24.歴史小説【炎環】

 

 評価:75点/作者:永井路子/ジャンル:歴史小説/出版:1964年

 

 『炎環』は、女流作家、永井路子の小説、第一作である。

 本作は、1964年に刊行され、同年の直木賞を受賞した。

 本作は、『北条政子』『つわものの賊』、『相模のもののふたち』、『絵巻』等、永井氏の他の作品と共に、1979年の大河ドラマ、『草燃える』の原作となった。

 本作の最大の特徴は、作者が、「あとがき」に述べている様に、四作の別々の短編小説を、連作としている点にある。

 「あとがき」では、本作は、各々の作品を、長編の一章ではなく、独立した、短編でもない。

 一人一人が、主役のつもりで、ひしめきあい、傷つけ合う内、いつの間にか、流れが変えられてゆく、歴史を描く、一つの試みとしている。

 本作は、四つの作品の四人の主人公の視点によって、鎌倉幕府の草創期を描いている。

 一作目の「悪禅師」は、源頼朝の異母弟、源義経の同母弟、源全成を主人公としている。

 二作目の「黒雪賊」は、梶原景時を主人公に、三作目の「いもうと」は、北条政子の妹、北条保子を主人公に、四作目の「覇樹」は、北条政子の弟、北条義時を主人公とする。

 「悪禅師」の主人公、源全成は、源義朝と常盤御前の間に生まれた、義朝の七男である。

 頼朝の兄弟としては、平治の乱で、活躍した、長男の源義平及び、治承・寿永の乱にて、源義仲、平家追討に活躍した、源範頼、源義経が、有名である。

 源全成の名を知る人は、相当の歴史通であり、全成は、唯一、頼朝より、長生きした、兄弟である。

 源全成は、頼朝の妻、北条政子の妹の阿波局を妻とし、頼朝の側近の文官的存在として、活躍した。

 しかし、源義仲及び、平家追討の際には、戦場に赴かず、戦功を立てていない。その結果、範頼、義経が、頼朝に誅殺されたが、全成は、頼朝の死後まで、生き延びる。

 本作では、源全成に、野心がなかったわけではなく、義経とは、異なり、兄の猜疑心を買わないため、慎重に行動した。そ

 して、頼朝の次男、千幡、後の実朝の乳母夫となって、権勢を得ようとするが、頼家と比企能員によって、殺害されてしまう。

 「黒雪賊」は、日本史上の有名な「讒言者」、梶原景時を、実は、鎌倉幕府草創のため、敢えて、悪名を被った、人物として、描いている。

 景時は、当初、義経を評価していたが、政治的能力の欠如に皆無に気付いた。

 景時は、優柔不断の頼朝に、数々の決断を迫って、御家人に恐れられた。

 頼朝の死後、御家人達によって、景時は、追討されることになる。

 「いもうと」は、本名が、定かでない、北条政子の妹、源全成の妻を「保子」と名付け、政子との関係を描いている。

 通常、政子と保子は、関係良好であったとされるが、本作は、保子と政子の微妙な関係を描いている。

 保子は、千幡の乳母になり、「阿波局」を称する。

 「覇樹」は、頼朝の存命中、活躍のない、北条義時が、比企能員の変を経て、最終的に、鎌倉の御家人の頂点に立つまでを描いている。

 「四郎という人は、血眼になって探しても、その場にいたためしはない」との義時の表現は、絶妙である。

 本作は、鎌倉幕府の草創期を別の視点で、見ることで、理解が、更に深まる、必読の一冊である。