「自営業は本当に大変ですよね。私もさんざんな目に遭いました」
露木さんは、遠くを見るような目つきで言った。息子は、人見知りする事もなく、露木さんが差し出した手にさっと抱かれ、今も彼女の腕の中にいた。三人の子供を育てたという彼女の子供あしらいは、さすがに上手だった。
「何の仕事をされていたんですか?」
「治具ってわかりますか?」
「わかります。工学系の編集が本職なので、言葉だけは何でも知っているんです。位置決めの道具ですよね」
「そうです。細かい仕事です。大変な割に、利益は薄くて…。工作機械は一千万、二千万っていうくらい高額で、いつも返済に追われていました。短納期だから、ロクに寝ない事なんてしょっちゅうでした」
「同じです。うちも、徹夜を前提にして仕事をもらっているんです」
「むずかしいですよね。なまじ仕事が一杯あると人を雇うハメになって、今度は人件費に追われる。泥沼の繰り返しでした」
「こればっかりは、経験した人でないとわからないですよね。うちなんか利幅が少ないから、外注に出したら、それこそ生活費もおぼつかなくなってしまうんです。どうしても、自分でやらないと…」
「でも、無理は禁物ですよ。うちは、とうとう高血圧で倒れて、糖尿病になって、廃業してしまいましたからね」
「そうですか…。身につまされます。失礼ですけど、今、生活の方は?」
「お蔭様で子供達が少しずつ援助してくれています。あとはわずかな年金と、私の収入でなんとか…。でも、家政婦の仕事は減る一方で、こちらは久しぶりに入ったお仕事なんです。助かりました」
「いえ、うちも短期のお願いなもので、あまりお役に立てないで申し訳ありません。でも、お話の通じる方で良かったです。グチをこぼす相手ができたみたいで。ご迷惑でしょうけど…」
露木という人は、お金を払わなければならない相手であり、友人関係にあるわけではないと知りつつも、思いがけず、訴え仏ができたようで嬉しかった。