映画『エアフォース・ワン』 | 春田蘭丸のブログ

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 ソビエト連邦共和国復活を目論むロシアの狂信的テロリスト集団にハイジャックされたアメリカ大統領専用機。通称エアフォース・ワン。その機内での攻防が軸に描かれた本作。大統領を演じる主人公はハリソン・フォード。ハイジャックから脱出ポッドで自分だけ逃げたと見せかけて実は機内に潜伏。テロリスト達と俄然と闘う正義感の強い存在だ。
 地上波で放送されたのを録画してあった本作。その事前情報に大味でありきたりなサスペンス・アクション物をイメージ。期待値低めで見始めたのは正直なところだ。
 しかし思いの外これが良い。
 確かに観る前にイメージした通りのサスペンス・アクションだ。大味といえば大味。又これも予想通り。突出した個性や新鮮味はない。
 それでも本作は良い。最初から最後まで観る側を惹きつける妙な力があるのだ。ありきたりの部類のなかでは最上級と感じさせる。
 特にテロリストのリーダーを演じるゲイリー・オールドマン。粘着質な狂気を滲ませた非道な男を艶っぽく演じ切っている。悪役がしっかり不気味で怖いので、いつ殺されるとも知れぬ、死と隣り合わせの乗客の恐怖がビビットに伝わってくるのだ。
 実際こちらの要求に時間稼ぎをしようとするホワイトハウスの対応に、まず大統領補佐官を射殺。更には機底に潜伏中の大統領をおびき出すために女性である報道官も。
 男女の見境もなく見せしめに乗客を殺してゆくゲイリー・オールドマン。その冷酷な残忍性が物語の緊張感に大いに貢献していた。
 短絡的で時代錯誤な主義主張で血生臭く暴走するその存在。ふとプーチンの面影を重ねもした。さすが名優ゲイリー・オールドマン。そんな現代の社会情勢も重ねたくなる暗愚なリアリティを静かなギラつきと共に色濃く放っていたのだ。
 そう、本作が製作されたのは1997年。年代的に当然そんな筈はないと承知しつつ、しかしプーチンを参考にキャラクター造形したのでは?……と思わず錯覚しそうになるほど。その愚かな思想性は完全これプーチン。更にそのキャラクターも、特に爬虫類を思わせる不気味な目つきはプーチンそのものだ。相対的に大統領がなおさら、硬骨漢に見えてしまう。更にはアメリカが惑うことなく正義の国と勘違いしそうになる。ウクライナに侵略戦争を仕掛けるロシアを見ているとアメリカに期待を寄せたくなるのにも似た、ゲイリー・オールドマンも又、悪の存在感を強烈に放っていた。
 そんな悪役に対して幾分存在感が薄らぐ面は否めないが主人公の大統領も悪くはない。これも又、さすが名優ハリソン・フォード。相変わらず燻し銀だ。
 大統領としての自分の立場は十分承知。しかし一私人としての正義感。更には愛する妻と娘を前にした夫ならびに父親としての情。要は大統領の責任を全うするために非情に徹し切ることが出来ない。そんな人間臭い葛藤と苦悩を己れの立場や責任とせめぎ合わせながらテロリスト達に対峙する大統領の言動、立ち振る舞いも又、内容をタイトに引き締めていた。
 人質を間に挟んだゲイリー・オールドマンとホワイトハウスとの要所々々での交渉もスリリング。更には国の威信を守るために大統領を見殺しにするか否か、賛否が分かれるホワイトハウス内での議論、駆け引きも又、そのクライマックスを盛り上げる。
 そして本作は何気に特撮も良い。特に空中撮影が見事。飛行中にハイジャックされた舞台設定の臨場感をど迫力の特撮がいや増していた。
 監督は『Uボート』や『ネバー・エンディング・ストーリー』でもお馴染みウォルフガング・ピーターゼン。僕のなかでは当たり外れが激しいイメージの監督だが、本作は傑作とまでは行かないが迷いなく当たり。俳優はもちろん良い。そして構成と演出の妙、更にさり気なく特撮の迫力も加味されたバランスの取れた逸品だ。ありきたりの舞台設定で最後まで退屈させない佳作だった。