお願いした。
思いつく全てをお願いしまくったの巻。
どうだろう。書類の依頼をスタートさせ、数々の訂正を繰り返しながら、クリスマス休暇をまたいで受け取るまでに約3ヶ月くらいかかったのではないかな。
どのタイミングでメールしようかな、プラス電話もしようかな、私の英文じゃ通じなかったかな、、といつも気が張ってたな。
そして無事に日本へ書類を発送し、受け入れてくれる高校側へも連絡を入れ、相変わらずのトラッキング確認ストーキングをして、、、
学校側がサインをして受け取りました通知を受け取った瞬間、わたくしはエレンだった。←やかましいわ
自由だぁぁぁぁぁぁぁぁ(※半分くらいの自由。いつ書類の問い合わせがくるか、しばらく緊張の日々)
この後、担当の先生から書類を無事に受け取りました。気をつけて日本へ帰ってきてくださいね等の温かいメッセージをいただき、私は本当に束の間の休息タイムを過ごしました。
そして、ホントに束の間だった。多分15分くらい。イメージね。
なぜなら同時進行で帰国準備もしていたからさ。辛いぜよ。
日本の高校へひとまず無事に書類を発送した帰り道
ホッとした気持ち、やり切った気持ち、まだ何かるかも不安、現地校のカウンセラーや先生方への感謝を思いながら「明日は雨かな。」と眺めた空
つづく








