大阪・梅田の「スナックパーク」(阪神百貨店梅田本店 地下1階)で食べた故郷の味 〜駅そば〜 | 西宮・門戸厄神 はりねずみのハリー鍼灸院 本木晋平

西宮・門戸厄神 はりねずみのハリー鍼灸院 本木晋平

鍼灸師、保育士、JAPAN MENSA(メンサ)会員/IQ149(WAIS-Ⅲ)、日本抗加齢医学会指導士、実用イタリア語検定3級。趣味は読書、芸術鑑賞、小説執筆(2019年神戸新聞文芸年間賞受賞)、スイーツめぐり、香水づくり。

阪神百貨店 うめだ本店地下1階のスナックパーク

 

えきそば(駅そば)

 

を食べました。

 

故郷・加古川(というより、姫路発ですが)の懐かしい味。

 

駅そばとは? 〜まねき食品のホームページより〜

 

1949年(昭和24年)誕生の「えきそば」

終戦後、何もない混乱期に統制品であった小麦粉の替わりにこんにゃく粉とそば粉をまぜたそばを販売、その後試行錯誤の結果現在のかんすい入りの、中華麺に和風だしというミスマッチの商品が誕生しました。

昭和24年10月19日に「えきそば」と名付けられ、立ち売りの販売方法をへてホーム上の売店へと発展してきました。

現在は、メニューも増え忙しいビジネスマン・学生・昔からの「えきそば」ファンに親しまれております。

 

姫路名物えきそば

 

えきそばの起こり

戦後、最も簡単に、しかも大した機械設備もなしに出来る物として、姫路駅で 麺類を販売しようと計画しましたが、当時小麦粉は統制品で手に入りにくい為、 統制品ではない”こんにゃく”に目をつけそば粉とこんにゃく粉を混ぜて、うどんの 様なものを作り、和風だしでうどんの様なものを試作し販売致しました。

うどん鉢は、出雲今市で焼いていると聞き込み夜行列車で出雲まで丼鉢を仕入れに行き、列車のデッキに積んで持ち帰っては販売をしていました。

しかし、その後うどんは時間がたつとのびて美味しくないのと、腐敗が早く長持ちさせるにはと考えた末、うどんをあきらめ度々の試作の結果、かんすいを入れた黄色いラーメンにたどり着き、当社独自でその製造にのりだし、黄色いそばに和風だしという一見ミスマッチの商品が生まれました。

これが えきそば の誕生です。

そして昭和24年10月19日 姫路駅ホームにて、それを ”えきそば” と名付け立ち売りを始めました。

一般市場で、うどんが一杯30円だった頃ふたの付いた瀬戸物容器付きで50円、容器は10円で引き取りました。

 

ーーーーー

 

※ついでに

 

●ネギいか焼き

 

も・・・