(こんなもったいぶった演技をするなんて、ちずちゃんなかなかやるなあ)
確かに事件の真相をくまなく話したのは碧依だったが、こんな風にもったいぶってやれとは一度も言っていなかったので、この千鶴の役者ぶりにはひやひやしたものを多少感じながらも見事な度胸だと感心したのだった。
「なに?話が終わってないだと?今、君が犯人は蘭とかいう新婦で間違いないといったばかりじゃあないか」
「確かに犯人は状況から考えて蘭さんしかありえません。なぜなら、あの離れに続く道に足跡は昌太郎お兄ちゃんと蘭さんの二つしかなかったとおばちゃんが話してくれましたから。そうだよね、おばちゃん?」
まだ激昂が収まりきらない昌子だったが、その千鶴の問いかけには黙って頷いてみせたのだった。
「ふん!その女の証言が正しければだけどな。なんでもそこのガキが今朝勝手に現場に足を踏み入れようとした時、現場には足跡が3つあったというじゃないか?そうだよな?」
黙って聞いているつもりでいた碧依に警部が確認してきたので、これには少々面食らった。
「確かにそれはそうでしたけど。でも、おばさんの足跡は調べればわかると思いますが明らかに今朝ついた新しいものでだからおばさんが犯人のわけないですよ」
「ふん!別にそんなことは一言も言った覚えはないがな。犯人は蘭とかいう得体のしれない女だ。あれ以上怪しい人物はいないからな。そうだろ、名探偵さん?」
名探偵と呼ばれた千鶴はその言葉に対する返事ではなく、事件の核心をさらに掘り下げていった。
「ここで皆さんに一つお聞きしたいことがあります。そもそも、皆さんは蘭さんという女の人のことをどれだけ御存じでしたか?ひょっとすると、噂には聞いていたものの直接有ったのはあのお披露目の時が初めてではありませんでしたか?」
それに応えたのは村の噂に一番詳しいと思われる村長だった。
「そういわれてみれば、少なくともわしにとってはあの夜が蘭君というべっぴんさんを見たのは初めてだったな。しかし、他の者はかねてより蘭君がべっぴんだぺっぴんだと騒ぎ立てておったから、どこかで一度か二度あの夜以前にみたことのある村人はいるんじゃないかな?」
しかし、その曖昧な村長の答えに満足したのか千鶴は、
「ちなみに私は最近この村に帰ってきたとはいえ、あの夜まで蘭さんという方をこの目でみたことはありません。後これも他の村人の方たちに聞けばわかると思うんですが、おそらくあの夜まで蘭さんという女性をみたことのある方はただの一人もいなかったと思うんです。事実昨日この家にあおちゃんと再会する少し前に家の前で村の人が蘭さんに対してこんな噂話を立てていたのを偶然耳にしてしまったのです」
これは、勿論碧依の体験談である。
碧依が千鶴の住んでいる岩山家と間違えてこの屋敷に入ろうとしたときのことだ。
老人の一人が新婦の蘭について次のような噂話をしていたのである。
『なんでも聞くところによると、お相手の方っちゅうのが大変なべっぴんさんだっていうぜ』
「そう言っていたのです。つまり少なくともその老人は誰かから蘭さんがぺっぴんさんらしいと聞いただけで実際に見たことがあったわけじゃないです。、では。この噂は一体誰から聞いたんでしょうか?おそらくは同じ村人の誰かから聞いたのでしょうが、ではその村人も蘭さんを見たことがあるのかどうかというと、怪しいところがありますよね。勿論村人全員に裏を取らないことには本当に誰もあの夜以前に蘭さんをみたことがある人が一人もいないかどうかはわかりませんが、私が思うにそういう『蘭さんがぺっぴんらしい』と噂を立てるように誰かに吹き込んだのは、おそらく当の昌太郎さん自身だったのではないでしょうか?」
碧依以外の全員にとって、それは衝撃的な事実だったに違いない。
誰もがその事実の意味するところを、考えあぐねているような悩ましげな表情をみせている。
「どういうことだ!なぜ、昌太郎がそんな噂を流す必要がある?そんなに村人に嫁さんがべっぴんだというのを自慢したいなら、村中を連れまわして見せびらかせばいいじゃないか!」
碧依の思った通り、この警部の脳細胞は相当固いらしい。
千鶴はさらに話を続ける。
「それは、見せびらかしたくても見せびらかせなかった理由があったからですよ!なぜなら、そもそも蘭さんという女性自体が昌太郎お兄ちゃんが創った架空の人物だったからです!蘭さんはあの夜忽然と姿をわけではなく、そもそも最初から蘭さんなんて女性は存在しなかったんです!」
「な、なんだと!蘭ていう女は最初からいなかっただあ?じゃあ、あの夜ここにいるやつらがみたべっぴんの女てのは一体誰だったていうんだ!」
蘭という女性が実は最初から存在していなかった―。
松本警部、村長、昌子、加納ら関係者のほぼ全員がその事実に瞠目した表情をみせた。
千鶴の話は続く。
「では、あの夜私も含めた村の人たちみんながみた蘭さんという女性は一体誰だったんでしょう?いや、言い方を変えましょう。あの夜、蘭さんに化けることのできた村の人は一体誰なら可能だったのでしょうか?それを考えると私にはそれが可能だった人物は一人しか思いつきません。あの夜はある人物をのぞいて村の人たちみんながあの婚礼の席にいました。そのある人物とはすなわち―」
碧依はあの夜のことを思い出す。
あの夜、あの婚礼の儀の前にこんな理由で最初からその席に居なかった人物がいた。
『おっといけない、そろそろ時間だ。お嬢さん、私はこれからふもとの村まで行ってこなくちゃなりません。なので、残念ながら婚礼の儀に間に合うかどうかわかりませんが・・・』
「そう、あの夜の婚礼の儀の夜になぜかふもとの村に行くと用事で出て行ったあなた以外蘭さんの身代わりを務められる人物はいないのですよ。そうですよね?加納清一さん!」
真実を千鶴に話した碧依以外の全員がこの一言にショックを感じたようだった。
まさか、蘭と名乗るべっぴんの正体が昌太郎の書生である加納という男だったとは。
松本警部は信じられないという顔をして、加納を指さし、
「はっ、何をばかなことを。この優男があの夜蘭という女に化けてただって?そんなことがあるもんか」
加納も松本警部の発言に付随するようにおどおどとした顔で、
「そ、そうですよ。ちずちゃん、それ本気でいってるの?僕はこうみえても男だぜ?男の僕が村人全員を女として騙し通すなんて不可能だよ!」
千鶴はしかしふうっとため息をつくと、
「現にそれが可能だったんですよ。みてのとおり、あなたは男性にしては女性的な顔立ちちをしています。さらにあの夜私たちが初めてみた蘭さんという女性は、白粉を塗って化粧をしていた。歌舞伎にも女形というものがあるように、元々美しい顔立ちをしているあなたが厚化粧で塗り固め紅を引いてしまいさえすれば、これまで一度も蘭さんをみたことのない村人たちを騙すことがさほど難しいことだったとは私には思えません。事実あの夜私も含めた村人全員が見事になんの疑いをもつことなく、あの初めてみた女性が蘭さんであると完全に信じ切っていましたからね」