働かざる身も食う秋刀魚。 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 働かざる者は食うべからず……って、
 昔の人は
 随分これ残酷な格言を後世に遺したものだ。

 働かざる者
 食うべからず。……うん。ほんと、
 身につまされる耳に痛い言葉です。
 でも働かざる身が今宵食べているのは秋刀魚。
 おまけに麦酒まで飲んで生意気に、
 そう、働かざる身が今。……

 そりゃ秋刀魚とて仲間たちと一緒に
 今も自由に海原を泳いでいたかっただろうに。
 せめて食としてその身を捧げるならば
 ちゃんと社会に出てまっとうに、
 世の中に役立つ仕事に勤しんでいる人たちに食べられたかったろうに。

 それを、
 なんだこの男は!
 つまらなそうに眉間に皺を寄せやがって!
 無駄に俺の大事な腸を
 ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ大根おろしに掻き混ぜやがって!
 不味いのか?
 俺はそんなに不味いのか?
 勿体ぶってつまらなそうに、
 そうして不味そうに、
 俺の愛しい身を箸で無意味につつくんじゃない!
 この薄ぼんやりの、
 働くこともままならぬ役立たずの分際が!
 お前のような働く気力もない無能な輩が飯喰うな!
 さっさと餓死してこの世から消え失せろ!
 あ! またコップに麦酒を注ぎ足しやがって!
 なんて恥知らずな奴なんだ!
 あぁ胸くそ悪い顔も見たくない!
 死ね死ね死ね死ね! お前なんか死んぢまえ!

 あぁ焼かれて哀しい秋刀魚よ秋刀魚、
 僕は別にきみのことを
 不味そうに食べているつもりはないのですが、
 この益体なき身にその身を捧げてくれて、
 きみには本当に感謝しているのですが、
 でも思いつめたこの陰気な面構えは
 この顔にすっかり馴染んで板についてしまっているから
 今更もうどうしようもないのです。
 それに気持ちがすぐれず鬱屈しているので、
 どうしても心底から美味しくきみを食べることが出来ないのは
 つくづく申し訳ない次第です。
 それと確かに働かざる身が
 麦酒まで飲むのは生意気ですよね。
 でも世知辛い世の中に委縮した心の慰みに
 やはりアルコールが欠かせない僕なのです。

 食卓でひとり秋刀魚つつきながら
 あぁ僕は誰に対して言いわけをしているのだろう?

 働かざる者
 食うべからず。……って、うるせーよ。
 働かぬ身も食わねばならぬのだ。
 今更この弱き身で生きていたいわけでもないと嘯けど、
 でも実は生きていたいのだ。
 生きることイコール
 世間に生き恥を曝すことにしか結びつかぬ生だとしても、
 人様に助けられて、
 施しを受けて、
 迷惑をかけて、
 蔑まれても尚こんな風に生きていたいのだ。
 生き生きて、
 空腹を覚えればやっぱり飯が食べたいのだ。
 こんな風に夕食にひとり秋刀魚を喰らい、
 だらしなく酔いに逃れながら、
 とりとめもない物思いに耽っていたいのだ。

 あぁ後ろめたさが苦いその腸よ、
 うらぶれた身に塩っぱいその身よ、
 あぁ秋刀魚よ秋刀魚、
 要するに生きているうちは生きていることしか出来ないのだから、
 その苦さと塩っぱさを噛み締めながら、
 やっぱり僕も生きるとしよう。

(二十代半ば頃の自作より)。