第6章 雪の密室にて
時刻は一一時を過ぎた。
酒宴の席はますます盛り上がっていったが、さすがにその頃になると昨日劇場公演を終えて早朝から列車、バスと乗り継ぎこの辺鄙な田舎の集落にやってきた碧依は疲れがどっと来るのを感じていた。
瞼も既に重く、婚礼の儀も終わったしこれ以上することもないと思った碧依はそろそろ千鶴に声をかけ、家で休ませてもらえるよう言おうとしたのだった。
ところが。
「皆さん、ご存じの通り今夜は村のしきたり通り婚礼の儀に招待された客はみんなこちらのお屋敷に泊めて頂くことになっておる。東京の方はご存じないようだから、念のためにいったがの。ささ、今夜は無礼講。東京の方もごゆっくり騒ぐなり、食べるなりご自由にお楽しみ下され」
好色酒乱の村長がそう言ったものだから、碧依はさらに辟易した。
(そんなしきたり知ったこっちゃないわ!)
と、つっこみを心の中でまたしても入れる碧依だが、もはやだんだん元気もなくなってくる。
(そういえば、千鶴はどこへ?さっきから姿がみえないような・・・)
碧依のこの夜の記憶はそこで途切れる。
もはや、体力的に限界だったのである。
後で聞いたところによると、突然碧依が御馳走の前で音を立てて倒れ伏したのでちょっとした騒ぎになっていたらしい。
そこを千鶴が、あおちゃんは東京から朝早くから来てて疲れてたんです、とフォローしてくれたものらしく、だから碧依は奥の間で布団を敷かれて一一時半前には休ませてもらえたらしい。
ちなみに婚礼の儀はその夜をまたいで深夜二時ごろまで馬鹿騒ぎした挙句解散。当の新朗新婦は一二時には離れの寝床に引き上げたというのだから、深夜までお座敷で主役不在の中いい齢こいたご老人たちが騒いでいたということになる。
そして、翌朝八時を過ぎた頃だ。
碧依はまだまだ疲れが完全には取れていなかったものの、その朝即ち二〇〇五年一二月三一日大晦日を見知らぬ土地の見知らぬ畳の上で目覚めたのだった。
しかも、けして目覚めのよい自然な起き方などではなく、けたたましい女の悲鳴に驚いて、である。
「いやあああああ」
多分その叫び声の主は昌子だったと思う。
村でその年頃の中年女といえば、昌太郎の母昌子しか知らないというのも当然あったからだが。
碧依は今日こそ千鶴を東京のみんなのところへ戻るよう説得するつもりでいたのだが、その悲鳴を聞いた瞬間ひとまずそのことは頭から飛んで行ったのだった。
(これはただならぬ予感だぞ。もし何か事件が起きたなら警察が来る前に現場をみておかないと)
碧依はミステリ好きの血が騒ぎ、重い瞼と重い腰を上げ、声のするほうへ急行することにした。
とはいえ、昨日初めて足を踏み入れたばかりの屋敷である。
一体どこへ行けば、悲鳴がした場所へ駆けつけることができるのか皆目見当がつかない碧依であった。
しかし、兎に角碧依は他の者に見とがめられないように注意しながらも、声のする方向を探り探り追っていった。
そして、ついに見つけたのである。
そこは、新朗新婦が昨夜一二時ごろに引き上げていった離れであった。
折しも雪が降り積もっており(いつのまに雪なんて降っていたんだ?)、離れへと続く道には三つの足跡しかなかった。
(まるで横溝の「本陣殺人事件」のようだ)
昨夜から婚礼の儀と聞いて少なからずそのことを頭に浮かべていた碧依であったが、まさかここまであの状況とうりふたつの状況になるとは。
さらに目を細めてみると、碧依はよろよろと離れの前で倒れ伏している昌子を発見した。
これはいよいよ何事かあのなかで起きたに違いないと悟った碧依は昌子のそばに急いで駆け寄り、おばさん、おばさん、と声をかけた。
すると、幸いにも昌子には何事も起きていなかったようで、よろよろと力ない様子ながらも碧依の姿に気がつくやはっと驚いた顔になり、
「あら、あなたは確か東京の・・・」
「おばさん、この中で一体何が起きていたんですか?」
「え?この中で何が起きたかですって!ああ!」
そこで昌子は急に思い出したのか、頭を抱えて、
「その中をみちゃだめよ。その中には・・・ああ!」
碧依はそんな昌子の制止を振り切り、急いで離れの中を覗くことに。
そこで碧依がみたものはしかし、世にも恐ろしい地獄絵図だったのだ。
離れの中央に紋付き袴姿の男が倒れ伏している。
男は勿論いうまでもなく新朗の昌太郎である。
男の胸には日本刀が深々と突き刺さっており、既に絶命しているようだ。
そして、その横には昨夜新婦が来ていた白無垢の衣装が寄り添うように置かれていた。
しかし、そこにはそれ以上何もなかった。
つまり、昨日一二時ごろに二人で引き揚げたはずなのに、当の世にも美しい新婦の姿だけが忽然と姿を消していたのである。