「そりゃもう…。小谷野さんが可哀想、仕事はどうしよう、ローンが払えなくなるってね。まだ見ぬ苦労に怯えるなっていう教えもあるのに、だらしのないものよ
「一人で悩んでいないで、電話の一本もくれれば良かったのに」
「その気力もなかったのよ。しばらくして、コーヒーの臭いに救われたのよ。ムカムカしたから。これって、つわりっていうやつかもしれないって、心臓が飛び出しそうになったのよ」
「小谷野さんはどうした? 喜んだでしょう?」
「ただただ驚いて、口をアングリっていう感じだったわ。あれだけ徹夜をして、よく無事だった。貴女は、不思議なパワーを持っているって、感に堪えたような顔をしていたわ」
「そうでしょうね。だけど、どうしてすぐに病院に行かなかったの? 取るものも取り敢えずっていうのが普通でしょう?」
「お金がなかったのよ」
瑤子が顔を歪めた。
「言ってくれれば良かったのに。何でそうやって突っ張るの? お母様だって、一も二もなく協力してくれたはずよ」
「そうなんだけどね、心のどこかでまだ妊娠を疑う気持が残っていたし、もし本当に子供が出来たんなら、それこそ高齢出産でどんなにお金がかかるかもしれないから、ここで余分なお金は使えない。今は、自己管理しようって決めたのよ」
「小谷野さんはそれでいいって言ったの?」
「言うわけないでしょう。でもね、話し合っているうちに、小谷野が突然、あっ、マリアの受胎だって言ったのよ。私も、そうだ、そうなんだわって思ってね、毒舌のマリアから懐妊のマリアになりましたって言ったわけ。すごく厳かな気持になったわ。彼も自分の言った言葉に安心したみたいでね、マリアの受胎だから大丈夫だねって納得するように言って、それからは、私の好きなようにさせてくれたのよ」
「卯月は言い出したら聞かないからね。でも、相当ハラハラしていたと思うわよ。お気の毒だわ」