たまや~ |  みねやまみちひとりごち (峰山道独言)

 みねやまみちひとりごち (峰山道独言)

   みねやまみちは 石ごろごろ  坂道 よこ道 けもの道 いのちの道  
  めぐりくる 日々を しばしとどめて つむごう

   峰山鍼療所 (みねやまはりいやしどころ) のひとりごとです ♪

  きのうは大川の夏祭りに行ってきた。
  仕事の加減でどうなるかわからなかったので、“一品持ちより” の用意をして来なかった。 ビールを買ってゆくにしても、自分で飲めないんじゃあつまらない。 仕事が終わってから、家人のために作っておいたポテトサラダを家まで取りに帰る。
  家からは山道を通って大川に向かう。 すごい霧だ。 ひどいところは視界10メートル。 山道じゃない広い道を選んだ方がよかったかしらんと後悔するくらい。 雨もぱらぱら。 もつかな?
  ヤマに越してきて14年も経つが、大川の夏祭りに来たのは初めてだ。 大川に越してきて数年と言う友人宅を訪れるのも初めてだ。
  友人の彼女の方は、フラ仲間。 フラの教室の時に「お祭りにウチに来ない?」 と誘ってもらって、ずうずうしくもやって来てしまった。 通りからはずれた、静かないいところだ。 
  友人の彼氏の方は、田んぼで草取り中。 彼の田んぼ仲間も草取りに励んでいる。
  友人は不耕起農法で稲を育てている。 稲の生長の邪魔になるくらいの草を刈って、稲の横に寝かしてゆく。 それがまた、栄養になってゆくのだ。 それにしても、歩いてゆける距離に田んぼがあるなんて、うらやましい限りだな。
  そんな友人と仲間たちだから、すてきなひとたちばかり。 持ち寄りの品々もとびきりうまいもんばかり。 私は卵入りのマヨネーズあえのサラダを持って行ってしまったので、恥ずかしくなってしまった。 友人宅では私のような “ほぼ草食” ではなくて、完全菜食なのだった。
  食事の前に、祭りの会場に出かけてみる。 橋の上に提灯が点々と赤くともっているのを見るとわくわくしてくる。 にぎわうのはまだまだこれからのようだ。 聞くところによると、8時から打ち上げ花火、そのあとに盆踊り、だそうだから、だいぶ遅い時間までやるんだな。 年に1度だしね、みんなお盆休みだし、里帰りしている衆もいるし。
  去年までは運営委員(?)みたいのがあったそうだが、高齢なのでやめたため、今年は有志が露店を出しているらしい。 なので、ずいぶん店の数が減ってしまったのだそうだ。 灯篭流しも中止になったらしい。 河原の大きな篝(かがり)では七夕飾りとか施餓鬼棚とかを焼いているのだろう。 今年、すこしさびしいな、と感じた人が、来年はもっと店を出したりしてくれたらいいね。 おおかわ筋の集落みんなが協力し合って、楽しめる祭りになったらいいよね。
  里の盆はいい。 私たちが家を探しているころ、空いているようなので貸してくれないかと尋ねると、盆に孫や子供が帰ってくるから、と断られたものだった。 その頃は方便だと思ったけど、今は、本当に、たった1日でもこの大事な日のために取っておきたいという気持ちがわかるようになったよ。
  このあたりでは盆にそれぞれの墓に火をともす。 夕暮れ、山の斜面の墓地に、村を見守るように、オレンジの灯がまたたく。
  おいしい食事をいただいていると、どおん!! と腹に響く重低音。 友人宅は川を隔てて、打ち上げ場所の正面。 家の前にいすを並べて見上げる。 昨今の音楽に合わせてコンピューター操作で踊りまくるのとは違って、1発どーん、また1発どーん、という感じ。 こういうのが好きなのさ。 会場の方では口上を読み上げているそうだ。 プログラムを見ると、1発1発に呼び名がある。 八号・牡丹・菊・変化・小割・三重芯・錦冠(にしきかむろ)などなど、組み合わせて長い名前になる。 風が無いので、最後の方はたまった煙で花火がかすむ。 スターマインでは真昼のように大地が明るく照らされる。
  清沢の夏祭りが中止になってしまった分、豊かな時間を味わわせてもらった。
  友人、ご一緒させていただいた方々に感謝。
  1.4キロのカボチャもおみやげにいただいてきちゃったよ。
  明日の休みは、私も里帰りすべえ。