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ハリーのピグとか小説とかいろいろブログ

ハリ―が小説を書いたり、ピグでの思い出を記録するブログです。よかったら読んで下さい。

第6章 雪の密室にて




時刻は一一時を過ぎた。

酒宴の席はますます盛り上がっていったが、さすがにその頃になると昨日劇場公演を終えて早朝から列車、バスと乗り継ぎこの辺鄙な田舎の集落にやってきた碧依は疲れがどっと来るのを感じていた。

瞼も既に重く、婚礼の儀も終わったしこれ以上することもないと思った碧依はそろそろ千鶴に声をかけ、家で休ませてもらえるよう言おうとしたのだった。

ところが。



「皆さん、ご存じの通り今夜は村のしきたり通り婚礼の儀に招待された客はみんなこちらのお屋敷に泊めて頂くことになっておる。東京の方はご存じないようだから、念のためにいったがの。ささ、今夜は無礼講。東京の方もごゆっくり騒ぐなり、食べるなりご自由にお楽しみ下され」



好色酒乱の村長がそう言ったものだから、碧依はさらに辟易した。





(そんなしきたり知ったこっちゃないわ!)



と、つっこみを心の中でまたしても入れる碧依だが、もはやだんだん元気もなくなってくる。



(そういえば、千鶴はどこへ?さっきから姿がみえないような・・・)



碧依のこの夜の記憶はそこで途切れる。

もはや、体力的に限界だったのである。

後で聞いたところによると、突然碧依が御馳走の前で音を立てて倒れ伏したのでちょっとした騒ぎになっていたらしい。

そこを千鶴が、あおちゃんは東京から朝早くから来てて疲れてたんです、とフォローしてくれたものらしく、だから碧依は奥の間で布団を敷かれて一一時半前には休ませてもらえたらしい。




ちなみに婚礼の儀はその夜をまたいで深夜二時ごろまで馬鹿騒ぎした挙句解散。当の新朗新婦は一二時には離れの寝床に引き上げたというのだから、深夜までお座敷で主役不在の中いい齢こいたご老人たちが騒いでいたということになる。




そして、翌朝八時を過ぎた頃だ。

碧依はまだまだ疲れが完全には取れていなかったものの、その朝即ち二〇〇五年一二月三一日大晦日を見知らぬ土地の見知らぬ畳の上で目覚めたのだった。

しかも、けして目覚めのよい自然な起き方などではなく、けたたましい女の悲鳴に驚いて、である。





「いやあああああ」



多分その叫び声の主は昌子だったと思う。

村でその年頃の中年女といえば、昌太郎の母昌子しか知らないというのも当然あったからだが。

碧依は今日こそ千鶴を東京のみんなのところへ戻るよう説得するつもりでいたのだが、その悲鳴を聞いた瞬間ひとまずそのことは頭から飛んで行ったのだった。





(これはただならぬ予感だぞ。もし何か事件が起きたなら警察が来る前に現場をみておかないと)





碧依はミステリ好きの血が騒ぎ、重い瞼と重い腰を上げ、声のするほうへ急行することにした。

とはいえ、昨日初めて足を踏み入れたばかりの屋敷である。

一体どこへ行けば、悲鳴がした場所へ駆けつけることができるのか皆目見当がつかない碧依であった。

しかし、兎に角碧依は他の者に見とがめられないように注意しながらも、声のする方向を探り探り追っていった。




そして、ついに見つけたのである。

そこは、新朗新婦が昨夜一二時ごろに引き上げていった離れであった。

折しも雪が降り積もっており(いつのまに雪なんて降っていたんだ?)、離れへと続く道には三つの足跡しかなかった。





(まるで横溝の「本陣殺人事件」のようだ)





昨夜から婚礼の儀と聞いて少なからずそのことを頭に浮かべていた碧依であったが、まさかここまであの状況とうりふたつの状況になるとは。

さらに目を細めてみると、碧依はよろよろと離れの前で倒れ伏している昌子を発見した。

これはいよいよ何事かあのなかで起きたに違いないと悟った碧依は昌子のそばに急いで駆け寄り、おばさん、おばさん、と声をかけた。

すると、幸いにも昌子には何事も起きていなかったようで、よろよろと力ない様子ながらも碧依の姿に気がつくやはっと驚いた顔になり、



「あら、あなたは確か東京の・・・」



「おばさん、この中で一体何が起きていたんですか?」



「え?この中で何が起きたかですって!ああ!」



そこで昌子は急に思い出したのか、頭を抱えて、



「その中をみちゃだめよ。その中には・・・ああ!」



碧依はそんな昌子の制止を振り切り、急いで離れの中を覗くことに。




そこで碧依がみたものはしかし、世にも恐ろしい地獄絵図だったのだ。




離れの中央に紋付き袴姿の男が倒れ伏している。

男は勿論いうまでもなく新朗の昌太郎である。

男の胸には日本刀が深々と突き刺さっており、既に絶命しているようだ。




そして、その横には昨夜新婦が来ていた白無垢の衣装が寄り添うように置かれていた。

しかし、そこにはそれ以上何もなかった。

つまり、昨日一二時ごろに二人で引き揚げたはずなのに、当の世にも美しい新婦の姿だけが忽然と姿を消していたのである。

そんな寸劇もありながら、いよいよ婚礼の儀が奥の50人は入るかという大きなお座敷で行われる運びとなったのだった。



勿論、周りを見回すとあっちにもご老人、こっちにもご老人と子の村の相当な高齢化社会が嫌でも碧依にもはっきりとわかる形で示されていた。

特に村の村長だという男がこれまた大変な酒豪で、碧依にまで絡んでこられた時は相当に辟易したものだ。



「お、あんたが東京からきなすったというお客人か。なんでも鍵屋んとこのちずちゃんのお友達だとか。今日は無礼講じゃ。さ、酒でも一杯ぐいっとやっておくれ」




(そう言われても、私まだ13歳中学1年生なんですけど)




それでも断り切れず、碧依はそのはげ頭の七十男の村長さんから盃を受け取り、ばれないように昌太郎の席に置いたのだった。

当の昌太郎はまだお色直し中の新妻を待っているとかで、だから本日の主役は二人ともまだ姿を見せていないのだった。

ちなみに碧依はその間、酒の代わりに山もりの御馳走の数々に手を伸ばしていた。




(ああ、こんなに食ったら太っちゃうな。アイドルとしてこれはどうなんだ?でも、目の前にこう御馳走が並べてあったときちゃあな。まあ、村長も今日は無礼講だって言ってくれたしいいか)



と、勝手によその村の信頼できるかもわからない村長の言葉を自分の言い訳に使うだめアイドル、碧依であった。



そして、その時はついにやってきた。

向こうのふすまからまず現れたのは、ご存じこの家の主岩山昌太郎。衣装は勿論先ほどの紋付き袴のままである。

問題はそのあとに現れた世にも美しい白無垢姿の花嫁である。

村人のご老人たちがべっぴんだと騒ぎ立てるのもなるほどわかる気がする。

透き通るように白い肌。

厚化粧はさすがに施されているものの、それを補ってあまるほどに目鼻立ちのくっきりした和風美人だ。




「わあ、綺麗。ねえ、あおちゃんもそう思うでしょ?」



「う、うん」



女の人をみてごくりと唾を飲むという経験はこれまでなかった碧依だが、さすがにこれは何度飲んでもあふれ出てくる唾をこらえることができなかった。




「ほお、わしがあと三十年若けりゃ嫁に頂きたいところじゃったな」



とは、酒だけではなく女のほうも相当好きそうなはげ頭の村長の弁。




(こんな人の言うことを聞いてがつがつ御馳走を食いあさった私って一体・・・)




「それではこれより御両家の婚礼の儀を執り行う」



と、神主らしきこれまた70は超えているだろうと思われるご老人の厳粛そうな声で婚礼の儀が始まったのだった―。

そんなやりとりがあった後、二人は百姓の岩山家に入り、奇遇にも婚礼前の昌太郎氏に会うことができた。

千鶴から30歳と聞いていたが、それよりずいぶん年上にみえるなというのが碧依の正直な感想だった。

胡麻塩頭に髭を生やして、全体的に無骨な印象を感じる紋付き袴姿の男。

それが、このあたりを支配する百姓の岩山家の跡継ぎ昌太郎であった。

傍には昌太郎の母、昌子もおり彼女は無愛想な息子とは裏腹に愛想のよい初老の六十女だった。


「あらあら、ちずちゃんじゃない。そちらはお友達?今日はよくいらっしゃったわねえ」


「おばさんも元気そうで。こちら、私の東京の友達の碧依ちゃんていってね」


(おいおい、東京の友達ていったら、私が東京に住んでるみたいじゃないか。まあ、ある意味でその表現は正しいんだけどさ)


と、心の中で碧依がつっこんだものだが、昌子はやはり案の定千鶴のその言葉に勘違いしたのか、


「あれまあ、東京からわざわざお越しになったのね。都会の方がこちらに見えるなんて名年ぶりかしらね」


碧依のほうも格別そう言われて悪い気はしないのであえて訂正はせず、


「いや、ちずちゃんとは東京でいろいろ仲良くさせていただきまして」


と、愛想笑いを返す。


(これならまだまだアイドルとしてもやってけそうかな?)


「ほお、東京からきなすったのか。それはわざわざ遠方からどうも。そういえば、蘭も昔東京にいたとかいっておったな」


『東京』という言葉に反応したのか、これまでだんまりを決めていた本日の主役昌太郎氏が案外気易い調子で碧依に語りかけてきたのだった。


「あ、あの、蘭さんと今おっしゃいましたよね?もしかして、その方があの・・・」


碧依は気になって、昌太郎に聞いてみた。


「おお、そうだそうだ。後程酒の席で紹介するが、蘭が私の婚礼の相手よ。私がいうのもあれだが、大層べっぴんでの。まあ、楽しみにお待ち下さるといい」


そういって、はっはっはと豪快に笑った昌太郎をみて子の人は見かけほどとっつきにくい人種でもなさそうだと碧依は考えを改めた。


「あっ、お父さん。駄目ですよ」


その時、不意に入ってきた老人がいた。齢七十はおそらくとうに超えているだろう腰の曲がった男性である。


「昌子、飯はまだかの?」


どうやら飯の時間を聞きにきたらしい。

そういえば、もう七時は過ぎているのだ。

こんなことがなければ、どこの家でもそろそろ晩飯時であるだろう。

ところが。


「お父さん、晩御飯ならさっき食べたでしょ?今日は昌太郎の晴れ舞台なんだから、邪魔しちゃいけませんよ」


どうやら、この老人はすでに呆けているらしい。


「はて、そうだったかの。もう食べたか。おかしいのお。お、そこにいるのはみつこじゃないか?なつかしいのお、生きておったのか、みつこ」


老人にみつこと呼ばれたのは意外にも千鶴であった。

千鶴は老人のみつこ、みつこという声にもしかし迷惑そうな顔はせず、


「あら、雄太郎さん。あなたこそいつまでもお元気で」


「みつこ、わしはさびしかったんじゃ。みつこ、わしゃお前がおらんと生きて・・・」


「はいはい、ちずちゃんも乗ってあげなくていいんだからね?お父さん、みつこなら二〇年前に死んだじゃありませんか」


「なに、みつこが死んだ?そんな、みつこがみつこが・・・」


「まったくもう、お父さんたら。よりこが生きればこんなことにはならなかったはずなんだけどねえ・・・」


ややこしいことになるのを防ぐためか、昌子は二人の間に割って入り老人を奥に連れていったのだった。

ただ、最後に昌子が口走ったよりこという名前が碧依には少し気がかりではあったのだが。


「ねえちずちゃん、あのおじいさんがいってたみつこって誰?」


後で千鶴に老人が口走ったみつこという女性について問い掛けてるみると、みつことは二〇年前に心臓の病で亡くなった雄太郎の娘、つまり雄太郎が昌子の10は年上の夫であるということだから、昌太郎にとっては妹ということになる。

昌太郎とは三つ離れた妹美津子は、生きてれば27歳(関係ないけどあの鬼マネージャーと同い年なんだな)。だから亡くなったのはわずか7歳のころということになり、老人がぼけてなお娘をああして想い続ける気持ちも頷ける気がする碧依であった。


(それにしてもいかにぼけてるとはいえ、7歳で死んだ娘を現在14歳にもなる千鶴と見間違えるというのもなんだかなあ。)













第5章 婚礼の夜


長野県の山奥にその集落はあった。

まるで横溝正史の「八つ墓村」を想わせるようだなと碧依が思ったのも無理はなく、本当に藁ぶき屋根があちらこちらに見える昔ながらの村の集落だったのである。

聞くところによると岩山家はこの辺りでは名家として知られるうちの一つで、村の奥まったところにひときわ目立つ瓦葺の屋根の家ですぐわかると青砥に教えられていた(なんで青のりさんはそんなことまで知ってるんだ?)

そして、本当にすぐ村人たちに訊ねてみるまでもなく村の名家岩山家はあったのである。

しかも、なにやら人だかりが出来ている。


(はて、年末だからみんなで大掃除でもするんかな?)


と、妙なことを碧依が想っていると、村人たちのこんな声が聞こえてきたのだった。


「いやあ、岩山さんとこのぼっちゃんもついに婚礼かいな」


「なんでも聞くところによると、お相手の方っちゅうのが大変なべっぴんさんだっていうぜ」


「ほお、そりゃ楽しみだのお。こう年をとると盆栽ぐらいしか楽しみがないんでのお」


(岩山さんとこのぼっちゃんが婚礼?あれ、ちずちゃんにお兄さんなんていたっけな?そんな話一度も聞いたことないけど)


それどころか、岩山家の家族についても一度も聞いたことがないことを碧依は思い出し、だから当然岩山家の血縁関係がどうなっているのかもまったくわからないのである。

とりあえず碧依は老人たちをかきわけ、岩山家の正面玄関までたどり着く。

そして、ベルを押そうと手を伸ばしたところ、後ろから声がかかり、


「あれ、もしかしてあおちゃん?なんでこんなところに?」


振り返るとそこにいたのは着物姿の千鶴がいた。

久々の千鶴との再会に喜んだ碧依は一目も憚らず、


「わー、ちずちゃんだ!ちずちゃん、元気してた?みんなちずちゃんがいなくなってからすごく心配してたんだよ。勿論私もね」


最初のころは一つ年上ということもあって、終始千鶴には敬語だった碧依だったが、千鶴自身がため口でいいよと言ってくれたこともあって、今やすっかりこの調子なのであった。


「う、うん・・・。ごめんね、あおちゃんにもみんなにも迷惑かけて」


「い、いやそのことはもういいんだ。それより、ここちずちゃん家でしょ?家の中はいらないの?積もる話はそこでゆっくりさ」


すると、千鶴はなにを思ったのかくすくす笑い出し、


「あおちゃん、ここは違うのよ。同じ岩山でもここは百姓の岩山さんのお家。わたしんとこはこんな立派な家じゃないのよ」


「え?でも、青砥先生が瓦屋根の一番大きい家が岩山さん家だって・・・」


「先生も勘違いしたのね。なにせ、この村じゃ岩山姓は全体の3分の2はいるんだから。ここ、岩山って苗字がほんとに多いのよ。全国で山田さんや鈴木さんが多いのと同じようにね」


「ほへー、ほんとに横溝正史の世界みたいだ」


碧依が感心していると、千鶴はそういえばと思い当たったように、


「あおちゃん、実は今日この家で婚礼があるのよ。百姓の岩山さんとこの昌太郎さんていって私も小さいころからお世話になってるお兄ちゃんなの。お兄ちゃんていっても、もう今年で30歳のちょっと私たちからみたらおじさんなんだけどね」


それはさっきの老人たちの会話で碧依も承知していた。


「あおちゃん、今夜うちに泊まっていくんでしょ?なら、ついでに昌太郎お兄ちゃんの婚礼にも行ってみるきない?私もまだみたことないんだけど、お兄ちゃんのお嫁さんになる人すっごい綺麗だって村中で評判なのよ」


(それは別に構わないんだけど、今日は別に人の結婚式をみるためにきたわけじゃないんだよなあ)


千鶴の気迫に押されて、それから千鶴の家に行っても大した話もできぬまま、百姓の岩山家でその夜婚礼の儀が行われたのだった。


時刻は午後7時。

家の玄関口には若い男が招待客を出迎えていた。

あれが昌太郎氏だろうかと思って千鶴に訊ねてみると、


「いやあねえ。あの人はお兄ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんの書生さん。お兄ちゃんって見た目は無骨な感じなんだけど、意外と書道とかお花とか得意でね。そのお弟子さんの一人なの」


横溝正史の小説で度々書生なる存在を文字の中で観てきた碧依だが、さすがに現代の平成の世にもまだ生き残りがいたとは少々意外な気がした。


「こんばんは」


「わっ!」


だしぬけにその書生といわれた男から声をかけられた時は、さすがの天下のアイドル(だと思いたいだけ)横溝碧依も驚きのあまり腰が抜けそうになった。

しかも、よく見ると相手は色白の美青年である。

男性に縁がない(今のところファンの一人もいないのだ)碧依はこの美青年を目の前にして、心中ドギマギしていた。


(うわ、なんじゃこの男は)


そんな碧依の心中などはおかまないなしにこの美青年書生はすぐに千鶴に目をやり、嬉しそうな表情を見せる。


「これはこれは鍵屋さんとこの岩山さんのお嬢さんじゃないですか。確か名前は千鶴ちゃんでしたっけ?大きくなったなあ」


「いやですわ、加納さんこそご立派になられて」


後で千鶴に聞いたところによると、加納清一というのがこの書生の名前らしい。


「おっといけない、そろそろ時間だ。お嬢さん、私はこれからふもとの村まで行ってこなくちゃなりません。なので、残念ながら婚礼の儀に間に合うかどうかわかりませんが・・・」


そう言って加納はいそいそとその場を後にしたのだった。


「ほへえ。今からふもとの村まで行くって、一体どれだけ時間かかるの?もう夜も更けてるのに大変だなあ」


「そうね、大体ふもとの村までは片道2時間。往復で4時間はかかるわね。だから用事がなんなのかわからないけど、戻るのは早くても11時は過ぎるかな。この時間じゃバスも通ってないから、歩きでいくしかないしね」

















そして、さらに時は流れ2週間が経過。

都会の街はそろそろ近づくクリスマスムード一色だった。

だが、その場所だけはいまだ閑散たるムード一色。

初めて客が10人を超えた日も1日だけあったものの、依然としてメンバーよりも客の数が少ないという現象は続いていた。

事件が起きたのは(あ、殺人事件とかじゃなくてね)、ちょうどそんな時期だった。

メンバーの一人がとうとう劇場に姿を見せなくなったのである。

それも今日で3日目だ。

本人の家族からは風邪をこじらせての電話だったので、最初に辞めさせれたあの子のようなことにはならなかったものの動揺はメンバー内にも確かに伝わっていた。




「なあ、もうちずちゃん。来ないんじゃねえか?私そんな気がするんだよな。まあ、この状況じゃ仮病の一つも使いたくなるだろうけど」




そう、勝田がいうようにこの3日間来なくなったメンバーというのは誰あろう碧依が初めて風果以外で友達になったお嬢様風少女岩山千鶴であった。

これにはさすがの碧依も動揺していた。




(せっかく友達になれたと思ったのに・・・)




千鶴は確かにメンバーの中では一番気が弱そうではあった。

事実1週間もろくに客がこない状況で一番メンタル的に弱っていたのは、彼女だったような気がする。

彼女は実家のある長野県からわざわざ電車で東京まで毎日通ってきていた。

長野も山奥のほうらしく、学校から帰ってから東京通いだから自分よりも相当疲弊していたはずだ。

それでも気丈に明るく振る舞い、公演終わりには最近読んだミステリの話なども短い時間ではあったもののしていたものだが。




「もうあたしも辞めたい!こんなこといて何の意味があるの!」




始まって2週間。そんなことを言い出す子は何も一人ではなくなっていた。

踊っていても自分のファンがつくわけでもない、それどころかいまだ好奇心半分でにたにたと見守るようにステージをじっと観ているだけの客も案外多い。

そして、今回の千鶴の突然の長期休養。

メンバーのほとんどは自信を失いかけ、楽屋では笑い声ではなく泣き声が大半を占めている。

そんな時だった。

プロデューサーの青のり氏が急きょメンバー全員を集め、叱咤激励を飛ばしたのは。

勿論その場はほとんどメンバーの泣き声が響いていたのである。

ただ一人、碧依は泣くというよりは、半ば投げやりに近い感情ではあったのだが。




「もう泣くのは止めなさい!泣いて何が解決する?千鶴君のことで動揺しているのもわかる。しかし、さっき劇場公演をみせてもらったがメンバーの大半が最後のほうには涙声になっていたのはあれはどういうことだ!あんなことで人を感動させる舞台が作れると思っているんですか?客が少ないから?それがなんだっていうんですか!お客様の顔も私はみさせていただきましたが、ほとんどの方がやれやれといった表情でしたよ?そりゃ、そうですよ。お客様はわざわざ金を払ってまで見に来て下さってるのに、あんな泣き上戸の舞台を見せられたとなっちゃ下手をすると抗議がでてもおかしくないんですよ?悔しかったらまずは目の前の一人ひとりのお客様に全力でぶつかって、感動させてみせなさい!アイシクの公演をまた観に行きたいと思わせられる舞台ができないようでは、アイドルとして失格ですよ!」




その叱咤激励によってかどうかはわからないが、それから1週間碧依たちアイシクのメンバーはこれまで以上に舞台に全力で取り組んだ。

その甲斐もあってか、少しずつだけれど客も入るようになる。

どうやらヲタクたちの間で口コミが広がり、その輪が少しずつ広がってきているようだ。

とはいえ、まだまだ満員御礼にはほど遠くようやく客席が半分埋まるか埋まらないかではあったが、それでもメンバーたちはそれを大いに喜んだ。

また、少しずつだがファンレターも届くようになったのも彼女たちにとって励みになったことは間違いない。

ただ、当然だが個人宛は少なく特に碧依の名がそこで出たことは一度としてなかったのだが。

それと、少しずつ活気を呈してきた劇場とは反対に千鶴はいまだ風邪が完治しないとの理由で劇場には戻ってきていなかった。

これ以上休みが続くと、最悪解雇ということも十分あり得るとメンバーの誰もが不安がっていたのは言うまでもない。




そして、時はまたたく間に流れた。

普段よりも人が集まらなかったクリスマス公演(クリスマスにアイシクと過ごしたいなんて人はやはり少数派だったのか?)、そして年末に向け街は忙しそうなのに、人の数が減り続ける劇場(年末は年末でみんな忙しいのか?)。




12月29日。

その日は今年最後の公演だった。

相変わらず人は少なく(それでも20人はいたと思う)、それでも皆満身創痍でやりきった

ように思う。

相変わらず、千鶴の姿はなくもう彼女は終わったなという声がメンバーの大半を占めていた。

そんな中、碧依は公演終わりに青砥Pにこう宣言したのだった。




「青砥先生、ちずちゃんの件なんですがもう少し解雇とかそういうのは、待っていてくれませんか?私、明日からの冬休みで長野に行って彼女を連れ戻してきますから!」




その発言にはメンバーの誰もが驚いた。

あの気丈なリーダー格勝田ですら、


「おいおい、あおちゃん。それ、本気でいってるのかよ?」


ちなみにあおちゃんというのが、私のアイシクに入ってからのニックネームである。

最初はあおちゃんなんて気恥しかったものだが、慣れると自分がアイドルにでもなったみたいで(あ、一応アイドルになってたんだっけ)意外と心地よかった。

しかも、命名者がちずちゃんこと千鶴であるのだから尚更である。

そんな自分に新しい名前までくれた友達がいまはいないのだ。

碧依は強い決意とともに、勝田や青砥に向かって今一度懇願した。




「お願いします!来年の新年公演までには必ず連れて帰ります!なので、ちずちゃんのことをみんなも先生ももう少しだけ待ってて下さい!この通りです」




そう言って碧依はその場に跪き、土下座をした。


その様子をみて青砥は何を思ったのかニヤリと笑い、



「よし、わかった。本来ならとっくに解雇になっていておかしくない立場の彼女をここまで引きとめておいたのは正解だったかもしれませんね。ここは君の心意気を買って、新年1月2日の新年公演までに彼女をこの場に連れてくることができれば彼女にもう一度チャンスを与えることにしましょう」


こうして、青砥の了解を得た碧依は翌朝から彼女の実家のある長野へ単身向かったのだった。

第4章 劇場公演の地獄



11月27日。その日は偶然にも碧依の親友深田風果の14歳の誕生日であった。

だが、勿論不合格通知が届いた彼女の姿はその場にはない。

一応今日の日の公演のチケットは彼女に送ってはいたのだが、自分が立てなかったステージを観るのはやはり辛いのか彼女の姿は客席にはなかった。

いや、それどころか。

劇場の客席は全部で100席はあるだろうか。そのほとんどが空いており、いるのはアオのりプロデュースのアイドルグループに好奇心をかきたてられた報道関係者ばかり。

一般できてくれた客もいわゆるアイドルヲタクと呼ばれる人たちが物珍しげに数名集まったのみ(多分10人いるかどうか)である。

それでも、碧依は元がポジティブなのでこのがらがらの客席にも特に感じるところはなかった。


(まあ、最初だしこんなもんだろ。徐々に客も増えてくるさ)


と、そんな楽観的な感情のみである。

他のみんなにしても多少目が泳いでるようなところはあったが、多かれ少なかれ最初なんだしという気持ちがあったことだろう。



「皆さん、こんばんはー。私たち、アイドルシックスティーンです!」



リーダー格の少女が皆を代表して客席に挨拶する。これは実はアイシクの愛称を最初に言い出したあの男勝りの少女、勝田茜、16歳高校1年生である。

それに合わせて皆も息を合わせて深々とお辞儀をする。

今日の衣装は普段のTシャツ一枚のレッスン着と違い、派手ないかにもアイドル(いや、実際アイドルなのだが)といった赤いリボンがついた制服の可愛らしい衣装であった。



(今年の夏ミステリ読んでだらだら過ごしてた時は、まさか自分が数ヵ月後にこんな死んでもきないと思っていた衣装を身にまとうことになるとは想像もしてなかったな)



いまさらながら碧依はそんなことを思い、舞台に立っていた。



(さて、どんな風に客を喜ばせればいいのやら。果たしてこんな私にもファンなんてものがついたりするんだろうか?あおいちゃーん、こっち向いてー。とか?それとも、うおおおおお、オレのあおいちゃああん。なんてやつも出てきたりするんだろうか?)



今までそんな経験がない碧依はそんなことを想像するだけで心中ひそかに大爆笑してしまうのだった。

そう、少なくとも初日のその日。

碧依も含めたメンバー全員にそんなことを考えさせる余裕が確かにあったのだ。



「ありがとうございましたー。これからもアイシクをよろしくお願いしますー」



そんなこんなでこの日はそれぞれが覚えたフリを全力で踊り歌い、あっという間に2時間が終了。

碧依も一応は満足できるようなフリができたので、終わった後は正に満身創痍、なんともいえぬ充実感すら覚えていた。

それは、リーダーの勝田、友人の岩山ら他のメンバーたちも同じだったようだ。



「ふうっ、客はそんな来なかったきもするけど私なりにやりきったぜ!」


「私、こんなに充実した気分、初めてです」


「ほんと、みんなおつかれー。明日からもこの調子で頑張ろう!」



最後の一言はアイシクの中でも最年長の19歳赤村優美子のものだった。

彼女は碧依にとっても、頼れるお姉さん的存在だ。



そして、最後は劇場の外でファンをお見送りというイベントがある。

といっても、その日はマスコミ関係者とアイドルヲタク数名だったのですぐに終わったが、ファンとのハイタッチはなかなか気分爽快なものがある。


(ああ、私がこんなことしてていいんだろうか?でも、今日からアイドルなんだ。正々堂々とやればいいのさ)


と、簡単に開き直れるのはその後の停滞期を迎えるにあたって一つの救いにもなった碧依りである。

勿論、そんな碧依でもこの後に起きる長い長い低迷の期間は好きなミステリもろくに読めないほど落ち込んだものではあるが。


それから1週間が経った。

その間ほぼ毎日(1日だけ休館日はあった)劇場公演を続ける碧依にとってもこれまでの人生で一番の忙しい時間を過ごしたのだったが、



「ああ、もう!なんで客が来ねえんだよ!2日目は5人、3日目は6人、4日目は8人、5日目は休みで6日目は4人、そして昨日がついに3人だぜ!私たち一生懸命踊ってるてのに何が足りねえんだよ!」



リーダー格の勝田が憤る。

とにかく、客がこないのだ。

勝田がいった客にしろ、一部重複している客、またメンバーの両親や親戚なども含まれるので全体にすると10人にも及ばないだろう。



「私、もういや。辞めたい」



とうとう始まって1週間でそんなことを言い出す子もいた。

事実いかにポジティブな碧依もこの状況にはさすがに少なからず疲弊を感じていた。

前述したように客も少ない。

メンバーが16人いるのに、客は10人以下。

当然一人一人に声をかけられることも少なく、固定したメンバーのファンというのもほとんどいない。

初日に「あおいちゃん、こっち向いてー」などという妄想を繰り広げた碧依ではあったがこの1週間この狭い劇場でそんな声援を聞いたことは一度としてない。

両親もアイドルなんてきわものを、という態度なので一度として劇場に足を運んでくれたこともないからそれは当然といえば当然だった。

それでも、この時点ではまだ碧依はまだまだポジティブでいられたと思う。



(まあ、私がアイドルに合格したこと自体奇跡みたいなもんだしな。元からこれといったとりえもなく、ダンスが飛びぬけてうまいわけでもなく、可愛い顔立ちをしているわけでもない私にそう簡単にファンなんてものがつくわけもないし)

第3章 地獄のレッスン開始!




レッスンというものが、まさかこんなに辛いものだとは碧依は想像すらしていなかった。

昼は学校で授業を受け、元より帰宅部だった碧依はそのまま電車に揺られること1時間で都内のレッスン場へ。

そこから地獄の5時間レッスンが始まるのである。

とにかく、曲数の多いこと多いこと。

順調にいけば来月には始まるという劇場での公演というのは、どうやら一公演で2時間16曲も歌うという過酷なもの。その曲からフリまでこのレッスンですべて覚えなければいけないのだ。

生まれつき運動神経の鈍い碧依にとっては、1曲覚えるにも一苦労。

鬼のコーチとして皆から恐れられる秋先生には誰よりも怒号を受けていたように思う。

それでも根がまじめな彼女は、くじけずに頑張っていた。

それに何より励みになったのは、多分生まれて初めて風果以外に気の合う友達ができたことだった。

彼女の名前は、岩山千鶴。碧依より一つ上の中学2年生14歳だったが、いかにもお嬢様という雰囲気が漂う上品な子。とてもアイドルに向いているとは思えない華奢な体つきで性格もおとなしそうな子だったが、不思議と碧依とは馬が合った。

彼女と親しくなったのは、レッスンが始まって1週間が経ったころ。いまだ話はするものの、元からの人みしりもあって特に親しい友人もできないでいた碧依はその日もレッスン後の少しの時間家からもってきていた推理小説を黙々と読んでいた。

すると。



「碧依さん、いつもそんなに熱心に何の本を読んでるんですか?」



驚いた。

碧依はこれまで風果の他には本を読んでる時に邪魔されたことはほとんどなかったからだ。

勿論そうなってるのは、本を読んでる碧依野表情がいかにも険しいものだからに他ならないが。



「あっ、あなたは確か一つ上の岩山さん?」



「ふふっ、ここで年齢はあまり関係ないわ。千鶴、いやちずちゃんて呼んでね」



「ち、ちずちゃん?」



また驚く。

普段おとなしそうな彼女だが、これで結構茶目っ気な部分があるらしい。



(まあ、元から暗い子がアイドルなんて目指すわけないんだけどね。あっ、そういう私はどうなのかって?)



「まあ、ちょっとミステリを少々」



まるでお茶を少々、といってるような口ぶりである。



「ミステリ、ですか?あの人がたくさん死ぬような小説ですよね?」



「ま、まあものによりますが、確かにそういうミステリも少なくありませんね」



それは少し偏見すぎる、と碧依は思ったがまあ一般人からすればミステリに対するイメージなど大方そんなものだろうと諦めたのだった。



「面白そう。私にもよければ1冊貸して下さいません?」

だが、相手の返事は意外なものだった。

そんなこと親友の風果にすら言われたことはなかった。



「え、ミステリ読みたいんですか?私が読むものは大概たくさん人が死にますよ?」



だから、碧依は内心は狂喜乱舞していたのだが、ついそう口に出てしまう。



「ええ、構いませんわ。私、女優になるのが夢なの。だから、その小説をたくさん読んでいろんな世界を知って、いい女優になりたいと思ってるのよ」

この台詞、同じ女優志望の風果にぜひとも聞かせてやりたいものだ。




こうして、二人は碧依が度々本を貸すことで親交を深めていった。

彼女ののほうもすっかり推理小説の虜になってくれたようで、レッスン後は二人でヲタ話に花を咲かせたりして碧依にとっても楽しい日々が続いた。



(まあ、楽しいのはレッスン後のわずかの時間であとは地獄だけどね)




そして、地獄のレッスンから1カ月。

幸いにも一人の脱落者も出ず、11月27日。

都内某所で待望の劇場公演がスタートしたのだった。

しかし、碧依も千鶴もそして他のメンバーたちもその時はまだ気付かなかった。

本当の地獄は、むしろこれからなのだということを。







そして、三場と呼ばれた若い女性は一枚の大きな紙をバッグから取り出し、

「まずは、これを見て下さい。これが私が考えたこの新しいアイドルグル-プの正式名称です」

おおっと、会場の女の子たちからどよめきがあがる。

碧依もこれには多少ならずとも気になっていたので、皆と同じように大きな声を知らずに挙げていた。

そして、三場が皆の前に向けた紙に書かれていたグループの名前は。

「アイドル16」

と書かれていたのである。


「あ、アイドルじゅ、16?」

そう声をあげたのは誰だっただろう。

会場にいた女の子の一人だったのは間違いないが、まだ一人ひとりの顔も名前も誰一人知らない碧依にはわかるはずもなかった。

(それにしてもアイドルじゅうろくとは・・・こういっちゃなんだが・・・・かなりださいネーミングだな)


青砥氏はしかし違う違うと首を振り、

「違うよ、君。これは額面通りじゅうろくと読むのではなく、英語でシックスティーンと読むのだよ。つまりアイドルシックスティーン。これが君たちが今日から卒業するまでずっと背負っていくいわば看板なのですよ」


(アイドルシックスティーン。アイドルシックスティーン。アイドルシックスティーン・・・)


碧依は心の中で何度もたった今発表された自分が今日から看板として背負っていくことになるアイドルグループの名前を呟いていた。

たとえば海外などでも通じそうな横文字のいかにもなネーミングだとは思ったが、それにしてもだ。


(直球といえば直球だけど、なんだかなあ)


というのが碧依のその時の素直な感想だったのだ。


(まあ、でもアオムスよりはいいか。アオムスといや、そういや風果の禿げ親父が昔親衛隊隊長をしてた・・・)


またそれを思い出して心の中で爆笑する碧依であった。


「じゃあ、略してアイシクだな!アイシクていえば、無理やり漢字変換すれば愛しく。つまりいとしくて意味にもなるし、なかなかこれはこれでいんじゃね?なあ、みんな」


そう言いだしたのは今日集まった女の子の中でもいかにも男勝りな感じがするショートカットの高校生ぐらいの女子だった。


その声にプロデューサーの青砥氏も目を細め、


「ほお、アイシクか。それはいいネーミングですね。若い子たちの感性というのは、これでなかなか馬鹿にできないから面白い。では、最後に今後の主なスケジュールを発表します。三場君、後は君に任せたよ」


こうして、さっきからずっと気になっていたこの若い女性の正体がようやく自身の口から

語られたのだった。


「ええ、皆さん。申し遅れました。私の名前は三場亜希子。年齢は27歳。独身のAB型。趣味は体を鍛えることです。まあ、その辺の情報はいいとして私はいわば皆さんのスケジュールを管理することになるマネージャーです。これから長い付き合いになると思いますので、どうぞよろしくお願いします。最初はここにいる16人全員を私一人で管理しなければならないという過酷な業務を青砥先生から申し受けたとき、正直私にそんな大役が務まるだろうかという不安もありました。私自身皆さんと年はそう変わりませんし、社会経験も派遣の仕事を転々としきてた以外ほとんど皆無です。しかし、皆さんの少し上のお姉さんとしてマネージャーとしてだけでなくいろいろ相談にも乗れるかなと思ったこともあり、思い切ってこの重大な仕事を引き受けることにしました。皆さんに守ってもらわねればならないルールはおいおい説明するとして、まず今後のスケジュールをご説明します。まず、皆さんには1週間後このレッスン場で劇場がオープンするまでの間毎日夜6時から11時までの5時間レッスンを受けてもらいます。勿論遠方からのメンバーもいるので、学校で今部活などやっている方がいましたら明日にでも退部届を出してもらいます。部活とレッスンを両立することは不可能ですので。あと、大学生の方、高校生の方でアルバイトをしているという方がもしいらっしゃればそれも明日には辞めてもらうことになります。まあ、アイドルの合格通知が来た段階でそこらへんの調整はすでになさっていることと期待していますが。最後に恋愛に関してですが、勿論これは全面禁止ということになります。これもアイドルになると決めた段階から覚悟は決めてきているとは思いますが、もし今現在お付き合いしている男性がいたら今すぐにでも別れて下さい。まあ、そんな中途半端な気持ちでここにきている方はいないとは思いますが念のため。私からは以上です」


(『付き合ってる男性がいたら今すぐにでも別れて下さい』だって?ふん。そりゃ私に対する嫌味かい。付き合ってる男性がいるどころか、今までこちとら一度も交際すらしたことすらないというのに。まあ、ある意味そこだけはアイドルに向いてるのかも?)


こうして、私のアイドルシックスティーン。『アイシク』としての活動が始まったのである。








第2 アイドル16活動開始


碧依に合格通知が届いてからさらに1ヶ月後。

10月のある日、都内某所で合格したメンバーの顔合わせと今後の活動内容が告げられることになった。

当初碧依は「合格」を辞退するつもりだった。

自分は特にアイドルになりたいと思ったことは一度もないし、それにそんな中途半端な気持ちの自分がいくことは不合格になった風果に失礼ではないかと思ったからだ。

しかし、そんな碧依の背中を押してくれたのはやはり風果だった。

彼女曰く。


「え?合格を辞退する?あんた、それ本気で言ってるの?確かにあんたはあたしの付き添うで来ただけかもしれないけどさ・・・。でも、それってあたしを含めた不合格になった子たちに対してすごく失礼だと思うんだ。今回の合格者数知ってる?あの時150人以上は会場にいたけど、そこにいた半数以上、いやもうほとんどすべての子が不合格になったんだよ?残ったのはあんたも含めたわずか17名。150人受けての17人だよ?どんだけ多くの夢があそこで砕けたかあんたわかってそれ言ってるの?え?そんなこといってもしょうがないじゃないか?あんたはえなりくんかっての!まあ、それはいいとして、受かったからには行きなさい!他の落ちた133人のためにもね!あたしのことは心配しなくていいから!また2期生オーディションがあったら、すぐあんたの後を追ってあっというまにあんたなんて追い越してやるんだから!」


碧依はそれでも自分にふんぎりがつなかったが、まあこんな機会めったにないし辞めたきゃすぐ辞めれるかというお気楽主義的な考えでとにもかくにも、辞退はとりやめ10月某日の今都内某所のとあるレッスン場にいるのであった。


約束の時間は午前10時だったが、碧依は余裕をもって30分前に到着。しかし、既に会場には自分と同じように合格した女の子がほとんど全員揃っていたのだった。


(さすがに最初からアイドルになりたいと思ってた子たちだよな。どれどれ、どんな可愛い子ちゃんたちがいるんだか)


碧依は早速持ち前の好奇心も手伝って、周囲に10数名はいるオーディション合格者の女の子たちを見まわした。


(さすがに眼鏡をかけてる子はいないな。まあ、私も一応今日はコンタクトに変えてきたけど)


碧依は最初にそんなことを思いながら、周囲にいる女の子たちを観察してみて少し意外に思ったことがあった。


(あれれ?どのこをみても、特別可愛いて子はいないな。まあ、私が言えることじゃないんだけど、アイドルていったらもっと最初からオーラがびんびん感じるような子がなるもんじゃなかったっけ?これなら風果のほうがよっぽどアイドルに向いた容姿だと思うけどなあ)


そんなことを思っているうちに、10時になり向こうのドアから音がして誰かが入ってきた。

一人は脂ぎった中年男。

そして、もう一人は意外にも20代半ば~後半とみられる若い女性だった。


そこで碧依は確信した。

(あ、あの脂ぎった中年男だ。そうか、私にやけに食いついていたあの男が・・・)


脂ぎった中年男は集まった十数名の少女たちを見回すと、横の若い女性に目配せし、

「これで、全員かね?」

と、確認した。

すると、女性は目を曇らせ、

「いえ、あの一人まだ来ていないようですが・・・」


と、その時だった。

つい先ほど脂ぎった中年男と若い女性が出てきたドアから顔を真っ赤にして慌てた様子で一人の女の子が入ってきたのだ。


(お、この子可愛いかも。少なくともこの中では一番)


碧依は一目見てそう感じたものだったがしかし・・・。


「あなたは確か合格番号29番の佐武初音さんね?」


「は、はい・・・。あの、遅れて申し訳ありませんでした」


すると女性はやれやれといって肩をすくめ、脂ぎった中年男に目配せすると、


「先生、どうしますか?」


と、困惑した表情で問い掛ける。


先生と呼ばれた脂ぎった中年男は首を静かに振り、一転佐武と呼ばれた美少女に目を転じ、


「佐武君でしたね?」


「は、はい。あ、あの私もうこんな失敗はしませんのでどうか・・・」


「もういいよ。失敗云々の前に社会常識も守れないような子はうちにはいらない。はい、これ帰りの電車代。今日はわざわざ遠いところからお疲れさまでした」


衝撃の一言だった。

脂ぎった中年男はお金を泣きながら嫌がる少女に渡し、それをみた隣の若い女性は必至で謝り倒す少女の肩を抱き、会場の外へと連れ出したのだった。


そして、数分後。

女性が帰ってくると、改めて中年男は皆を見回し口を開いた。


「皆さん、おはようございます、私が次世代を担う新しいアイドルグループを創設しました青砥紀人です。世間では『青のり』なんていう愛称なんかで呼ばれてたりしますが。さて、最初からお見苦しいものを皆さんにみせてしまい申し訳なく思っています。しかし、この世界ではあれが常識なのだということを皆さんにも改めてわかって頂きたく思います。いや、何もこの世界だけの話じゃありません。皆さんの中にも少しは社会で働いた経験のある方はいらっしゃるかと思いますが、社会人としてまずなによりも大事なものは時間です。決められた時間にはなにがあっても必ずいく。できれば最低15分前には到着しているのが社会人としての常識です。それがたとえ1分1秒でも守れない方は、残念ながらさっきのあの子のようにお引き取り願うしかありません。皆さんにはまだ学生という方もけして少ないから、まだその時間というものに対してルーズな方もいるかもしれない。事実あの子がそうでしたし。しかし、ここは学校とは違います。ここはお金を得て働いてもらういわば社会です。それになによりみんなに夢を与えるアイドルという職業です。今は皆さんにはファンの方は一人もついていない状況ですが、いずれ一人であれ二人であれ必ず皆さんをお金を払ってまで応援してくれる方々が現れることでしょう。そんなファンの方がはあなたが現れるのをいつも楽しみに待って下さる。なのに、当の本人の自覚のなさで度々ステージに遅刻、最悪の場合無断欠勤などしたらその方々はどう思います?あなたにとっての1分1秒の遅れがその方々にとってはお金を惜しんでも大切にしたい時間なのに。

ごほん。少し話が長くなってしまいましたね。ともかく、皆さんは応募総数2000人あまりから選ばれた16人です。夢やぶれてしまった多くの志を同じくする友たちを代表して普段の生活から社会人として、アイドルとしての自覚をもった行動を心がけて下さい。さて、三場君。あの紙を」


しょっぱなから厳しいコメントで碧依も身が引き締まるような想いだった。


(そうか、やっぱりやるからには本気でやらなきゃな)








第1章 オーディション


そんなわけで半ば無理やり風果の付き添いのはずが、当のオーディションまで受けることになってしまった碧依。

時は流れ、9月某日。


「青のりプロデュース新アイドルグループ第1期オーディション」が都内某所で大規模オーディションが行われる日に二人はその場所にいたのだった。

ちなみに「青のり」とは、名プロデューサー青砥紀人氏の愛称である。

オーディション会場には、1次審査に受かった150人超の11歳~19歳までの女の子たちがいた。

普段から人ごみの苦手な碧依は、それだけでも既に辟易していた。


「噂には聞いてたけど、なんなのこの人の多さ。まったく、メス臭いったらありゃしない」


「メス臭いって・・・、自分もそのメスの一人のくせに」


「まあ、ある程度覚悟はしてきたけどこりゃ想像以上だな。てか、そもそも青のりってなにもん?」


「あんた、そんなことも知らないでここにきたの?いい、青のり、いや青のりさんはね

昔青のり娘ていう国民的アイドルグループを育て上げて・・・」


「ぷっ、青のり娘?なにそのセンスないネーミング。よくそんなんが売れたよなあ」


「しっ!どこで青のり・・・いや青のりさんが見てるかわかんないんだから口は慎むこと!それにうちのお父さんも昔アオムスのファンだったんだから!なんでも親衛隊隊長として有名だったんだってさ」


「親衛隊?あの禿げ親父、昔そんなんしてたのかよ!こりゃ傑作だな」


碧依はたまに会う風果の父風太郎のはげ頭を想像して、人目も憚らず腹を抱えて大爆笑する。


「だから、場所を弁えて行動してって言ってるでしょ!それにうちのお父さんのことでなにもそんなに笑うことないじゃん!」


「すまんすまん、だってあの親父がアイドルの親衛隊だぜ?想像するだけで笑いが・・・」


「もう!知らない!」


そんなこんなで肝心の(あくまで風果にとってはだが)オーディションが始まった。

順番的に碧依のほうが先だったので、風果にしばしの別れを告げオーディションが行われる小さな会議室のような場所に向かった。

中に入ると、パイプ椅子が7つほど並べられており、正面に3人ほど面接官のような男がいた。

(はて、どれが青のりてやつなんだか・・・)

その時点でも碧依はプロデューサーの青砥紀人氏の顔すら知らなかったので、目の前の3人の男たちをみても誰が青のりなのか見当もつかなかった。

結果的には単なる中年男3人の前で自己アピールをするだけと高をくくっていたため、他のがちがちに緊張していた6人の少女たちに比べてリラックスして臨むことができたのだった。


「名前と年齢は?」


「横溝碧依、中学1年生13歳です」


「なんでアイドルになりたいと思ったの?」


「友達の付き添いです。アイドルよりむしろ名探偵になりたいです」


「名探偵?ははっ、面白い子だね。そういえば、君の苗字は横溝といったね。おじいさんは探偵作家の横溝正史とか?」


「いえ、血縁関係はありません。でも、横溝先生は尊敬してます」


「ほう。ミステリヲタクのアイドルか。これはこれまでにない素材かもしれんな。よろしい、では最後に1曲歌って」


「はい」


そうして、碧依が歌った曲は風果とたまにいくカラオケで唯一フルコーラス歌うことのできる坂本冬美の「津軽海峡冬景色」だった。


「君、ほんとに13歳?横溝正史が好きといってみたり、歌を歌わせれば「津軽海峡冬景色」を拳をきかせて熱唱とはね。ふむ、なかなか面白い子だ。じゃあ、今日はこれでおれれ様でした。結果は後日君の家に郵送で届くからね」


「お疲れさまでしたー」


こうして、一風変わった碧依のオーディションは終わった。

審査員のあの脂ぎった中年男の妙な食いつきは気になるものの、他の二人は終始だんまりを決めていたし2対1で不合格だろうなと高をくくっていた碧依だったのだが・・・。


一方、風果のほうは後で聞いてみたところ、碧依とともに呼ばれたあの6人の女の子たちのようにがちがちに緊張してしまい、あまり伝えたいことも伝えられぬままあっという間に終わってしまったらしい。

勿論最後も風果はこの浜崎あゆみを歌ったのだが、緊張のあまり声がかすれてしまったとのこと。

それでも、彼女は自分とは違い可愛いし多少の緊張もアイドルには必要だろうし、十中八九合格するだろうと碧依は思っていた。

しかし、運命は皮肉なことに後日送られてきた通知書には、碧依のところには本人も予想すらしていなかった「合格通知」が。そして、あれだけ芸能界へ憧れ続けていた風果のほうには「不合格通知」がそれぞれの自宅に届けられたのだった。