boy meets girlの夢から覚めよう。 | 春田蘭丸のブログ

春田蘭丸のブログ

願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 ふと我に返る。
 気づけば奇妙な街角に佇んでいる。
 一体ここはどこだろう?
 まず色がない。モノトーンの世界だ。
 そして立体感の奪われた二次元の世界でもある。
 作者は上條淳士だろうか?
 それとも江口寿史だろうか?
 いや、上條淳士からも江口寿史からも影響を受けた、そしてその影響を上手く融合させた新たな若手の才能が描いた気もする。
 いずれにせよ僕が今佇んでいるのはお洒落テイストで描かれたイラストレーションの街。しかし行き交う人たちに動きがあるので、あるいは色のないアニメーションの街と呼ぶべきかもしれない。
 途方に暮れた僕の前をアニメーションの人物たちが行き交っている。これも又、上條淳士や江口寿史が描きそうな、あるいは上條淳士や江口寿史から影響を受けた新たな存在が描きそうな垢抜けたboys&girlsばかり。生活臭が払拭された顔。青春を謳歌した顔。生き生きと端正な顔。明るく瑞々しい顔。鬱屈とは無縁の顔。正の顔。陽の顔。翳りなき笑顔。透き通る顔。
 とにかく美しい顔。
 顔、顔、顔……。
 行き交うboys&girls皆そんな顔ばかりだ。
 セロリを齧りながら歩いてゆく少年。
 りんごを手に玩びながら、すれ違いざまセロリ少年にウインクする少女。
 そうか。あるいはここはイラストレーションで描かれた東京の街なのかもしれない。田舎者の僕には断言は出来ない。しかし僕の前に今八十年代風の佇まいで燦然と輝く、あるいはあれが伝説の摩天楼、渋谷パルコなのかもしれない。
 十代の頃の僕が憧れ止まなかった、しかし暗くてダサい僕には高嶺の世界だった、あのどこまでも豊かで、どこまでも明るく弾けた、あぁ夢の大都会、東京だ!
「……わたし、なんだか怖いわ……」
 さっきから僕の傍らに寄り添うように佇んでいた女がそう言って僕の手を強く握ってくる。か細く震える声。心底から怯えきっている印象だ。
 ぎゅっと僕の手を握りしめたその女。改めてよく見れば、彼女は近所のスーパーマーケットでよく見かける、レジ打ちの仕事に従事しているあの人だ。年ごろは僕と同世代か。普段はどこにでもいる年相応のおばさん。しかし今はセンスの良いイラスト調。垢抜けたお洒落な女性に変貌を遂げている。顔立ちやスタイルはいつものおばさん。しかしイラストに再構築されて妙に色っぽいのだ。普段は剣の感じさせる暗い狐目。それが今は切れ長の涼しげな印象を与える。着ている服もデザイナーズ・ブランドって感じ。上品なワンピース姿。それは糸くずまみれの普段の服装とは程遠い。すっかり見違えて、思わず惚れてしまいそうだ。あるいは今の僕も彼女と同じようなイラストで描かれたお洒落で垢抜けた印象に様変わっているのかもしれない。しかし女が自分の変貌に上手く馴染めず、周囲の情報量の多さにも圧倒されて、すっかり怯えた印象なように、僕も又、途惑いと違和感ばかり先立ってしまう。せっかく夢の東京を訪れることが出来たのだ。もう少しここに留まって見物をしたい気持ちもどこかである。お洒落で垢抜けた男に変貌を遂げた自分に酔い痴れたい気持ちもある。しかし、やはり元の世界に僕は戻らねばならないのだ。僕にすがるように寄り添う、この女も又、地味で垢抜けないレジ打ちの女、つまり本来の自分に戻りたがっている筈だ。
「戻ろう。元の世界へ!」
 僕は女の手を握り返して、女に、そして自身にも言い聞かせるように言った。しかし元の世界へ戻るには、この世界を終わらせねばならない。この世界を終わらせるその為には、魑魅魍魎が集結する日比谷野外音楽堂でライブを今から開く、見目麗しい少年をその歌声と共に葬らねばならない。なぜかそんな気がした。
「行こう!」と僕は女を促す。
 僕の言葉に頷く女。その顔は明らかに若返って今は十代。眼差しがクールに大人びた、しかし十五、六歳の美少女だ。恐らく今の僕もイラストで描かれたそんな少年に様変わっているのだろう。
 boy meets girl
 僕たちはここで出逢った。そして僕たちの青春の冒険が始まる。そう、僕たちはboy meets girlの夢を終わらせ、元の世界へ戻る為に、今から一人の少年を殺しにゆかねばならないのだ。
 夢は終わった
 とっくに終わった。
 現実逃避の夢から覚めて、僕たちは元の日常へ戻ろう。
 という夢を見た。