評価:90点/作者:宮城谷昌光/ジャンル:歴史小説/出版:2015年

 

 『劉邦』は、2015年に出版された、宮城谷昌光氏の中国史小説である。

 本書の主人公、劉邦は、中国史上有名な、漢王朝の建国者である。

 劉邦を主人公とした、作品としては、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』があるため、既に、日本人には、馴染み深いと思われる。

 本書の特徴は、主人公の「劉邦」にのみ、焦点を当て、項羽、陳勝、始皇帝等の人物は、解説のみである。

 また、有名な、張良、蕭何、韓信の高祖三傑を始め、曹参、盧綰、樊噲夏侯嬰を始めとする、劉邦の家臣達の活躍さえ、解説によって、語られる。

 本書は、全1,000頁以上に及ぶ、長編小説であるが、劉邦の挙兵前が、丁寧に描かれる。

 本書は、劉邦が、沛県の泗水亭長の時代に始まる。

 劉邦は、若い頃は、魏の信陵君に憧れ、張耳の食客になった。

 秦の始皇帝によって、魏が滅ぼされ、中国が統一されると、張耳は、陳余と共に姿を隠し、劉邦は、故郷に戻った。

 本作の劉邦は、任侠としての性格が、強く、描かれており、劉邦の行動原理の中心は、常に、義侠心であると言える。

 劉邦は、秦の政府の命令によって、人夫達を引き連れて、秦の首都の咸陽に向かったが、出発後の最初の夜に、大量の脱走者が発生する。

 その後、実は、人夫の脱走は、劉邦を陥れるため、親友のはずの雍歯の罠であったことがわかる。

 秦の法律では、人夫達の脱走によって、劉邦は、裁かれるため、人夫達を家に帰して、自身は、逃亡するのである。

 劉邦は、自身を慕って、共に行動した、樊噲を始めとする、人夫達と共に、山塞に籠って、逃亡生活を送っていた。

 本書は、劉邦の逃亡時代を丁寧に描き、山塞の劉邦の許には、噂を聞いた人々が、次々に集まったため、劉邦は、小規模な集団の頭となった。

 陳勝・呉広の乱が、発生すると、沛の県令は、叛乱軍に味方するか、否かを悩んだ。

 沛県の属吏であった、蕭何と曹参は、県令には、民が、従わないため、劉邦を擁して、叛乱軍に参加すべきと説いた。

 劉邦は、蕭何と曹参に招かれたが、県令は、考えを翻し、劉邦を殺そうとしたため、沛県の民は、県令を殺害し、劉邦を招き入れた。

 その後、劉邦は、「沛公」と呼ばれ、積極的に叛乱軍に参加せずに、中立を保っていた。

 劉邦が、陳勝が、陳王を名乗り、旧六王国の復興及び、民のためではなく、自分のための戦いを起こしたと気づいて、義侠心から、陳勝に従わなかったためである。

 陳勝が、殺害され、項梁が、懐王を擁立して、楚王朝を復興すると、劉邦は、楚王朝に参加したのである。

 劉邦は、懐王に関中平定を命じられ、咸陽の制圧に成功した。

 項羽は、当初、劉邦に好感を抱いていたが、ある意味、范増が、二人の仲を引き裂いたと言える。

 本書は、史実通り、劉邦は、張良に絶大な信頼を置くが、韓王朝の復興のため、劉邦の傍らにいないことが多い。

 また、項羽は、殺戮者としての側面が、強く、描かれている。

 本書は、劉邦の「天命」を見事に描いた、中国史小説の傑作である。