皆さんこんにちは
東京ディズニーランドのブルーバイユー・レストランについて、過去記事で一度取り上げました。
「カリブの海賊」のアトラクションから見える、「青い入り江」(blue bayou)と名付けられたこのレストラン、東京ディズニーランド公式HPによると、次のように説明されています。
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青い入り江のロマンティックなレストラン
ブルーバイユーとは"青い入り江"のこと。その名の通り静かな入り江に面した、美しさと優雅さがあふれる19世紀半ばのアメリカ南部が再現されたレストランでは、フレンチスタイルのコース料理をお楽しみいただけます。
蛍が飛びかう夕暮れのロマンティックな雰囲気の中で、あなたはどなたとテーブルを囲みますか?
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これによると、テーマとなっているエリアはアメリカ南部、提供される料理はフレンチスタイルのコース料理。
上記のリブログ記事では、これがルイジアナ州ニューオーリンズで生まれた、フランス料理をベースに、様々な国々の料理のエッセンスを詰め込んだフュージョン料理、クレオール(creole)であることを紹介しています。
ご関心のある方はそちらもご覧いただけると幸いです
ここで大切なことは、
・ ブルーバイユー・レストランの料理は、「フレンチスタイル」のアメリカ料理であって、フレンチではない
ということです。
ブルーバイユー・レストランのメニューブックには、このことに対する東京ディズニーランドのこだわりなのではないかと思える演出があります。
前菜が「スターター」(STARTERS)、メインディッシュが「アントレ」(ENTREES)と呼ばれていますね。
「スターター(starter)」が英語であることはお分かりでしょうが、「アントレ(entree)」というのは、「入口」を意味するフランス語 "entrée" に由来する言葉です。
「入口」という言葉がメインディッシュを指す言葉として用いられているのは不思議だと思いませんか
実は、コース料理におけるメインディッシュを「アントレ」と呼ぶのは、今日フランスで見られるフレンチ・レストランでは一般的ではありません。
東京ディズニーリゾートにはフレンチのレストランがありませんので、ディズニーランドパリのレストランを例に挙げてみましょう。
こちらは、ビストロ・シェ・レミー(Bistrot Chez Remy)のメニューブック。
レミーやエミール、リングイニ、グストーの名前が付けられたコース(menu)が用意されていますが、
・ 前菜が「アントレ」(Entrées)と呼ばれ
・ メインディッシュは「プラ」(Plats)と呼ばれている
ことにお気付きいただけると思います。
(ディズニーランドパリのレミーのレストランについても、過去記事で紹介していますので、ご関心のある方はコチラもご覧いただけると嬉しいです)
一方、こちらも以前の記事でご紹介した、ディズニーホテル・ニューポートベイクラブのバフェット形式のレストラン、ケープ・コッド(Cape Cod)のメニュー。
やはり、「アントレ」と呼ばれているのは前菜で、メインディッシュは「プラ」と呼ばれています。
…ブルーバイユー・レストランのメニュー表示は間違っているのでしょうか
実はそうではありません。
アメリカでは、フレンチスタイルのコース料理において、メインディッシュを「アントレ」と呼ぶ風習があるのです。
でもなんでそんなことに
アメリカ人が勘違いで「なんちゃってフランス語」を作ってしまったせいなのでしょうか
このことを知るには、アメリカにおけるフランス料理の歴史を知る必要があります。
イェール大学歴史学部のポール・フリードマン教授(Paul Freedman)が書いた「19世紀中盤の米国におけるレストラン及び料理」という論文からそのヒントを得ることができます。
Freedman, P. (2011). American restaurants and cuisine in the mid-nineteenth century. New England Quarterly, 84(1), 5-59.
フリードマン教授によると、フレンチスタイルのレストランがアメリカで広まっていったのは1830年代にニューヨークのコーヒーハウスがレストランに生まれ変わって行って以降のことだそうです。
さて、この頃のフレンチのコース料理ですが、なんと最大で15品にも及ぶ構成になっていたそうです(!)
当時のフレンチ・コースにおける定番のメインは「ロティ」と呼ばれる肉のロースト料理。
「アントレ」というのは、コースの真ん中辺り、魚料理とロティの間に出される一品のことを指していたようです。
内容は、魚料理よりは重いが、ロティよりは軽いもの、鶏肉やパテ、ロブスターといったものが一般的だったようです。
先ほど「アントレ」はフランス語で「入口」という意味だと書きましたが、コース料理の中間地点で、いよいよこれからメイン!という意味で運ばれてくる、ここから本番!という意味での「入口」を意味していたのかも知れませんね。
さて、そんな贅沢極まる(?)フレンチのコース料理ですが、その後20世紀に入ると、1920年の禁酒法制定や、1929年のウォール市場での株価の大暴落に伴う世界恐慌の発生を受け、贅沢を忌み嫌ったり自粛する風潮が広まるにつれ、次第にシンプルなものとなり、現在のような
・ 前菜 + メイン + デザート
という構成に落ち着いたようです。
ところが、「アントレ」というオシャレな(?)外来語の響きがレストランのステータスを表す言葉として好まれたのか
コースの内容が単純化され、かつて「アントレ」と呼ばれていたアイテムがメニュー表から姿を消すのに代わって、メインディッシュを「アントレ」と呼ぶことが流行し定着したのだとか。
かつて「アントレ」という言葉が指していたものとは違った料理を指す言葉になってしまいましたが…
・ コースの中盤に登場する一品
という意味では、元の意味が維持されている、と言えるのかも知れません
…そうは言っても、この場合、「入口」(アントレ)を越えた先にあるのはデザートなので、「デザートが本番かよ」とツッコむ余地は大いに残されますが
さて、一方のフレンチの母国フランスでも、今では「前菜」を指す言葉として使われる「アントレ」ですが、元々は決して一番最初に出る料理を指していたのではありません。
アメリカと同様に、現在よりも多くの品数で構成された長いコース料理の途中、3~4番目辺りに出てくるものが「アントレ」と呼ばれていたようです。
フランスではフランス語は自分たちの言語ですから、メイン料理のことを気取って「アントレ」と呼ぶ必要が無かったためか、現代に至るコース料理のシンプル化の過程において、いつしか前菜を指す言葉として定着した模様。
元々「入口」という意味の言葉ですから、そのニュアンスに近い前菜の方を指す言葉になって行ったんでしょうか。
そんなわけで、ブルーバイユー・レストランがコース料理のことを「アントレ」と呼ぶのは、レストランの舞台となっているアメリカにおける用語法を忠実に再現しているからなんだと思います
(敢えて難を言えば、メインディッシュを「アントレ」と呼ぶことが定着したのは20世紀なので、公式の「19世紀半ば」という時代設定は早過ぎるのですが、細かいことは目を瞑りましょう!)
このレストランが提供するのは、「フレンチスタイル」の「アメリカ料理」である、というこだわりを感じませんか