23.【北条政子】

 

評価:70点/作者:永井路子/ジャンル:歴史小説/出版:1969年

 

 『北条政子』は、1967年4 月~1968年6月 に『新潟日報』に連載された、永井路子氏の初の新聞連載小説である。

 永井路子氏は、鎌倉時代の草創期を扱った、『炎環』において、1964年、直木賞を受賞した。

 本作は、『炎環』、『つわものの賊』、『相模のもののふたち』、『絵巻』等、永井氏の他の作品と共に、1979年の大河ドラマ、『草燃える』の原作となった。

 本作の最大の特徴は、北条政子の生涯を、徹底的に、女、母親としての視点からのみ、描いている点にある。

 北条政子は、「尼将軍」として、源頼朝の死後の鎌倉幕府の草創期を支えた、「女傑」である。

 しかし、本作は、日本史上及び、北条政子の屈指の名場面である、承久の乱の際の「尼将軍」の演説は、描かれず、実朝暗殺で、物語は、終了する。

 本作は、文庫版で、588頁の長編であるが、源頼朝の山木兼隆邸の襲撃までを、124頁の約21%、頼朝の死までを、268頁の約45%、合計、68%を使用している。

 頼朝の生前には、政子は、完全に「女」として、描かれている。

 頼朝を愛し、その身の上を案じて、頼朝の浮気には、激怒する、恋する、一人の女に過ぎない。

 本作は、徹底して、「女」の政子の視点で、描いているため、治承・寿永の乱については、簡単に、述べられているに過ぎない。

 義経は、司馬遼太郎氏と同様、軍事的天才であるが、政治感覚が、皆無に等しい、人物として、描かれている。

 平家滅亡、奥州合戦の後、富士の巻き狩りにおいて、政子は、頼家に冷たい態度を取る。

 この頃から、政子と頼家の母子関係は、良好とは言えなかった。

 本作は、曾我兄弟の仇討は、単なる、仇討事件ではなく、反北条の陰謀事件であったと捕えている。

 頼朝と政子の娘の大姫が、人質であった、源義仲の息子、源義高を、父の頼朝に殺され、世を儚んで、衰弱し、死去してしまう、少女の心が、描かれている。

 頼朝と政子の間には、息子の頼家、実朝及び、娘の大姫、三幡の四人がいた。

 しかし、1997年の大姫の死後、1999年の頼朝、三幡の死と、二年の間に、政子は、大切な家族を立て続けに失うことになる。

 永井路子氏が、重要視していたのは、この時代の乳母の関係である。

 頼家の乳母には、頼朝の乳母の比企氏の次女と三女等、比企氏の一族が、選ばれた。

 頼家は、比企能員の娘、若狭局を寵愛し、頼家の周囲は、比企氏に固められる。

 頼家の家督相続後、有力御家人の十三人の合議制が、成立し、頼家は、実権を奪われた。

 最終的に、北条時政によって、比企氏は、滅ぼされると、頼家は、母の政子の北条氏に暗殺される。

 後継者は、政子の妹、阿波局を乳母とする、次男の実朝であった。

 実朝は、完全に周囲を北条氏が、固めていたが、頼家の息子、公暁によって、暗殺される。

 本書は、公暁による、実朝暗殺の黒幕を、公暁の乳母夫、三浦義村であることを暗示し、終焉を迎える。

 政子は、四人の子供を、全て、失ったのである。

 個人的には、「尼将軍」の政子の演説を描いて欲しかったが、北条政子を知るための欠かせない、一冊である。