昨日も晴れ

  今日も朝

     ひばり倶楽部


 



  



  早朝の清々しい朝


  空気も美味い、濃厚な珈琲も美味い


  そして、、美味い紫煙の中の


  早朝の眼から鱗と、錆落としの


  田中教授のお便りを

  まったりと!




編集部からのお知らせ //

戦後日本の占領政策は、
マッカーサー率いるGHQに
よって実施された……

今でも日本の戦後史は、
多くの人々によってそう
信じられています。

ですが、そんな日本の戦後史が
がらっと変わる発見がありました。

太平洋戦争から50年が
経過したあるとき、

米国国立公文書館から、
日本の戦後を “計画” したある組織の、
極秘文書が見つかったのです。



↓↓
詳細を見る

*****

こんにちは。
ダイレクト出版の木本です。

いつも夕刊メルマガをお読みいただき
ありがとうございます。

本日は明治以前と以後で、
まったく意味の変わってしまった
単語の存在についてお話します。

その単語とは……
「自由」です。

今は良い意味で使われるこの単語ですが、
田中英道教授によると明治以前には全く違う意味で
使われていたというのです。

いったいどういうことなのでしょうか?

本日のメルマガでは、
東北大学の名誉教授・田中英道教授に、

自由という言葉が持つ本来の意味を
解説していただきました。

それでは、どうぞご覧ください。

******

From 東北大学名誉教授 田中英道



「日本の自由と西洋の自由はまったく違うこと」
そして、「日本人には西洋の自由はまったく必要がないこと」を、
整理していきたいと思います。

西洋の「自由」は好ましく、良いもの

リベラル、リベラリズムのもとである、
「リバティ」と「フリーダム」が、
日本語でいう「自由」にあたります。

もちろん、西洋の言葉で、
両方ともだいたい同じような意味を
持っていますが、

問題はこれらの言葉が
与える印象、ニュアンスです。

フリーダムの形容詞形「フリー」は、
古英語の「フレオ」、
古インドヨーロッパの「フリジョス」、
ドイツ語の「フリアス」
などと、関係を持っています。

そして、これらは皆
「良いことである」
という意味を含んでいます。

「愛する」とか「好む」とか、
そういう意味合いがあるのです。

〜中略〜

したがって、西洋で自由と言えばまず、
好ましく、良いものとして解釈されます。

では、日本では
どうだったのでしょうか?

日本では「自由」は肯定的な言葉ではなかった

日本では古来、「自由」という言葉は
あまり使われてきませんでした。

なぜなら、自由という言葉は、
あまり良い意味ではなかったからです。

自由が、リバティやフリーダムの訳語として、
一般に使われ始めたのは明治以降です。

この「自由」という言葉が日本で古来、
どのように使われてきたかと言えば、
「わがまま」という意味で使われてきました。

「西洋」と違って、
かえって否定的に
使われてきたのです。

古いものでは、平安時代にまとめられた
『続日本紀 (しょくにほんぎ) 』 (797年成立) に、
自由という言葉が見えますが、

「わがままだ」「勝手だ」「放蕩だ」
という意味で使われているのです。

『徒然草』 (吉田兼好、14世紀成立) の
第60段には、

《よろず自由にして、
おおかた人に従うことなし》

という一節があります。

「勝手なことをやって人に従わない」
ということで、良い意味ではありません。

〜中略〜

自由が日本であまり語られてこなかったのは、
日本人には、自由などは自明のものとしてあり、
わざわざ語る必要がなかったからです。

日本では、自由は人間すべてに
もともと備わっているもの、
かえって抑えたほうがよいくらいのものだったのです。

(参考文献 田中英道、
『日本人にリベラリズムは必要ない~リベラルという破壊思想』、
KKベストセラーズ、p.188-p.191 )